男爵、問う
何が起きたのか、私も、その場にいるみんなもわからなかった。
子爵はふん、と小さく鼻を鳴らして黒服に視線を流す。黒服は無表情に内ポケットに手を突っ込んで、何かを取り出した。
ポンっと鳴った音に肩が跳ね上がる。まだ、身体は緊張を解いてない。
紙吹雪と細いテープが宙を舞って、それがクラッカーだとようやく気が付いた。
「不良品が混ざっていたやもしれん。皆、楽しめただろうか。その座を守った貴女には、後で何か贈ろう。今しばらく楽しんでいきなさい」
黒服が近づいてきて、男爵に手を差し出す。男爵はその手に借りていた拳銃を乗せた。子爵は男爵に一瞥を残してホールから出て行く。その姿を彼は無表情に眺めていた。
こちらの視線に気付くと、にこりと貴族の笑顔を戻して向き直る。
「立ち上がれますか? 少し休憩場所を用意してもらいましょう。何か食べられそうなら、拝借してきます」
頷いて立ち上がろうとした私を、男爵は流れるように抱き上げた。
まだ注目していた人たちがざわめく。
「ちょ……っと、立てるから――」
「もう少し、か弱い女性でいてよ。せっかくいい感じに纏まりそうなんだから」
ぼそぼそと短く言い合って、仕方なく黙る。力押しできないのならば、一応貴族である男爵に主導権を渡さねばならないと判ってはいるのだけど……こういうのはストレスが溜まる。
自分の足で歩けないのは、自由を奪われたようで心許ない。
男爵が会場内の使用人に声をかけると、病人やケガ人が出た時の休憩室に案内してくれた。
耳を澄ませばホールで演奏されている曲が小さく聞こえる、程度の静かな部屋だ。ベッドもあるけれど、私は本物の病人じゃない。男爵はソファの上に私を落とした。
「……だから歩けるって言ったのに……腕、ぷるぷるじゃないですか」
「だって……普段、銃より重いものは持たないから……」
だってじゃないわ。
まあ、ソファまで保たせたのはさすが
「カッコつけたいなら、もうちょっと筋トレでもしたらどうです?」
「ピアに対してカッコつけることはないじゃないか。いいんだ。これでしばらくパーティに出ることもないだろうし」
この人、なんで男爵を継いだんだろう? 本気で解らない。
呆れる私の隣に男爵も腰かけて、伸びなどしてる。どこかの関節が音を立てた。
「さっき、最後に何したんですか?」
「え? ああ。最後は実弾だったでしょ」
一拍置いて、血の気が引いた。
「シリンダーを子爵の付き人が回してる間は大丈夫だと思ってたけど、彼女自分で回したから危ないなって。タイミング合うかちょっと緊張した」
「って、あの黒服、空包が当たるように調節してたってこと?」
「そのくらいの腕はあるでしょ。子爵だってそこまでの賭けはしないよ」
甲斐甲斐しくサポートしてたのはそのため!? ああー!! もう! 貴族!!
「教えてくれれば……!」
「あれ以上余裕の態度はいただけなかったからね?」
口を尖らせる男爵にぐうの音も出ない。
「でも、自分で回すって人、もっといたかもしれないのに……結局最後は大当たりだったんでしょう?」
「これは子爵主催のパーティだよ? 招待客は彼のよく知る人物ばかりだし、なんならすぐ調べもつく。誰が参加者を指名してた?」
……子爵だ。
「最後は本当に賭けだよ。僕の
「え……でも、あれでバレるとは……」
「子爵は歴代当主たちとも親交あったからね。判ると思うよ。雑なフォローもしてくれたし」
クラッカー? 確かに雑だった。意味不明だもの。
「じゃあ、銃を借りたのは……?」
わざわざ借りなくても同じことできるよね?
男爵は視線だけドアに向けて、人差し指を立てた。しばらくしてノックの音。
「どうぞ」
言いながら男爵は私の膝を枕に寝転がった。
……こいつ……
ワゴンを押して入ってきた使用人はこちらを見てすぐ足を止めた。
「そこに置いておいて。ありがとう」
何も言わず、一礼して去って行く。できた使用人だ。
ドアが閉まったのを確認して、私はそのデコを叩いてやった。ぺちん、といい音がする。
「あたっ……もう。これでしばらく人払いが出来るんだって……」
額をさすりながら起き上がって、「何の話だっけ」と首を捻る。親指と人差し指を立てて突き付ければ、彼は両手を上げて苦笑した。
「そうそう。ちょっと人の目が多かったからさ。大事なのは『引き金を引く』ことだから。まあ、たぶん、歴代はちゃんと構えてたと思うけど」
「子爵がちょっと妙な顔をしてたのは、それで……?」
「興味あるなら話すけど、ここでは無理かな。帰ったらね。せっかく持ってきてもらったから、食べよう?」
わざとなのか、本心なのか、足取りも軽くワゴンを取りに行った男爵の後ろ姿にハッとする。
きょ、興味なんか持たないんだから!
ワゴンにはサラダからデザートまで、いろんな種類の食べ物が乗っていた。
男爵が目を輝かせて、スコーンにたっぷりのクリームとジャムを乗せている。
大人なんだから、野菜も食べなさい。野菜も。
そういう私も分厚いステーキに手を出してしまう。全部貧乏がいけないのだ。
ああ! なんて柔らかいお肉! 口の中でほぐれるよう!
人目もないので、二人ともほぼ無言で食べ進めてしまう。
「来てよかっただろう?」
って、上機嫌な男爵に頷きそうになった。
いやいや。車で乗り付ける費用があるなら、普段の食費に回せばいいのでは?
ほんと、どこかずれてる……
段々その感覚に慣れつつある自分にも呆れて、今一度自問する。
手を止めて、じっと見つめる視線に男爵も気付いた。
ちょっと迷ってから、手に残った一口を放り込んで、まだワゴンに残る小さなケーキに未練を残しながら向き直る。
……そんなに食べたいなら、もう少し待ちますが?
雰囲気を察したのか、男爵は軽く咳払いをした。
「男爵はどこまで知っているのですか」
せっかく子爵の方は誤魔化せているようなので、誰に聞かれるかわからないこの場では核心に触れられない。それでも聞いておかねばならなかった。
「そうだねぇ。組織の何人かが持つ特殊能力のことまでかな」
意外と深く知っている。個人の能力は、組織内でしか共有されていないはずなのに。
「知っているから、「聞かない」と言ったのですか」
何も聞かないからさ。ちょっとうちで働きなよ。初めに彼はそう言ったけれど。
男爵は小さく肩をすくめた。
「何をもって「知っている」というの? ピアは娼館やこの館でいろんな話を耳にしたと思うけど、僕のことは「知れた」かな? ここで知った『ヘムリグヘート男爵』と僕は同じ? 情報をすり合わせることはできるけど、人を先入観なしで知ろうと思ったら、何も聞かない方がいいと思ったんだけど」
男爵に関しては余計わからなくなった、というのが実情だけど。
「では、『ピア』はどんな人間だと? ピアを知って、どうするつもりですか」
「そうだね……」
口元にげんこつを寄せて、男爵は薄く笑う。
「先に聞こうか。ピアはここで姿をくらますつもり? それとも、ヘムリグヘートの街に一緒に帰る気がある?」
まさに考えていた二択が男爵の口から出て、息を飲んだ。
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