第5話 我儘な義妹

「まあ、貴女。お義兄様の猫ちゃんね。こっちへいらっしゃいな」

 猫は知らんぷりを決めてヴィオラの横を小走りに通り過ぎようとしていた。

「ホントに可愛げのない猫だわ」

 ヴィオラは落ちていた小石を拾って、猫に向かって投げたが、全然当たらなかった。

 猫は一度振り向いたが、すまし顔で屋敷の中に入って行った。


「もう!あの猫を追い出してちょうだい!」

 ヴィオラは使用人に向かって叫んでいたが、使用人たちは顔を見合せ、うつ向いただけだった。

「本当に役に立たない人たちね」

 ヴィオラは使用人たちに向かってヒステリーになっていた。使用人たちはカイトが大事にしている猫を追い出すわけにはいかず、ただ下を向くしかなかった。

「ふんっ」

 ヴィオラも分かっていて、ただ使用人に当たり散らしていただけだった。


 カイトの義妹であるヴィオラは父親の再婚相手の連れ子で、ハーマン伯爵の娘ではない。

 父親の再婚相手であるカイトの義母は、遠縁の男爵家の娘だった。

 ハーマン伯爵は知らないようだか、彼の妻は見目麗しいが、恋愛に奔放で、ヴィオラの父親は亡くなった夫ではなく、某旅一座の役者の子どもではないかという噂があった。


 ヴィオラは母親似で、妖精のように美しく可憐であった。

 白い肌にピンクゴールドの髪、瞳は澄んだグリーン、小柄で華奢な体型は庇護欲をそそるものだった。

 淑女教育が完璧であれば、伯爵や侯爵位の令息に嫁いでも齟齬はない。

 勉強嫌いで、独占欲が強く、傲慢で自己中心的な性格は、彼女の婿選びにとって致命的だった。

 幼少期から特に厳しい教育を受けている高位爵位の令息たちには、いくら外面を磨いても高位爵位の妻の座が務まる人物かどうかは、直ぐに分かってしまう。


 カイトはいつも纏わりついてくるヴィオラに手を焼いていた。

 社交界のパーティーなどのエスコートはするが、それ以外は出来るだけ距離を置いているつもりでいた。

 だが一方で、カイトにスキンシップの激しい血の繋がらない義妹を、結婚相手だと思っている者も少なくなかった。

 カイト自身はヴィオラに全く好意がないので、噂にも興味がなく軽く聞き流していた。

 一方的にいい寄ってくる女性への牽制にもなり楽だった。


 ヴィオラはカイトが噂を否定しないことを逆手に取り、好き勝手に自分に都合の良い噂を流していた。

 ヴィオラはカイトに対して特別な感情はなく、自分の地位を確立するための手段として、カイトの立場を利用しようとしていただけだった。


 ヴィオラは贅沢な暮らしを続けるため、結婚相手には伯爵以上の長男と決めていたが、彼女に好意を寄せてくるのは、子爵家や男爵家の次男や三男の令息ばかりだった。

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