第7話 オークベア

 熊料理と言われてパッと思いつく人はそう多くはないだろう。

 多くの人にとって熊は猛獣もうじゅうであり、害獣がいじゅうであり、そして脅威きょういである。


 俺も熊を食したことがなければ、カレーにするなんてとっさに思い浮かばなかった。

 食材ではなく、猛獣として見てしまい、相方のミーナのように恐れてちぢこまってしまったかもしれない。


 だが俺は、熊を食ったことがあるのだ。

 狩ったことがあるのだ。


 爺ちゃんから教えられた知識ちしきが、実践じっせんした経験けいけんが、熊の魔物を前にしてよみがえる。

 食欲が恐怖を食らい、捕食者ほしょくしゃとしての本能が目覚めるのを感じる。


「オオオオオオオオオォォォォォッ!」

「……ッ!?」


 《戦士の咆哮ォークライ》――俺はごろつきから覚えたスキルを不意打ち気味に使用した。

 大地を揺るがすほどの大声を聞いたオークベアはおどろき、一瞬のスキを見せる。


「ミーナッ! これ使うぞ! あとちょっとはなれろ!」

「あ……うん!」


 一言ひとこと断りを入れ、俺はオークベアへと駆け出し距離を詰めた。

 この世界の法則システム恩恵おんけいか、一瞬で数メートルあった距離きょりめられる。


「なあ熊公? お前たちの弱点って知ってるか? それはな……」


 ようやく反応した熊が接近に気づき、慌てて腕を振るうが――遅い。

 俺はごろつきから食って昇華消化した《格闘士グラップラー》の恩恵おんけいですでに空中にいる。


「ここだーっ!」


 ――バッキィィィィィィィッッッ!


「グオオオォォォォッ!?」

「え? 一発殴っただけなのにものすごい効いてる!? 何で!?」


 熊の弱点――それは頭だ。

 分厚い脂肪や筋肉が集中している胴体や、するどい爪のある腕や足を狙うなんて、俺からすれば骨頂こっちょう

 生物の特性上、頭部はどうしても防御は薄くなることは必然。

 普通の熊よりも巨大で狂暴きょうぼうな異世界の熊とはいえ、武器による一撃はかなり効くのだろう。


「ほらもう一丁!」

「ギャウンッ!?」

「もう一発!」

「グオオォォン!?」


 脳を揺さぶられ反応が遅れたオークベアに、俺は続けて接近して頭部への一撃を放つ。

 眉間へ再び正拳突き一閃! 鼻に飛び蹴り!――そしてその反動を利用して空中で回転――からの再び眉間へかかと落とし!


 オークベアは三度弱点へのクリティカルヒットを食らいフラフラになる――が、戦意はまだ失っていない。

 自分をこんな目に合わせた俺に復讐するべく、ありったけの殺意をぶつけてくる。


 都合がいい――なぜなら普通の熊は臆病だ。

 ここまでやったら普通は逃げる。

 だが。こいつは逃げない。

 本当に――都合がいい。


 さて、良い感じに肉がほぐれたし、そろそろ料理させてもらうぞ!」


 俺はフラフラのオークベアに向かって、先ほどの戦利品の一部を投げた。

 ゴブリンが調合前だった薬の原材料――粉末になったトウガラシ、ペッパーなどが頭上で降り注ぎ、オークベアの視界と嗅覚きゅうかくうばう。

 熊の嗅覚は犬と同レベルかそれ以上――そんな奴がトウガラシやペッパーを吸引したらどうなるか?


「グオオオォォォッ!? ギャオオオオォォォォォッ!?」


 痛みでのたうち回るオークベア。

 視界は奪われ、痛みで満足に動けない。

 あとはトドメを刺すだけだ。


「ミーナ、あんたのダガーを貸してくれ。素材用のナイフじゃ心もとない!」

「オッケー! ほら、どうぞ!」

「サンキュー。それじゃあ熊公……お前の命に感謝を込めて――」


 ――いただきます!


「グ……ォ………………」


 鼻を抑えてのたうち回るオークベアの眉間に、ミーナから借りたナイフを突き刺した。

 オークベアは最後小さく吼えると、その命を完全に終えた。

 戦闘終了。


「すごい……すごいすごいすごい! オークベアを一人で倒すなんてAランク冒険者でもできるかどうかわからないのに!」

「あ、そうなの? まあでも、俺は熊の対処方法たいしょほうほう知ってたからなあ。それが理由だろ」

「それでもFランク冒険者がオークベアを倒すなんて異常だよ! 奇跡きせきだよ! 信じらんないよ! あんた一体何者!?」

「ただの……かは怪しいけど料理人(志望)だよ。ほい、ナイフありがとう。早速だけど解体手伝ってくれ」

「了解! うわぁ……こんな大物初めて♪」


 ……

 …………

 ………………


「オークベアの眼球がんきゅう二つに手足の爪が計ニ十本! あとは大量の牙に心臓とかの内臓……それに毛皮っと! すごい……あたしの数年分の稼ぎが一気に入った!」

「じゃあ今回のクエストは大成功だな。よかったよかった。さてと……」

「何してんのカイト? 早く帰って換金かんきんしよ…………ってマジで何してんの!?」

「何って、料理だよ。見りゃわかんだろ?」


 皮をはがされ内臓を取り出された巨大な芋虫いもむしみたいなオークベアのそばに座り、肉と骨の解体を始める。

 うん……いい肉だ。

 部位の解体の際、血抜きを行ったおかげで、良い感じに照り輝いている。


 熊っぽい見た目とはいえ、こいつはあくまでも異世界の魔物。

 念のため脇の下に血や肉をすりつけて……と。

 よし、毒はないっぽいな。

 じゃ、今使ったところをよーく洗って、


「料理って……あんたまさかそれ食べる気!? 魔物を!?」

「あったりまえだろ? そのために狩ったまであるぞ? わかったらこの小鍋こなべにお湯かしてくれ。あとこのライスもたのむ」

「わ、わかったよ……でも、マジでそれ言ってる? 本当に魔物を食べるの?」

「食べる。肉と骨は換金できないんだろ? だったら俺の好きにするさ」

「魔物を食べるとか、いったいどこの出身だよ」


 言っても絶対わからないぞ。

 何せ俺は異世界の人間だしな。


「トウガラシにペッパー、クミンに……ターメリックっぽいのまであるぞ。全くゴブリンめ……どこでこんないい香辛料こうしんりょうを?」

「シャーマンが栽培さいばいしているらしいよ? って、それも食べるの!?」

「当たり前じゃないか。こんなの目の前にして料理しなかったら料理人(志望)の名がすたるってもんだぜ。薬にするなんてもったいない」

「まあ、ほとんどあんたが倒したようなもんだし、オークベアの報酬もあるから文句言わないけどさあ……」

「一応聞くけどミーナも食べるか?」

「食べるか!」

「魔物を食っても別に魔物になんてならないぞ?」

「知ってるよ! ドラゴン食ったってドラゴンにはなれねーし!」


 あ、ドラゴンを食べる文化はあるんだ。

 ドラゴンはもしかして魔物にカウントされていないのか?

 まあドラゴンだしなあ。

 もしかしたら神聖視されているのかも。

 神のけものとか言われて、なんか特別な意味を持つ食材なのかもしれない。


「魔物を食うなんて……あんたの頭はどうなってんだよ……?」

「美味いものへの探求心たんきゅうしんあふれている……かな? 再度聞くけど、本当にいらないんだな?」

「いらない! 魔物なんて食わない!」

「あっそ。じゃあ不味い支給品の干し肉おかずにしてライス食ってりゃいいさ。俺はコイツを食べる」


 カレー――それは日本ではもっともポピュラーな料理の一つにして、最も奥深い料理の一つでもある。

 スパイス調合に隠し味、百人が作れば百通りの味がある、無限の可能性――いわば宇宙のような料理。

 しかし、基本を守れば誰でも美味しく作れてしまう優しさの塊のような料理。


 もちろん俺も大好物だ。

 ああ……それをこの肉で作ったらどんなに美味いんだろう?


「まずは野菜……しっかり油で炒めて旨味うまみを出す」


 使う油はもちろん、先ほど狩ったオークベアのものを使う。

 こうすることで肉との親和性しんわせいが生まれ、味に統一感とういつかんが出る。

 ギルドから支給されたいも、手に入れたガーリックっぽいもの、そしてミーナに取ってきてもらったそこらに生えてる食べられる野草を適当てきとうきざんで俺はいためる。


「野菜を炒めたら次に肉だ。野菜としっかり味がからまるように火を通し旨味を引き出す」


 ピンク色だった肉の色が、徐々じょじょ肌色はだいろへと変わって行く。

 先に炒めた野菜類とにおいが絡まり、とても食欲を誘う香りを立たせている。

 オークベアの肉は熊肉のようにあぶらが多く、豚肉のように香りが高い。

 くううぅぅぅっ! マジで超美味そうだ! 今からよだれが止まらねえ!


「炒め終わったら先ほど沸かしたお湯の中にオールイン。そして……スパイスを入れる!」

「うえぇ……茶色じゃん。見た目完全にアレじゃんか……食欲失くすわ……」


 まあ、見た目がアレとか言われるのはこの料理の宿命だから仕方ない。

 だけど食欲失くすだって?

 そのセリフ、いつまでけるかな?


「今回作るのは本場インド風じゃなくてイギリス風。とろみをつけるために片栗粉かたくりこ小麦粉こむぎこ(っぽいもの)を入れる。入れたらねっしつつよーくかき混ぜて行く……」


 出発前、携帯けいたい食料としてパンを買うさい、少し分けてもらったのだ。

 全ての調理工程が終わり、あとは完成を待つだけのカレーからとろみが生まれるたびに、何とも言えない香りが立ち上ってくる。


 あと少し、あと少しだ……。

 極上ごくじょうの料理を食するまで、あとほんの少しの辛抱だ……俺!


「ライス、きあがったよ」

「ありがとう。こっちも完成だ」


 黄金色にかがやく極上の逸品いっぴんを前に、もう食欲を抑えきれない。

 俺はいそいそとライスをうつわに盛り付け、異世界の食材で作ったカレーをその上にかけた。


「それ……本当に食べるわけ?」

「そう言ってる。ミーナこそ本当にいらないわけ? 間違いなくこれ最強の美味さだぞ?」

「そ、そんなのわからないじゃん! だって魔物の肉とか使ってんだよ!? そりゃあ……いい匂いはするけど」

「いらないならいいよ、俺一人で食べるから。それじゃあ……未知の味への出会い、興奮、そして新たな食材との出会いに感謝を込めて――いただきます!」

「……いただきます」


 ――パクッ!


「フオオオオォォォォァァァァァァァァァァァァッ!? こ、これは! この味はああああぁぁぁっ!?」

「ど、どうしちゃったの!? 気でもくるったの!? いきなり立ち上がって叫びだして……」

「最強なんて生ぬるい表現だった! 神に等しい美味さだ! こんなんいくらでも食えるじゃねえかああああぁぁぁぁっ!」


 走りだしたスプーンが止まらない。

 ゆっくり味わって食べようと思っても、体が言うことを聞かない。

 早くよこせ! 早く食わせろ! 止めようとする脳の命令を無視し、ひたすらスプーンが動き続ける。


「野菜類は普通のを使っているのにここまで美味いとは! すごい! すごいぞオークベアの肉! うおおおぉぉぉっ!」


 朝食で食べた野菜くずのスープは普通どころか薄くてまずかった。

 魔物の味を知っていたから、念のためそのくず野菜をよく味わってみたが対して旨味は感じなかった。

 っていうかはっきり言ってまずかった。

 野菜というか草を食べているような感覚が半分くらい混じっていた。


 俺はグリーンサラダが結構好きなのだが、それに使われる生野菜とは比べるべくもない。

 何て言うか、品種改良ひんしゅかいりょう前の野生の野菜?

 旨味よりエグみが強く出て生食なましょくむずかしい――それが俺のこの世界の野菜への評価だ。


「不味いはずの野菜類……その独特のエグみをオークベアの脂が完全に消している。炒めて混ざり合うことで隠れていた旨味を完全に引き出して成長させているぞ。すげえな、オークベアの脂……食用油としても最強クラスじゃねえか」


 ガツガツ、プハァー!

 あまりの美味さに我を忘れそうになってしまったぜ……。

 よし、お代わりをしてもう少し冷静れいせいに味の分析ぶんせきを――


「ね、ねえ?」

「うん?」


 俺が二杯目をよそおうとすると、ミーナが声をかけてきた。

 その理由は……言うまでもない。


「その料理本当に美味しいの?」

「ああ、美味い。この料理はカレーと言って俺の故郷の家庭料理なんだか、今まで食ってきた中で間違いなく五本の指に入るくらい美味い」

「じゃ、じゃああたしもちょっともらおうかな……?」

「おいおいミーナさんや、きみはいらないって言ったじゃないか。それも二回も」

「あ、あれは……その……先入観せんにゅうかんにとらわれすぎてたっていうか……。ほら! だって香りはいいけど見た目がアレだし!」

「う〇こっぽいって思うなら、無理に食べなくても別にいいんだぞ? 俺が全部食うから」

「もう全然思ってないってば! お願いだからイジワルしないでよ! あたしにも一杯食べさせて!」

「しょうがないなあ」


 まあこうなると思ったよ。

 人は美味いものには逆らえない。

 フレンたち三人組も完堕かんおちした魔物という食材――とくと味わうといいさ。


「じゃあ、いただきます……」


 ミーナがおそるおそるといった様子で一口目を口に運んだ。

 ――パクッ!


「ハアアアァァァッ!? 何なのこれ!? 犯罪級に美味すぎるんだけど!?」

「ふふふ、そうだろうそうだろう」


 インドからイギリスに伝わり、日本へと渡ってきたカレーライス。

 おそらく日本人の99%は大好物であろうこの料理の魅力みりょくあらがえる人間なんて、たとえ異世界にだって存在しないのだ。


「美味しい! 美味しすぎる! これが魔物の味なわけ!? 何でこんな美味しいもの食べないの!? 食べずに捨てるの!? バカなのこの世界の人!?」

「そこまで喜んでもらえて何よりだけど、たぶんもっと美味くできるぞ。肉以外の具に使った食材は支給品の芋とそこらに生えてた野草だからな」

「まだ美味しくなるとか本気で言ってんの!? あんたこんな美味しいもの作ったのにさらに美味しくできるとか神様に消されるわよ!?」

「いや消されねーよ。どんだけ食い意地張った神だよ」

「く……こんなに魔物が美味しいとか知っていれば! あの時とかあの時とか、狩った魔物を持ち帰っていたのに! あたしのバカ! 大バカもの!」

「まあ、次からそうすればいいんじゃないか? 食えるかどうかわからんけど」


 さて、二杯目食い終わったしもう一品いっぴんいってみるか。


「そうする! 早速だけどこのゴブリンの鼻とか耳って食べれる!?」

「いや、さすがにそれは無理なんじゃないかな? 食欲わかねーし調理法も検討けんとうがつかん」

「そっか……って、あんた何してんの?」

「オークベアの肉をあぶってステーキにしてる。料理人(志望)として単品たんぴんでの味も知っておきたいからな」


 ――オークベアを十分に食しました。

 ――食した技術・経験が貴方の味となり、全身に染みわたります。

 ――獣爪術じゅうそうじゅつを覚えました。

 ――あなたは自身の骨を爪に変化させ、硬質化こうしつかして戦うことができるようになります。


 充分にオークベアを味わったので、俺の中にそれ関連の知識と経験が落とし込まれたらしい。

 骨の爪化に硬質化か……かぎ爪みたいなイメージかな?

 串焼くしやきとか作る時に便利かも。


「どったの?」

「ん、なんか新しいスキル覚えたっぽい。《食客しょっかく》って食事したりすると時々そういうことあるんだ」

「へー、変わった職業ジョブだね。まあそんなことよりお代わり!」

「もうねえよ。それでしまいだ。足りないなら支給品の携帯食か、今作ってるステーキを食ってくれ」

「えー? もっと食べたいー! まだ材料あるじゃん!」

「これは後々のちのちもっとちゃんとした材料使って作る時のためにとっとくんだよ」

「うぅ……じゃあその時はあたしを呼んでね? どこにいてもすっ飛んでくるから」

「わかったわかった。作る時は呼ぶよ」

「絶対だよ!? 嘘だったらマジで刺すかんね?」

「はいはい。刺されたくねーから忘れないよ。それよりミーナ、食い終わったら残りの解体手伝ってくれ。肉、もっと食いたいだろ? 街に帰っても」




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《あとがき》

初ボス戦終了です。

焼き肉で食べたことあるだけなので、いつか熊カレーも食べてみたいですねえ。


《旧Twitter》

https://twitter.com/USouhei


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