第6話 ゴブリン
ゴブリン――それはファンタジーにおけるとてもポピュラーな生き物の一つだ。
人間の子どもくらいの大きさの小さな小鬼で繁殖力旺盛。
同族だけでなく人間の女性もその旺盛な繁殖力――性欲の対象で、捕まり、生け捕られ、巣穴に持ち帰られたら、奴らの子を身ごもることになる。
性格は凶暴で残忍、縄張り意識が強く、身内以外が近づけば、殺意を剥き出しにして攻撃してくる。
それが俺の持つゴブリンのイメージだ。
「うん、概ねそんな感じだね」
ミーナも同意したってことは、これから向かう先に居る奴らは俺の想像どうりの存在というわけだ。
……大丈夫かな?
「大丈夫大丈夫♪ アンタ新人いびりのあの二人を一方的にボコしたんだろ? なら全く問題ないよ!」
あんなのでも一応D級冒険者だからね――とミーナ。
「D級でゴブリンに手間取るようなやつはまずいないからね。数によっては苦戦することはあるけど、それでもゴブリンにやられたっていう話は聞いたことないから」
「聞いたことないのは話がないからじゃなくて、話せないからじゃないのか?」
数によっては苦戦する――ということは、当然全滅もあり得るということ。
ゴブリンは雑魚モンスターとして認知されている。
そんな格下の雑魚にやられてしまったら恥ずかしくて話せない。
もしくは生け捕りにされてしまい、そもそも苗床にされて話せない。
可能性としては充分考えられる。
「はぁ……アンタって慎重っていうか臆病だね。冒険者向いてないんじゃないの?」
「なりたくてなったわけじゃない。生活のために必要だっただけさ」
「あー、そういや難民だったね。そっかそっか。あんなに強いからすっかり忘れてたわ」
あっはっは――とミーナは口を開けて笑う。
「冒険者になりたくなかったらさ、本当は何になりたかったわけ?」
「料理人だよ。金を貯めて、いつか自分の店を持ちたかったんだ」
日本でのアルバイトはそれを兼ねた働き口だった。
俺は両親がいない。
引き取ってくれた爺ちゃんも高3の冬に亡くなった。
一人で生きて行くために、また将来の夢のために働いていた矢先にこんなことになってしまい……。
「料理人ってことは市民権を得なければまず無理だね。大変だ」
「そう言うあんたはどうなんだ? 冒険者以外にやりたいことがなかったのか?」
「あたしは戦争孤児だからね。そんな将来の夢なんて考える暇もなかったよ」
「戦争孤児?」
「あ、そうか。あんたここらの人間じゃないもんね。じゃあ知らなくて当然か」
そう言ってミーナが語ったのはこの地方の歴史だった。
十年以上前、隣国のローソニア帝国の地方領主がこのマトファミア王国との国境線近くに新ダンジョンが生まれたことを知り、王国側の土地にも関わらず所有権を主張したことを機に戦争が勃発。
数年間にわたる戦争の影響で、多数の死傷者を出す結果となった《ダンジョンライン戦争》――彼女はその生き残りとのこと。
「戦争で村が焼かれて、両親がいきなりいなくなったからさ。生きるのに必死で夢なんて考える余裕もなかったよ」
「悪い、嫌なこと思い出させちゃったな」
「いいっていいって。生きてりゃ嫌な事の一つや二つぐらいあるもんさ」
「まあ、そうだな……しかし、そっかー、戦争、あるんだなーここにも」
争い続けるのは人の業――ってことか。
「なあ、その戦争のきっかけがダンジョンって言ってたけど、ダンジョンを持ってると何か意味あんの?」
「はぁ!? あるに決まってるじゃん! ダンジョンから出るお宝や魔物の素材の収益、それらの2割も徴収できるんだよ?」
「魔物はともかくお宝が出るのか? 新しくできたってことは、今までそこには何もなかったわけだろ? 一体どこから宝が出るんだ?」
「知らね。まあ、一説によるとダンジョンは魔物の一種って言われてるみたい」
「魔物の?」
「魔物が無尽蔵に産まれてくるからねー。一日くらい死体を放置すると、地面に沈んで消えちゃうし」
「まさか、食ってるのか?」
「そう考える人もいるってこと。お宝は外から食い物を呼び込むための餌ってとこじゃない?」
「ダンジョンの魔物って外に出たりはするのか?」
「時々そういうのはいるよ。そういった魔物は外の環境に適応して交配する」
「危ねえな。放置してたらロクなことにならなそうだ」
「だから管理が必要なんだよ。外に出て魔物を増やさないためのね。なのに利権めぐって戦争とか勘弁してほしいよ」
「バカな権力者に振り回される周りはたまったもんじゃないな」
そうこう言っているうちに目的地へ辿り着いた。
《精霊の森》と言うだけあって、どこか神秘的な雰囲気を感じる。
こんな落ち着いた場所に魔物なんて本当にいるのだろうか。
まあ、いるから仕事があるんだけど。
「とりあえずこっから先はおしゃべり厳禁ね。ゴブリンに気づかれちゃうから」
「了解」
「あたし《斥候》だし先頭を歩くよ。戦いになりそうだったら前衛交代。それでいい?」
「……オッケー、それでいこう」
本当はあんまり良くないけど仕方ない。
ゴブリンの情報は持っているけど、実際に見たわけじゃない。
情報の齟齬がある可能性は充分にある。
まあ、その齟齬の部分にちょっとだけ期待もしているのもまた事実なのだが。
(ゴブリン……食えるとこあるかな? 情報通りなら無理そうだけど)
見た目人型だろ? さすがに食欲沸きそうにないわ……。
衛生観念とかなさそうだし、めっちゃバイ菌持ってそう。
料理は清潔であることが重要だし……
魔物とはいえ人型を殺すのってちょっと抵抗感あるし……
あー憂鬱だ。
「ちっちゃい焚火の後がある。近いよ。気を引き締めて」
「ああ、わかった」
ミーナがゴブリンのキャンプ跡を見つけた。
そこから伸びた足跡が道なき道へと続いている。
草むらをかき分け、奥へと進む俺たち。
「見つけた! ……けど、なんかおかしい」
「おかしいって……具体的には?」
「ゴブリンシャーマンが二匹もいる。ゴブリンたちにとって、魔法を使えるシャーマンはリーダーなんだよ。一つの群れに一匹しかいないんだ。それが二匹もいる」
「つまり異常事態ってわけか。理由は?」
「まだわからない。どうする?」
「いや、ここで俺に聞かれてもな……」
こちとらつい最近まで平和な日本でバイト暮らしだったんだぞ?
狩りの経験はあるけど魔物相手じゃない。
こんな時、どうすればいいかなんて判断できかねる。
「それもそうか。じゃあ、ある意味チャンスだし速攻で倒そう。シャーマンはゴブリンの薬師でもあるんだ。人間にも効く珍しい薬や材料を持ってることが結構あるの」
「わかった。じゃあ俺突っ込むぞ?」
「なるべくギリギリまで悟られないで。そっちに気が行ったらこっそり背後から暗殺するよ」
方針は決まった。
俺は言われた通りこっそり近づいて行く。
そしてお互いの距離が三メートルほどになった時事態が動いた。
「キシャアアァァーッ!」
俺に気づいたゴブリンの一体が突如寄声を上げた。
ゴブリン達は全十匹――その全てが俺へと注目する。
殺意満々、敵意満々、招かれざる客への悪意を込めて――
「シャァッ!」
「おっと!」
短剣と棍棒を持つゴブリンたちが計五体、武器を振りかぶって襲い掛かってきた。
俺は棍棒を受け止め、流し、迫る短剣を躱して距離を取る。
その際、投げてきた短剣一本を拳で叩き落として。
「情報通り、やっぱそんな強くないな……よかった」
正直俺はほっとした。
安全に戦えるのならそれに越したことはない。
「情報通りで不満をあえて言うなら……お前ら全然美味そうじゃねえな――っと!」
「ギヒィッ!?」
先ほど叩き落した短剣を拾い、そのうちの一匹へ投げ返す。
そのゴブリンは速度に反応できず、眉間を貫かれ命を散らした。
あと九。
前衛四、中衛三、後衛二。
「グウウゥゥ……ギャアアアァァッ!」
死んだ仲間の仇とばかりに、残った前衛ゴブリンたちが一斉に襲い掛かる。
俺はそれらのうち一匹を拳で上方へとカチ上げ、残った前衛三匹を回し蹴り一閃。
ごろつきから食らった《格闘士》の能力があるからか、吹き飛び方が尋常ではない。
最後に落下してきたやつを正拳突きで後方へと吹き飛ばすと、そいつが持っていたナイフに突き刺さり中衛が一匹絶命。
残り四体――。
「ギャアアアァァァッ!」
俺と直接相対することとなった中衛たちは錯乱状態になり、狂ったように石で攻撃。
石はそこら中にあるので数が多く、避けきれずに何発か食らってしまう。
――スキル《いしつぶて》を十分に食しました。
――食した技術・経験が貴方の味となり、全身に染みわたります。
またあの声が!
そう思った直後、ゴブリンの投げた石に込められた技術と経験が俺の中に情報として流れ込んでくる。
長い修練の果てに習得したはずの情報と技術――その双方を『嚙み砕いて』。
(前回のことと言い、もしかして俺の《食客》って職業は――)
考えるよりも早く地面の石を拾った。
そして投げる。
食し、味わい、噛み砕いて理解した《いしつぶて》という技の元に。
――パァン!
俺の投げた《いしつぶて》はゴブリンの眉間に当たり、その衝撃で頭部を消し飛ばした。
石投げを侮るなかれ。
石は戦国時代でも使われていた一般的な武器の一つでもあり、忍者も修行の一環として修めていたという記録もある。
そんな武器を覚えたてとはいえ、きちんとした技術をもとに使ったらどうなるか?
結果はご覧の通りだ。
「ギ?」
残った三匹の内一匹は、何が起きたかわからないといった表情で俺と死んだ仲間を交互に見る。
あとの二匹は恐怖のあまりその場にへたり込んでしまった。
この隙を逃してやるほど俺はお人よしじゃない。
――パァン! パァン!
俺は続けて二発、 へたり込んでいたゴブリンサヤーマン二匹に《いしつぶて》を放った。
先の一匹と同じように、撃ち込まれた部位が弾け飛ぶ。
「ギ、ヒアアアァァァ!? ……ア?」
「はい終了。なんか狙ってたのと違うけどまあいっか」
残った一匹は逃げようとしたが、それより早くミーナがナイフで首を落とした。
戦闘終了。
「本当はシャーマンを狙ってたんだけどなー。魔法使うし」
「悪い。なんか試したくなって」
「いいっていいって、楽できたし。いやー、やっぱアンタ連れてきたの正解だったよ」
ミーナは笑顔でそう言うと、死んだゴブリンたちの鼻を削ぎ始めた。
ナイフを使ってスパッと。
正直かなりのグロ画像である。
食欲減退するわ……。
「あの、ミーナ……さん? 何してんの?」
「見りゃわかるでしょ。ゴブリンの鼻を削いでんのよ」
「どうしてそんなことを?」
「そうしないときっちり殺したかわからないでしょ?」
「まあ、そりゃそうか……」
討伐依頼だったもんな。
きちんと殺した証拠を持って帰らないとそりゃダメだよな。
「鼻が嫌なら心臓でもいいんだけど解体めんどくさいよ?」
「心臓……ハツか。いや、さすがに人型のハツを食うのは抵抗が……」
「ブツブツ何言ってんのさ? 何が起きるかわからないから、やることやってさっさとズラかる――」
――グオオオオォォォォォッ!
「今の咆哮は!?」
「大型の魔物だよ! くそっ! 速い! 気配がどんどん近づいてくる!」
――ザザザザザザザザザザザッ!
俺にもはっきりわかるくらい大きな音を立てながら近づいてくる。
近づくにつれさざ波のようだった小さな音は大きくなり、荒波を思わせるような猛々しい音を立て――そいつは現われた。
「嘘……? 《オークベア》……? A級指定の危険対象生物が何でこんなところに……?」
現れたのは体調5mはあろうかという大きな熊だった。
しかもただの熊じゃない。
熊は熊でも鼻は豚。
俺の知っている熊よりもだいぶ肉付きの良い、いわば熊と豚のハイブリット。
オークベアとは良く言ったものだ。
「ミーナ、無学で悪いんだけどそのオークベアって強いのか?」
「強いなんてレベルじゃないよ……B級冒険者が4人くらいのパーティーを組んで倒すような危険な魔物だよ。性格は極めて獰猛で食欲旺盛。Cランク以下の冒険者が出会ったら一目散に逃げろって言われている」
「……なるほど」
「どうしよう……? こんな奴と遭遇するだなんて思っていなかったから、使えそうなものなんて何も持ってきてない!」
「さっき倒したゴブリンは何か持ってないのか? 貴重な薬を持ってるとか言ってただろ?」
「あるにはあるけど、役に立たないよ。薬は薬でも原材料だったし……」
ミーナはオークベアを刺激しないよう、慎重に俺に件の薬の材料を渡す。
それに触れた瞬間、わずかに肌に痺れを感じた。
「これは……よし、決まりだ」
「決まりだって何がよ? この状況で逃げる以外何を決めるって言うのさ!?」
「メニューだよ」
「はぁ?」
「今夜の晩飯のメニューさ。そんなのあったら作るしかねーだろ」
「何を!?」
「《カレーライス》に決まってるだろうが!」
ゴブリンシャーマンが持っていた薬の材料は、トウガラシに酷似したものだった。
他にもターメリック、クミンに酷似したものも確認できる。
キャンプ中に食うつもりだったのか、ガーリックや人参、玉ねぎに酷似した野菜まで持っていたことに加え、俺たちは非常食として芋をギルドから支給されている。
加えて目の前には肉――そう、熊肉がある。
俺は料理人(志望)だ。
食うことが大好きで料理人になろうと思ったんだ。
俺は爺ちゃんと一緒に熊を狩った経験もある。
これだけ材料が揃っているなら、やるしかないよなあ?
「……おい、熊公」
――ビクッ!
俺の声に熊が反応する。
気のせいか、俺を見る目の中に恐怖が混じっているように思えた。
俺が食う気満々だということを感じ取ったのだろうか?
自分が食う側ではなく、食われる側だと一瞬想像してしまい恐怖を感じたのだろうか?
ふっふっふ、見れば見るほど美味そうな熊だ。
熊とも豚ともつかないこの魔物――味を想像するだけで楽しくなってくるぜ。
ああ……口に入れたら一体どんな世界が広がるのだろう?
――ジュルリ、
おっとよだれが出てしまった。
なあ熊公?
お前はどんだけ美味いんだ?
「逃げられるなんて思うんじゃねえぞ? 今夜の献立が決まっちまったんだからな。お前の未来はカレー一択だ。余すところなくその命を俺に献上しやがれ。極上の料理にしてやるぜ!」
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《あとがき》
次回ボス戦です。
熊肉は1回だけ食べたことがあるんですけど結構おいしいんですよアレ。
《旧Twitter》
https://twitter.com/USouhei
読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。
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