第10話 現実の厳しさ

 夢は夢であった方が美しい――そう言ったのはどこの誰だったろうか?

 あのオークベアの一件から一ヶ月――早くも手に入れることができた俺の夢は、経営不振けいえいふしんという現実になやまされていた。


「くそう! 何故だ!? 何故客が来ない!?」


 この一か月、様々さまざまな客に対応するためマナーを学んだ。

 教会に通って、この世界の文字も習得しゅうとくした。

(アルファベットを横にしたようなローマ字文法だったので簡単だった)


 店を開くにあたってダンピングにならないよう、食材の価値を勉強した。

 なのに、どうして……!


「やっぱさ、魔物料理っていうイメージが問題なんじゃない?」


 俺の心からの叫びに反応したのは、この店の数少ない常連じょうれんであるミーナ。

 俺が店を開くきっかけになった女冒険者だ。


「この世界での魔物のイメージって、食ったら何かあるとか、食材として見ていないから単純たんじゅんに気持ち悪いとかそんな感じなんだよ」

「くぅ……やはりそこか」


 このミーナもそのご多分にれず、最初は忌避きひしめしていたものだが、今ではそれがなくなっている。


「一度でも食えばわかるのに……魔物は美味いってわからせることができるのに……!」

「そのわからせる一歩のハードルがものすごく大きいんだって。あ、スライムゼリーお代わり!」

「はいよ……できれば他のメニューも食べない? お前さんをふくめてほとんどの常連スライム料理ばっかなんだよ」

「そうしたいのは山々なんだけど高いじゃん。他の料理」

「うっ……」


 ミーナの一言に思わず声が出た。

 そう、他のスライム以外の料理は値段が何倍もする。


「オークベアカレーがお皿一杯で銀貨20枚とか、普通の人には手が出ないよこんなの。もっと安くしてよ」


 ミーナがそう言うのもわかるけど、それはできない。

 オークベア一匹の市場価値がとんでもなく高いのがその理由だ。

 一匹の値段が全身で金貨二百枚もするのだから、値段もそれ相応にしなければ市場価値とのバランスが取れなくなってしまう。


「オークベアの価値なんて毛皮に臓器ぞうきに骨でしょ? 肉なんて価値ないんだから激安げきやすでも問題なくない?」

「バーカ、大有りだわ」

「あ、ギルマス」


 俺たちの会話に割り込んできたのは、冒険者ギルドのマスターだった。

 ギルマスはミーナの横にドカッとこしを下ろし、サービスのお冷をぐいっとあおる。


「いらっしゃいギルマス。何にします?」

「俺がたのむのは当然、『いつもの』だ」

「オークベアのステーキですね。少々お待ちを」


 ギルマスからもらった無限袋からオークベアの肉を取り出し、一人前二百グラムに切り下す。

 脂身あぶらみとサシのきらめくようなかがやきに、ギルマスののどが鳴ったのを感じ取った。


 ――ジュウウウウウゥゥゥゥ……。


「おほぉう……いい匂いだ。コイツのにおいをぐと自然とよだれがあふれてくるぜ」

「くぅ……いいなあ。ねえねえギルマス、あたしにも一口ちょうだい」

「絶対やらねえ。食いたければ自分で頼め。そんだけの金は振り込んだろう? 一か月で使いきれるような金額じゃないはずだぞ?」

「いやあ、それが、その……」

「まさか……使っちまったのか? 何に?」

「装備を新調しんちょうしたり良い道具をそろえたり……それからあとギャンブルとか、その、……」


 はぁ……と、俺とギルマスは顔を見合わせため息をついた。

 装備や道具をそろえるだけなら、報酬の半分にも満たない。

 要するにギャンブルでスッちまったんだな。

 他人の金だからどう使おうと別に構わないけど、ご利用は計画的にしたほうが良いと思う。


「そ、それよりさっきの! どうして今んとこ価値のない肉部分を安くできないんだよ!? 誰も見向きもしない物なんだし、いくらでも安くできるだろ!?」

「今はそうでも、先はどうなるかわからねえ。もしもこいつの料理が流行はやった時、肉が激安だった場合を想像してみろ」

「えーと、美味しいの食べれて嬉しい?」

「お前なあ……もう少し商売ってもんを勉強しろよ」

「う、うるさいなあ! あたしは細かいこと考えるの苦手なんだよ! それで? もしそうなったらどんなことになるっていうの?」

「店がつぶれる」

「え? 何で?」

「高級食材になったら他の店も欲しがるだろうが。そしたら肉のもうけ丸々赤字になるぞ」

「あ、そっか」

「俺からもいい? そうなった場合、値段を法外ほうがいレベルで下げているから、商人ギルドからも圧力がかかる。最悪そっちでも潰れるな」


 ダンピングが原因で潰れたら、店の許可をもらってくれたギルマスにも迷惑めいわくがかかる。

 ゆえに、価格を下げることはできないってわけだ。


「じゃあ、やっぱり気軽には食べれないってことぉ?」

「そういうことだ。ま、地道にランク上げて頑張んな」


 一通り説明したところでちょうど肉が焼けた。

 熱々の鉄板に肉を乗せ、ギルマスの前にサーブする。


「ところで店の経営は大丈夫なのかよ? 来るたびに俺かコイツ、あとはあの日一緒に食ったギルド職員を時々見るくらいだが?」

「俺が最初に出会った三人組も来ますよ……そんで、注文するのはみんな決まって――」

「スライム――と」


 そうなんだよ……スライムなんだよ。

 オークベアとスライムの他にも、パニックステップと呼ばれる大鹿や、耳がギロチンみたいになってる殺人兎さつじんうさぎ科に属するギロチンバニーなんかの料理も扱っているのに、出て行く料理はスライムだけ。

 美味いけどさぁ……スライム。

 店の経営者としては、もっとこう……高いの注文してほしいんだよ。


「土地ごと購入こうにゅうしたから家賃やちんを考えなくていいのはいいんですけど……」

飲食店いんしょくてんとしてはそれじゃダメだな」

「やっぱり魔物の味が世間に浸透しんとうするまでは、冒険者との二足にそく草鞋わらじを考えなくちゃいけないですかね……」


 できれば毎日、朝から晩までフルタイムで開けたいんだけどなあ。

 毎日ランチタイムですらきびしくなっている以上、現実問題としてそれはむずかしい。


「なあカイト、お前さんメインメニューのスライムはどうやって調達ちょうたつしている?」

「早起きして自分で。〆たてホヤホヤの新鮮しんせんなヤツじゃないと味が落ちるから」

「そうか。それじゃあ数用意できねえよなあ。数さえ確保かくほできればスライムゼリーをうちのギルドの食糧支給品しょくりょうしきゅうひんとして採用さいようしたいんだが」


 そうなればうちの店の宣伝にもなって、少しは新規顧客獲得しんきこきゃくかくとくつながるだろうけど、現状かなり厳しいものがある。


「マジでギルマス!? スライムゼリーをギルドが支給してくれんの!?」

「数さえ用意できればって言ってるだろ」

「数用意できればいいいんだな!? よしカイト! 今からあたしとスライム狩りに行こーぜ! 平原や森にいるスライム全部狩りつくしてやる!」

「E&Fランク冒険者の仕事を奪うのはやめてさしあげろ」


 Eランク以下の冒険者は、まだ駆け出しなので難しい仕事は受けられない。

 必然的に街の周辺にいるスライムや、森の中にいるゴブリンの討伐なんかが仕事になる。

 ちょっと遠出してより強いモンスターの討伐を受けられるのは、最低でもDランクからなのだ。

 俺もカレー用のスパイスを確保するため、時々ゴブリン系の依頼を出させてもらっているので、そのあたりの事情はよく知っている。


「えー? そんじゃあカイト、またあたしと冒険しようよ。新メニュー食わせてもいいからさあ」

「それお前にメリットしかないだろうが。新メニュー開発ならギルマスと行くわ」


 ステーキを食い続けたおかげで現役復帰げんえきふっきたしたギルマスはAランク。

 より美味くて貴重きちょうな食材を手にするならば、Dランクのミーナよりも、Aランクのギルマスと行動した方がチャンスが増える。

 肉系食材を確保できているのもそのおかげだ。


「あたしみたいなセクシーで健康的な美少女と一緒いっしょじゃなくて、ムサいおっさんと一緒がいいわけ?」

「ああ、そのほうが合理的ごうりてきだからな」


 ギルマスとはいわば社長。

 社長と直接コネができて、自分の目的も達成できるというのならば、条件としては最高だろう。


れてんねえ……あんたには下心ってもんがないのかよ?」

「それなりにあるわ。でも……仲間にそういう気持ちをいだいたら、その、なんかアレだろ」


 空気的にギクシャクするって言うか。

 ムフフな行為こういをしちゃった翌日、どんな顔をしたらいいかわからないというか。


「あたしはぜーんぜんオッケーなんだけどなー。カイトなら将来有望しょうらいゆうぼうそうだし。一回くらい寝ても別にいいよ?」

「そ、そうか……でも、遠慮えんりょしとく」

「何でだよ!? あたしに魅力みりょくないって言うのかコラーッ!?」

「そうは言ってないだろ!?」


 ミーナは正直俺のストライクゾーンではある。

 ショートカットに大き目の胸。

 くびれた腰に張りのあるヒップラインとかなり好みだ。

 身軽さ重視の斥候スカウト装備の中でも、特に肌にピッチリ系の装備をしていてセクシーだけど、それとは相反あいはんするあどけなさもある美少女冒険者。

 もしも日本でこんな子と知り合いになったら、ほぼ間違いなく告白してるんじゃないだろうか?


「ごっそさん、今日も美味かったぜ」

「ありがとうございます。代金は――」

「銀貨50枚だろ? ほれ」


 ジャラっと重たい財布ごと投げてよこすギルマス。


「すげーな……昼飯一回で銀貨50枚かよ」

「お前さんもAランクになればそんくらいかせげるさ。カイト――」

「はい」

「ゼリーの件、一応いつでもできるように準備はしておく。数が確保できるようになったらいつでも話を持ってきてくれ」


 そう言ってギルマスは店から出て行った。

 これ、暗にギルドマスターからの直接依頼だよな。

 数の確保……量産りょうさん……どうやればできるのか?


「ねえねえカイト、もうすぐランチタイム終わりだから店閉めるでしょ? 一緒にクエストやろーぜ。クエスト」

「却下。今考え事で忙しい」

「そんなこと言わずに行こうよー。家で引きこもって考えるだけじゃ、いいアイデアなんて出てこないって。ねえってば!」

「ああ、もう! うるせーっ!」


 この後、結局俺はミーナに負けてクエストを一つこなしたのだった。

 達成したクエストは炎狼ファイアウルフ駆除くじょ

 全身から炎を発生させる狼かぁ……つかまえて利用できねえかなあ?

 台所に配置はいちして燃料代ねんりょうだい節約せつやくしたいぜ。




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《あとがき》

お店を開きました。

でもイメージ改善できない限り黒字経営は難しそうですね。

さあ、どうやって魔物料理を浸透させていくのか?

ラブコメとともに進めていきます。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


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