第8話 結果報告

「いやー、ようやく帰ってこれたわね……片道かたみち一時間ちょいの道のりのはずなのにえらく時間かかった気がする」

「まあ、荷物が荷物だからなあ」


 クエスト完了から数時間後――俺たちはようやくサンクトクルスの街に戻ってきた。

 時刻はすでに夜――魔法でとも街灯がいとうの明かりが、大通りをらしている時間帯だ。


 仕事が終わり、寝る前の一杯いっぱいを求めて渡り歩くこの街の住人たちを目にしながら、俺たちは冒険者ギルドへと帰ってきた。

 総重量そうじゅうりょう四百キロ、一人頭ひとりあたま二百キロはあろうかという大荷物を二人で背負いながら。


「こんな大荷物背負いながら歩きで帰ってきたのに、何故か全然疲れてないなあ。っていうかあたしこんなに力持ちだったっけ?」

「たぶんだけど、オークベアの肉の効果かもな。俺にこの仕事を紹介してくれた冒険者たちがいたんだけど、そいつらはスライムで魔力が回復してたから」

「スライムも食べたの!? あんな気持ち悪い魔物を!?」

「言うほど気持ち悪いかな?」


 見た目ほぼゼリーだと思うのだが。

 動くけど。


「プルプルだしヌルヌルだしで気持ち悪いじゃん。よく食べようだなんて発想はっそう浮かぶね、あんた」

「新しい料理との出会いは探求心たんきゅうしん好奇心こうきしん必須ひっすだぜミーナ。そのことは今日理解できたんじゃないか?」

「でもさぁ……スライムだろ?」

「ああ、スライムだ。ちなみに食った三人は最初こそ難色なんしょくを示していたけど、結局大絶賛だいぜっさんして爆食したよ。今日のお前さんみたいに」

「ふーん、そんなに美味いのかねぇ、スライム」


 ギルド到着とうちゃく後、中に入り、受付カウンターの上に大荷物を置く。


換金かんきんお願いします」

「よろしくね」

「は、はい……わかりました。でもこの大荷物は一体……? お二人のクエストはゴブリンの討伐とうばつでは?」

「いや、それなんだけどさあ、ゴブリンやってる途中でオークベアが乱入してきて」

「オークベアが!? Aランク冒険者がパーティを組んで立ち向かう凶悪な魔物相手によく無事に逃げられましたね」

「いや、俺たち別に逃げていませんよ。なあ?」

「うん」

「え……? で、でもあなたたちの冒険者ランクはEですよね? いえ、カイトさんにいたっては先日加入したばかりのF……」

「そうなんだけどさあ、なんか倒せちゃったんだよね」

「倒した!? オークベアを!? あなたたちがですか!?」

「いや、あたしらっていうかカイトが。倒し方知ってたらしくて一人で一方的にボコっちゃった」

「はぁ!?」

「いやー、あたしも目の前で見てたけどちょっと信じられない光景こうけいだったよ。あはは(笑)」


 ミーナの説明に受付さんが目を見開いておどろいている。

 俺がやったことはそれほどまでに常識外れなことだったらしい。


「だからそのせいですんごい大荷物になっちゃったってワケ。オークベアの素材そざいがいっぱいに詰まっているから換金たのめる? 今からで悪いんだけど」

「あ、はい! 少々お待ちください! ギルマスに確認かんきんしてきます!」

「お願いねー」


 換金出来たら飯食おうぜ――と話していたところ、奥の方からドタドタという慌てた足音が聞こえてきた。

 バンッ――といきおいよく奥のドアを開けて入ってきたのは初老に差し掛かろうとしているくらいの中年の男だった。

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうのプロレスラーみたいな体格でとても強そうに見える。


「お前らがオークベアを倒したっていうのは本当か?」

「本当だよギルマス。中身見てみ」

「オークベアの目玉に内臓ないぞう……毛皮に爪。間違いない。素材は本物だ。一応確認するがどっかから盗んだわけじゃねえよな?」

「そんなことするかよ。街にいられなくなるじゃん」

「だよな。一体どうやってお前らだけで倒したんだ?」

「あたしらだけっていうか、カイトが一人で。なんか倒し方知ってたらしくて」

「ほう?」


 ミーナの説明でギルドマスターの興味きょうみが俺へと移る。


「お前さんは確か、昨日加入したばかりの奴だったな。一体どうやって倒したんだ? オークベアをFランクのお前が一人で倒すなんてとても信じられねえな」

「それなんですけど、マジでそんな強い魔物なんですか、あいつ?」

「おう、そうだ。何人もの冒険者があいつのせいで犠牲ぎせいになっている」

「俺が思うに、違いこそあるけど俺の故郷こきょうにいる熊って生き物に似ているから、対処方法たいしょほうほうさえ理解すれば犠牲者の数は半分くらいに減るとは思いますよ。オークベアには熊と共通の弱点がありますから」


 俺は熊を例にオークベアの弱点、及び対処方法を説明した。

 肉のうす頭部とうぶを狙うこと。

 脳に近い眉間みけんやアゴが特に効果的なこと。

 嗅覚きゅうかくが犬の何百倍もすぐれているのでそこを利用できること。

 あと、今回は使えなかったけど、四つ足で重心じゅうしんを前にして走るから下り坂では全力で走れないことなど。


「ほう、なるほどなあ。お前さんはそのことを知っていたから倒せたわけか」

「そういうことです」


 さすがに未知の化け物相手だったら戦わずに逃げている。

 例えそいつが美味そうだったとしても、命あっての物種ものだねだしな。


「おい、マール」

「あ、はい」


 受付さんが声を上げた。

 この人マールって名前なのか。


「こいつとの話聞いていたな? 大至急だいしきゅうオークベアについての情報を更新してギルド本部に報告してくれ」

「は、はいっ! わかりました!」

「あ、ねえ! 報酬ほうしゅうは!? 換金してくれるんじゃないの!?」

「そうあせるな。換金ならしてやるよ。しかし金額が金額だ。直接渡すんじゃなくて銀行り込みの方がいいだろう。銀行で口座こうざ作って明日また来い」

「えー? せっかくパーッと行こうと思っていたのに」

「しょうがねえな……ほらっ。今日のところはこいつで我慢がまんしろ」

「え? これ金貨じゃん! いいの!?」


 金貨って、たしか日本円で1枚十万円くらいの価値がなかったっけ?

 そんなものをポンと出すとか、このおっさん気前がいいな。


「構わん。獲物えものが獲物だしそれくらいはな」

「やった! ギルマス大好き! 愛してる!」

「俺には妻も子どももいるからお前の愛は受け取れねえ」

「よし、フられた! そんじゃあさっさと夜の街にり出そうぜカイト!」

「おっと待ちな。俺はこいつとまだ話がある。行くならお前一人で行け」

「えー? 仕方ないな。んじゃねカイト! また組んで仕事しよーね♪」


 ミーナの奴、あっさり俺を捨てて繰り出しやがったな。

 付き合いというものを知らんのかあいつは。


「さてと、引きめちまって悪いが、色々と聞きたいことがある」

「いえ、まあ、しょうがないと思いますし。俺がやったことって前代未聞ぜんだいみもんみたいですから」

「そうか、そう言ってくれると助かるぜ。どっこいしょっと」


 ギルマスは改めて俺の正面に座り直すと、俺の顔を見てこう言った。


「カイトって言ったよな? お前さん異世界人だろ?」

「!?」

「ははっ、その顔を見るとどうやら当たったみてえだな」


 イタズラが成功したような顔でギルマスは笑った。


「どうしてそのことを?」

「お前さんの話に出てきた熊って生き物だよ。俺の知り合いに異世界人がいてな、そいつもオークベアのことを熊って言っていたからピンと来たんだ」

「そ、その人は今どちらに!?」

「もうこの世界にはいねえよ。十年以上前に自分のいた世界に帰っていった……なつかしいぜ」


 ギルマスの話だと、最後の冒険の際に帰還きかん方法を発見し、仲間に別れを告げて帰ったとのこと。


「どうやって帰ったんですか?」

「あいつの場合は魔導書まどうしょだったな。高難度ダンジョンの奥にあった超希少本きしょうぼんから帰るための魔法を身に着け、自力で帰っていったよ」

「そう、ですか……」


 だとしたら俺にはその方法は使えない。

 本人じゃない人が身に着けていれば良かったんだが……残念だ。


「そう気を落とすな。あいつが帰れたんだ。お雨さんが帰る方法だってきっとある」

「そう、ですね。じゃあ見つかるまでせいぜいこの世界を楽しむとします。素晴すばらしい食材も多いことだし」

「おう、その意気いきだ……っておい? 素晴らしい食材だって? そんなもんどこにあるんだよ?」


 どうやらギルマスの仲間だった人は、魔物を調理できなかったらしい。

 かわいそうに……こんな美味いものを味わわずに帰るなんて。

 旅行先でご当地グルメを食わずに帰るようなものじゃないか。


「ここにあります。ミーナの荷物の中身は素材ですけど俺のは違う。俺の中身はオークベアの肉です。しかも骨付き」

「肉ぅ!? そんなもんどうするってんだ? 何の武器にも道具にもならねえぞ?」

「気になりますか?」

「ああ、メチャクチャ気になる」


 そうか……ならこの人にも教えてやらねばなるまい。

 極上ごくじょうの食材というものを。


「今このギルド内に残っている人は何名ですか?」

「俺やマールを含めて五人ほどだな。そんなこと聞いてどうすんだよ?」

「決まってるでしょ。作るんですよ晩飯ばんめしを。俺はこう見えて料理人(志望)なもんで。キッチン借りていいですよね? どこですか?」

「キッチンならあのドア向こうの左手に……っておい、まさか!?」


 もうこの手のリアクションもいい加減かげん見飽みあきたな。

 お約束もここまで続くと若干じゃっかんうんざりする。


「オークベアのステーキ。旨味うまみ凝縮ぎょうしゅくされたシンプルながらも力強い一品いっぴんを五人前用意させていただきます」

「お、おい! 俺はまだ食うとは言ってねえぞ!? それに、他の奴だって……」

「文句は作った後で聞きますよ」


 魔物はゲテモノ。

 こういう場合の意識改革いしきかいかくは食わせるのが手っ取り早い。


「冒険者ギルドに勤務きんむしてるくらいだ。みんな好きでしょ? 冒険」


 ――新しい味を探しに冒険しようぜ。


 そう言って俺は五人前のステーキを焼いたのだが、結果的に五人前ではなく十五人前になってしまったことは言うまでもない。




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《あとがき》

次回で序章に一区切りつきます。

話はまだまだ続きますよ!

あと次あたりからラブコメ成分UPします。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


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