第9話 ランクアップ

「うーん♪ いい朝だ。雲ひとつない青空といい、世界が俺に微笑ほほえんでいるような気がしないでもないぜ」


 そんな気分になるのも、ひとえに昨日のことが原因げんいんだな。

 帰る方法がある――その事実はこの世界に放り出された俺の心を幾分いくぶんか軽くしてくれていた。

 懐具合ふところぐあいもいい感じだし、テンションも上がるというもの。


「とりあえず、ギルドに行く前に銀行にらないと」


 ギルマス曰く、オークベアの討伐報酬とうばつほうしゅうはかなりのものらしく、銀行に直接振り込むとのこと。

 俺はこの世界の身分証はないが、それに代わるものギルドカードを持っているため、銀行口座を問題なく作ることができる。


「すいませーん、口座作りたいんですけど」


 申込用紙もうしこみようしを書き、ギルドカードを提出してあっさり終了。

 口座から金を引き出したい時は、ギルドカードで本人確認をするとのこと。

 失くさないようにしっかり管理しないとな。


「さて、やることやったし行くとするか」


 ……

 …………

 ………………


「お、来たな。未来の英雄が(笑)」

「オークベアを一人で倒したってマジかよあいつ……?」

「普通は逃げるだろ……戦闘民族かよ?」

「この前も例の二人組をボコってたし、かかわらないほうがいいかも……」


 ……なんか注目を集めてる。

 好意的こういてきなものもあるが、どちらかと言えば恐怖きょうふ――例えるなら狂暴きょうぼうなヤンキーをチラ見する一般人のような視線だ。


「おはようございます、マールさん」

「あ、カイトさん。おはようございます」

「何ですか、あれ?」

「昨日のことを知ったんですよ。皆さんカイトさんに興味津々きょうみしんしんなんです」

「そうですか、まいったなあ……」

何故なぜです? 強さが話題になれば上級パーティからも声がかかると思いますけど?」

「いや、俺別に冒険者として有名になりたいわけじゃないんで」


 目立ちたくないわけじゃない。

 しかし、俺はあくまで料理人であって冒険者ではないのだ。

 どうせ目立つなら料理人として目立ちたい。


「身分証明のために冒険者になったけど、俺の本質はあくまで料理人なんです。冒険者として有名になっちゃったら拒否不可能きょひふかのうレベルの危険な仕事とかもさそわれるでしょうし、それだとちょっと困るっていうか……」

「あー、なるほどぉ。たしかにそれは困るかも」

「でしょう?」


 まあメリットがないわけではないけど、料理をする時間をけずってまでかというとちょっと微妙びみょうなラインだ。


「まあ、美味そうな魔物討伐とかなら大歓迎だいかんげいですけどね」

「あはは、もしそんな話が入ってきたらさきにお知らせしますよ」

「いいんですか?」

「ええ、昨日みたいに私にもおすそ分けしていただけるなら」

「ははっ、ギルドの受付がワイロの要求ようきゅうですか?」

「だって……今まで味わったことないくらい美味しかったですから」


 そういえば彼女――マールさんは、一人でステーキを七枚ほど食べていたな。

 食いすぎて腹が名前通り丸くなっていたっけ。


「ねえ、お願いしますよぉ……アレが忘れられないんですよぉ……お願いします、何でもしますから。エッチな奉仕ほうしでも何でもかまいませんからぁ……」


 ――おい、今の聞いたか?

 ――あの真面目まじめな受付さんがエッチな奉仕だと?

 ――マールさん、完全にメスの顔になってるぞ。

 ――あいつ、一体彼女に何をしたんだ? アレって何だ?

 ――きっとものすごいテクニシャンなんだろう。クソッ! 俺だって負けてられるか! 今夜は色街でブイブイ言わせてやるぜ!


 なんか盛大せいだい勘違かんちがいされている気がする。

 俺、まだ童貞どうていなんだけどな……。

 最後の言った人、できれば行く時誘ってください。


「そんな約束しなくても、いいのが入ったらおすそ分けしますよ。魔物料理はこの国ではまだまだゲテモノみたいですしね。感想はあればあるほどいい。帰るのとは別にして、いつか店を持ちたいですから」

「その時はぜひ行かせてもらいますね。毎日でも通いますよ!」

「期待しています。それはそれとしてギルマスは?」

「奥で待っています。あのドアを開けて二階に行ってください。それっぽいドアがあるのですぐにわかります」


 会話を終え、言われた通りに二階へ行くと――なるほど。

 確かにそれっぽい感じのドアがあった。

 こっちの世界のマナーがわからないので、とりあえずノックをしてから入室した。


「よう、待ってたぜ」


 ギルマスはニカッと笑いながら、俺の来訪らいほう歓迎かんげいしてくれた。


「銀行口座は作ってきたか?」

「ええ、言われた通り」

「よし、それじゃあ早速振り込んでおく。今回のお前の報酬だが、まずクエストのゴブリン討伐の報酬な。こいつは通常の金額なので手渡しだ。確認してくれ」


 ジャラッとした音が鳴るふくろを渡された。

 中を確認すると銀貨が10枚――銀貨一枚千円程度の価値だから一万円か。

 命がけの仕事なのに報酬が安い。

 この世界はゲームなんかのファンタジー世界のご多分に漏れず、命の価値が安いのだろう。


「続いてオークベアの報酬だが、まずは討伐報酬――金貨20枚」

「20枚!?」


 金貨一枚で十万円くらいだから――二百万円!?

 あの熊公そんなに高かったのか!?」


「それに加えて目玉や爪、骨など、武器や防具、道具なんかの素材になるものを諸々買い取らせてもらって、金貨八十枚だ」

「80枚!?」


 日本円で八百万円!?


「合わせて金貨百枚ほど。こいつをお前さんの口座に振りこませてもらう……で、ここからは個人的な相談そうだんなんだけどよ」

「え? あ、はい、何でしょう?」


 あまりの金額に意識が飛んでしまった。

 相談とはいったい何だろう?


「昨日の肉、まだあるよな?」

「あ、はい。ありますけど? 五十キロくらい」

「半分でいいから譲ってくれねえか? あの味が忘れられないんだよ」


 あんたもかい。

 昨日「食うなんて言ってねえぞ」とか言ってたのはどこのだれだよ?


「味もだけど体調がすこぶるいいんだよ。現役時代に戻ったみてえな力にあふれてるっていうかよ」

「まだ断定だんていはできないですけど、たぶん魔物料理の効果でしょうね。スライム食わせたら魔力が回復した事例じれいもありますし」

「スライムも食えるのか!? 今度俺にも食わせてくれ! 頼む! この通りだ!」

「……とりあえず頭を上げてください。土下座どげざなんてしなくても食べさせますから」


 食えるとわかった瞬間、ギルマスの顔が笑顔になった。

 おっさんが子どもみたいなリアクションするなあ。


「とりあえず話を戻しますね。肉はちょっと……個人的に試したい料理もありますし」


 カレーの味をもっと追求してみたい。

 ハムやソーセージに加工したり、ハンバーグなんかを作るのもアリだよなあ。


「そこを何とか! 金ならいくらでも出すから!」

「いや、金はたった今大量に入りましたし……」

「なら交換はどうだ!? 俺の冒険者時代の装備そうび、何でも好きなものと交換でいい!」

「いや、俺冒険者になったのってあくまでも身分証明のためなんで武器や防具にそれほど興味きょうみは……」

「なら道具はどうだ!? お前の興味を引くものは絶対にある!」


 例えばこれ――とギルマスが出したものは小さな袋だった。


「これは《無限袋むげんぶくろ》って言ってな、文字通り中にいくらでも物が入る超レアアイテムだ。冒険者向けの店にあるやつは重量や種類に限界があるけどこれにはそれがねえ。重量も種類も関係なく無限にアイテムを持ち運べるすぐれ物だ」


 ほう? 確かにそれは興味を引くなあ。

 物の持ち運びから解放されるのは素晴らしい。


「確かに興味を引きますね。ちょっと欲しくなってきました」

「だろう? オークベアの肉半分、これなら交換してくれるか?」

「確認なんですけど、これ中の物って保存状態はどんななんですか?」

「入れた時と同じ状態が永遠に保存される。ついでに言うと生物は入らねえ」

「万が一盗まれた場合は?」

「持ち主にしか使えねえから盗む奴はいねえよ。何重もの防御魔法を突破しない限り、本人以外に中身を取り出すのは無理だ。そんなメンドくせえことする犯罪者がいるとは思えねえ」

「なるほど……」


 なら、良い買い物かもしれない。

 この先いい食材に巡り合えた時に、保存状態を考慮こうりょして泣く泣く手放すようなことにならずに済む。


「わかりました。じゃあそれで」

「おっしゃーっ! また今夜もあの肉が食えるぞ!」


 ガッツポーズ後、ギルマスは袋の所有権しょゆうけんを俺に渡した。


「お、そうだ。あとお前のランクだけど、今回のことでBに上げさせてもらった」

「あ、Aじゃないんですね」

「強さだけならAでもいいんだけどな、お前さん来たばっかで字が読めねえだろ?」

「はい」


 教会に教わりに行こうと思っているが、まだ行っていない。


「それだと個人依頼のさい契約書けいやくしょとか書く時困るんじゃないかと思ってな。お前も相手も」


 細かい契約になったらなおさらだ。

 契約後にめるのは俺としても嫌だ。


「生活習慣しゅうかんや文化、マナーなんかにもうといと思って、今回はBランクとしておいた」

「わかりました。ありがとうございます」

「ちなみにミーナはDランクだ」


 まあ、妥当だとうと言えば妥当かな。

 直接戦ったのは俺だけだし。


「Bランクになれば一般市民と同等以上の権限けんげんがどこの街でも与えられるぞ。気に入った場所に家だって買うことができる」

「家買えるんですか!?」

「おうよ」


 家を買える――ってことは店舗てんぽを構えることができるじゃないか!

 夢だった俺の店――それが早くも現実のものに!


「金貨百枚あればかなり上等な家を土地ごと買うことだってできる。検討してみてもいいんじゃねえか?」

「その家ですけど、店とかにするのは?」

「許可さえ取れれば問題なくできるぞ。何だ、お前店構えたかったのか?」


 開店したら教えてくれ。毎日でも食いに行く――とギルマスも約束してくれた。

 マールさんに続き、常連じょうれん客二人目ゲットだな。


「それじゃあ俺の方で申請書しんせいしょは作ってやろう。店を開くときは言ってくれ」

「はい! ありがとうございます!」


 この後、俺はこの街の一等地にそこそこの大きさの家を買った。

 魔物料理――ゲテモノと忌避きひされているこの食材で、果たしてどのくらいの客が来てくれるのだろう?

 不安もあるが、楽しみでもある。

 俺の料理がこの世界で通用するか否か?

 勝つのは俺の味か?

 それとも世界の常識か?


「さあ、勝負だ異世界……!」


 ここから始まる俺の料理で、この世界の常識をひっくり返してやるぜ。





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《あとがき》

投稿開始した時点でここまで書いていました。

短編だったらここで終わりっぽい流れですけど、ここからがスタートです。

次回もよろしくお願いします。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


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