2月その①
『ねえ、センパイ』
『どうした、後輩』
時刻は24時ちょっと過ぎ。
勉強を終えてそろそろ寝ようかなと思ったところで後輩からLINEが来ていた。
『部屋寒いです』
そりゃ今は一年で一番寒い時期だしな。
俺の方は暖房入れてるので普通に暖かいけど。
『暖房は?』
『乾燥するので消しました』
確かに俺も寝てる間に乾燥して喉が痛くなったりすることもあるけど、流石に布団に入る前に寒くなるくらい早めに消すことはないかな。
乾燥は美容にも悪いだろうしそういう意識なんだろうか。
『じゃあ布団入って暖まれ』
『そうしますね』
『風邪引くなよー』
『はーい、センパイはもう勉強終わりましたか?』
『ん、俺も今から寝るとこ』
というか勉強中だったらこんな速度でレスつけないしな。
今日はあと寝るだけだから後輩のLINEにも付き合う余裕があるけど。
『それじゃあちょっとだけ、電話してもいいですか』
『ちょっとだけな』
何か用事があるのかはわからないけれど、ちょっとだけなら問題ない。
明日寝不足になるくらい長電話したら困るけどそうはならないだろうし。
それからちょっと待って、LINEに通話の通知が出るのでそれを受ける。
『こんばんは、センパイ』
通話をとって耳に当てると、後輩の声が聞こえてくる。
その声は少し照れているような響きで、なんだかこちらまでくすぐったくなってしまいそうだ。
「なにかあったか?」
『特にないんですけど、通話したくなったのでかけちゃいました』
「そうか」
『迷惑でしたか?』
「いや、問題ない」
『ならよかったです』
なぜかつい簡素な返事になってしまうが、後輩は安心したように答える。
「後輩はもう布団入ったか?」
『はい、布団の中暖かいですよ』
それは羨ましい、ということで俺も後輩にならうことにする。
「俺も布団入るからちょっといいか?」
『はい』
部屋の明かりを消して、暗闇の中に浮かび上がるスマホの明かりを手にする。
そのまま布団に潜り込んで再び声をかけると、すぐに返事が返ってきた。
『おかえりなさいです、センパイ』
「どっか行ってたわけじゃないけどな」
ちょっと部屋の明かりを消しただけで。
『ならこれでこのまま寝れますね』
「スマホの充電しないといけないけどな」
寝る前にこれを忘れると明日ちょっと困ったことになる。
まあそんなに頻繁に使うわけでもないし、一日くらいなら充電忘れても大丈夫なんだけど、それでも何かあったときにバッテリーが切れる可能性があるっていうのはいただけないし。
『私は充電してますよ』
「コード邪魔じゃね?」
『左手で引っ張ってるのでそうでもないです』
「なるほど」
耳元に固定しているスマホじゃなくてフリーの左手でコードの遊びを確保してるならそこまで邪魔じゃないのかもしれない。
『今日はなにしてましたか?』
「ずっと勉強してたな」
『家でも本当にずっと勉強してるんですねー』
まあ受験生だしな。
ちなみに今日は日曜日だったので、学校には行かずにずっと家にいたので後輩とは顔を合わせていなかった。
「部室の方が集中できるんだけどな」
『それって、私がいるからですか?』
「後輩は今日なにしてた?」
『ちょっと無視しないでくださいよっ!』
「無視はしてないぞ、スルーしただけだ」
『それは同じことです!』
正直に言うと後輩が調子に乗りそうで面倒だったからしょうがない。
『私はさっきまでテレビ見てましたよ』
「この時間にどんな番組やってるのかもう覚えてねぇな」
『私が見てたのはドラマですねー。センパイはドラマとか見ますか?』
「前はちょいちょい見てたけど最近は見てないな」
まあ受験生だから当然だけど。
時間があるならテレビ見るよりもゲームしたいしな。時間無いけど。
『うちはお母さんがゲーム買ってくれないんですよー』
「自分で買えば?」
『そんなお金はないです』
「知ってた」
高いしな、ゲームハード。
それに後輩は、別に金使うことが沢山あるだろうし。
『なら言わないでくださいよ』
「うちにはあるし」
一応お小遣いとバイト代で自分で買ったもの。
まあ小遣いを自分での部分に含めていいのかは微妙な所だと思わなくもないが。
『じゃあ今度センパイのうちにゲームやりに行きますから』
「来なくていいぞ」
『センパイが冷たいです』
「冷たくないだろ」
これくらいが普通の距離感だ。
とはいえ、絶対に断るほど嫌でもないんだけど。
「どっちにしろ受験終わってからだな」
『そうですね』
しかし、そろそろ眠くなってきたかな。
布団に入ってしばらく話していて、意識もいい感じにまどろんできた。
『布団暖かいですねー』
「そうだなー」
そんなゆるい会話から、一瞬だけ沈黙が生まれる。
『ねえ、センパイ』
「どうした、後輩」
『……、やっぱりなんでもないです』
「なんだよ、気になるな」
『なんでもないですって』
後輩がこんな風に言い淀むのは珍しい。
『別に大したことじゃないんですけど、こうして話してると、なんだか同じ布団に入ってるみたいだなと思って』
真っ暗な部屋で目を閉じてベッドに横になっていると、確かに耳元から囁かれる声は隣に寝ているように聞こえるかもしれない。
「二人で寝たら暖かそうでいいな」
『そうですね』
もし本当に一緒に寝たら、それどころじゃないだろうけど。
『でも意識するとちょっとだけ恥ずかしいですね』
「後輩でも恥ずかしいのか」
『それはそうですよ』
普段の後輩なら気にしなそうなものだけど、というのも偏った見方だろうか。
『私だって誰とでもこういうことしてる訳じゃないんですからね』
「それはわかってるが」
『センパイだけ、なんですよ』
本当に耳元で囁くように言われると、余計に意識してしまいそうだ。
『ドキッとしました?』
「した」
一転空気を緩めるように笑う後輩に正直に答える。
『一緒に寝てるみたいだからって、変なこと想像しないでくださいね』
「変なことってなんだよ」
『それは、私に触ったりとか』
「同じベッドで寝てれば触ることもあるだろ」
『ありませんよ。センパイのえっち』
むしろ一緒に寝てたら後輩の方が寝ぼけて抱きついてきそうだなんて思うところだけど。
『そんなことありませんけど。でも、手を繋ぐくらいなら許してあげてもいいですよ』
「許された……」
よく考えたら寝てる時に手を繋いでもなにも良いこと無い気がしなくもないけどまあいいか。
『そうだ』
「どうした?」
と聞き返した返事の代わりに、ポロンとスマホが鳴る。
それを確認すると、後輩から画像が送られてきていた。
画像は丁度今撮ったもののようで、寝ている後輩の姿が写っている。
頭を枕に載せたまま横を向いた後輩の画像は、同じように横になったまま見ると、本当に隣に後輩が寝ているよう。
髪が枕でちょっとだけくしゃっとなっていて、パジャマ姿で寝る直前の後輩は本当に寝る直前の姿すぎて見ていいものなのか悩むくらい。
後輩が送ってきたんだから本人的にはいいんだろうけど……。
『それじゃあ、センパイも画像送ってください』
「えー」
『私の画像は見たのに自分は見せないなんてズルいですよ』
自分で勝手に送ってきたんだろ、と言って断ることもできるけど、実際に送られてきた画像を見たあとだとそうする気にはならなかった。
俺も後輩と同じように横を向いて、インカメラで自分を撮る。
人に撮られるのも得意じゃなかったけど、自分で自分を撮るのはそれ以上に恥ずかしいのは慣れてないからだろうか。
とにかく、撮った画像を半ば投げやりにそのまま送る。
『えっ、本当に送ってくれたんですか』
「後輩が送れって言ったんだろ」
『それはそうですけど』
寝ぼけた頭じゃなくて、明日朝起きて冷静になったらなにやってるんだろうって後悔するかもしれない。
「あー、恥ずかしい」
『こういうセンパイも私は嫌いじゃないですよ』
そんな後輩の言葉を聞くと、やっぱり恥ずかしかった。
それからまた少しして、本格的に互いの声が眠そうになってくる。
『センパイ、もう寝ちゃいましたか?』
「んー、まだ起きてる」
『半分寝てますね』
「後輩もだろ」
聞こえてくる後輩の声は、今まで聞いたことがないくらい眠そうでぼんやりしている。
それでも、まだどっちも寝るとは言い出さないけど。
『センパイ、入試が終わったらどこか遊びに行きましょうよ』
「それもいいかもな」
『どこ行きたいですか?』
「とりあえず映画かな」
『映画良いですねー』
「後輩はどっか行きたいとこあるか?」
『そうですね、私はセンパイのうちに行ってみたいです』
「ゲーム以外はなんも面白いもんないぞ」
『でもセンパイはうちに来たことあるじゃないですか。それって不公平です』
「そんなもんかな」
『そうですよ』
「まあ、機会があれば……」
あんまり自分の部屋に人を入れるのは好きじゃないけれど。
後輩ならいいかな。
『んー……』
スマホのスピーカーから聞こえてくる後輩の声は、まぶたが落ちかけているのが雰囲気で伝わってきてそろそろ限界かなと思う。
「そろそろ寝るか?」
『そうします……』
眠そうというか半分寝てそうな後輩の声は、普段は見れない後輩の一面といった感じで悪くないけど、だからといっていつまでも付き合わせる訳にもいかない。
本音を言えば名残惜しいけど、明日も早く起きて勉強しないといけないし。
それに俺もそろそろ寝落ちしそうだ。
『おやすみなさいセンパイ』
「おやすみ、後輩」
最後に挨拶をしてすぎて通話が切れる。
耳が少し寂しいけれど、いつまでもそうしている訳にもいかないので明るくなったスマホの画面を消して枕元に置いた。
ああ、スマホ充電しなきゃ。
なんて話していた後輩との会話を思い出して、スマホに充電ケーブルを繋ぐ。
これで朝起きてからスムーズに登校ができる。
明日はまた、学校で後輩と顔を合わせるだろう。
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