第19話 誘拐
ルーナはカイトに刺繍を入れたハンカチを贈ろうと考えていた。
図案は猫のシャーとハーマン伯爵家の家紋に入っている菫をモチーフにしたものにしようと思っている。
ルーナはハンカチの刺繍の材料を揃えるため、セーラと街に買い物に出ることにした。
良く訪れている町の手芸店に着くと、店の中には二人の女性がいた。
妊婦さんとメイドの二人連れだった。
店主と話をしていた女性は大きなお腹に手をやり、大事そうに撫でていた。
ルーナはセーラと顔を見合せ、幸せそうな妊婦さんを眺めていた。
お店に訪れることは数日前から連絡していたので、買い求めるハンカチの素材と刺繍糸は店主自らが厳選して用意してくれている。
店主に声をかけ、用意してもらった素材の中からさらにルーナとセーラが商品を選んでいた。
ルーナとセーラと一緒に真剣に商品を選んでいたが、後ろの方で何かが起きているようだった。振り向くと妊婦さんがお腹を押さえて踞っていた。
店主は慌てた様子で店の奥に駆け込んでいき、店の奥からは扉の音がした。
セーラは妊婦さんに寄り添い様子を伺っていたが思い立ち、
「お嬢様、表にいる護衛に声をかけてお医者様を探してきてもらいますので、お店の中でお待ちくださいますか?」
「ええ、分かったわ」
セーラはルーナの護衛に助けを求めるため店の外に出ていった。
「すみません。お嬢様、お水を、お水をいただきたいのです」
妊婦さんは苦しそうに呟いた。
ルーナは妊婦の連れてきていたメイドとともに、店の奥へ行き台所を探していた。
台所を見つけルーナが中に入ろうとすると、見知らぬ男が出てきたので、避けようとしたが口にハンカチを当てられ意識を失ってしまった。
ルーナはそのまま店の裏口から停めてあった馬車に乗せられ連れ去られてしまった。
セーラが手芸店の中に入って来たときは、誰もいなかった。
セーラは慌てて「お嬢様」と叫び店の奥に入っていくと、台所に近い廊下で店主が倒れていた。
店主の息があるのを確認し、店の外にいる護衛にルーナが拐われたことを報告した。
護衛は店に入って来て奥の部屋などを確認し、裏口の扉が少し開いているのを見つけて辺りを見渡したが、既に何の気配も感じられなかった。
近くにいた住人に話を聞くと、少し前に馬車が出ていくのを見たと教えてくれた。
セーラと護衛は呆然と立ち尽くしていたが、医者を連れて戻って来た護衛にルーナの事を話をした。
医者に手芸店の店主を診てもらったが、薬を嗅がされて気を失っているだけのようだった。
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