2月その②
コンコン、と部室のドアがノックされる。
ペンを置いて、一応視線を向けるが、相手は誰だかわかっているので特に返事をするでもなく後輩が入ってくるのを待った。
「こんにちは、センパイ」
「お疲れ、後輩」
授業を終えるチャイムの音を聞いてから少し経って、現れた後輩に労いの言葉をかけた。
「センパイも、お疲れ様です」
今日一日授業を受けていた後輩と、ずっと部室で勉強していた俺だとどっちの方が疲れてるかはわからないけど。
「センパイは今日はずっと部室でしたか?」
「そうだな、外は盛り上がってるか?」
「そうですねー、なんだか男子がそわそわしてましたよ」
今日は2月14日。
全国的にバレイタインだ。
チョコを貰える予定のある男子だけではなく、予定の無い者をワンチャンあるんじゃないかと期待して過ごす一日だ。
「センパイもですか?」
「俺はそうでもないが」
「またまたー、誰にもチョコ貰えてないのにそんなに強がらなくてもいいんですよ」
「強がってもないがな、チョコも貰ったし」
「えっ、誰からですか?」
「クラスの女子、まあ義理だけどな」
「そ、その人とは仲いいんですか?」
「チョコ貰うのは今年で、15個目かな?」
「もしかして幼馴染みってやつですか?」
「まあそうなるな、大学は別だから貰うの今年で最後だろうけど」
いやでも、そこまで遠くもないから会おうと思えば会えるか。
「そうなんですか」
どっちにしろ義理だけどな、なんて思っていると、後輩がバッグを漁ってこちらを見る。
「はいはい。それじゃあそんなセンパイにはこれ、あげますね」
後輩が取り出したのはチロルチョコ、1個20円也。
「あーん」
その包みを剥いてなぜか自分の口に咥えた後輩がそのままこちらに顔を寄せる。
これはそのまま食べろってことだろうか。
ポッキーならまだわかるけど、チロルチョコでやる奴初めて見た、というか確実に無事じゃ済まないやつじゃん。
「ど、どうぞ、センパイ」
「落ち着け」
テンパってる後輩の咥えたチョコを指で摘まんで、ついでにわき腹をツンとつつく。
「はう」
後輩が怯んだ隙に奪い取ったチョコを自分の口に放り込んだ。
「あっ……」
「うん、美味い」
まあ普通のチロルチョコなんだから当たり前だけど。
「それで、落ち着いたか?」
「別に、最初から落ち着いてますけど」
何もなかったような顔をする後輩は、耳が赤くなってるけど見なかったことにしてやろう。
なんで急に後輩が奇行に走ったのかは、心当たりがなくもないけど。
でも誰からもチョコ貰ってないって嘘をつくのもあとで面倒になりそうだったしなぁ。
結局貰えなかったって言ってきた後輩が悪い、ということで俺の中で決着した。
「それで、本命は?」
「……、よくわかりましたね」
言いながら後輩が鞄から取り出したのは、ちゃんとラッピングされたチョコの箱。
既製品だろうけど、ちゃんとしてるやつかな。
コンビニのレジ前に並んでるヤツよりもうちょっと上等そうな見た目をしてるし。
「まあ流石になー」
ちゃんとしたチョコを貰えるだろうと思えるくらいには一緒に居たしな。
「つまり、期待してたってことですか?」
「そういう見方もあるかもな」
期待って言われると若干ニュアンスが違う気がしなくもないけど。
「じゃあ改めて。センパイ、バレンタインのチョコどうぞ」
「ありがとな、後輩。開けていいか?」
「はい」
了承を得て、そのまま包みを開ける。
中には12分割された区切りに、個別のチョコが収まっていた。
「センパイ、どれ食べたいですか?」
俺にチョコを渡してからいつもの向かいの席に戻った後輩が、俺が開けた箱の中身を眺めながら損なことを聞いてくる。
「じゃあハートのやつ」
「それじゃあどうぞ。あーん」
言いながら、俺がチョイスしたやつを摘まんだ後輩がそのままこちらに差し出してくる。
わりとこういうのも慣れたものだな、なんて思いながら、後輩の指で摘ままれたそれをパクリと咥えた。
「美味しいですか?」
「美味い」
まあチロルチョコも美味かったんだけど、こっちはあっちよりもちゃんとした値段のチョコの味がするかな。
味が濃厚で、頬が溶けそう。
「次はどれがいいですか?」
「じゃあホワイトチョコのやつ」
指定するとまた後輩がチョコを差し出すのでそれを食べる。
甘いなー。
傍から見たら何やってんだってなりそうな光景ではあるけれど、そもそもが後輩から渡されたチョコなので抵抗しないで食べておいた。
流石に全部は食べないけどね。
ということで俺に3つほど食べて満足した俺に満足した後輩は改めてこちらを見る。
「それじゃあ、ホワイトデーは3倍返しでお願いしますね、センパイ」
「なら60円か」
「チロルチョコの方じゃないですよっ」
「はいはい、わかってるよ」
逆にこっちのちゃんとしたチョコの値段は知らないわけだけど、まあそこは後輩も本気で言ってるわけじゃないだろうし気にしない。
「というかホワイトデーって休みだよな」
「そうですねえ」
三月の中頃というと普通はもう学校が春休みに入っている時期で、うちの高校もその例に漏れない。
うちの高校、卒業式はちょっと遅めなんだけどね。
なのでこうやって、学校で顔を合わせたついでに渡すっていうのが出来ない。
ならどうするか、という話はまあいいか。
「後輩も食べるか?」
俺ばっかり食べててもバランスが悪いのでそう聞くと、後輩は微妙な顔を見せる。
「んー、美味しそうですけど、流石に自分で渡したもの食べるのはちょっと違う気がしますかね」
「んじゃこっちか」
何かあったかなと鞄を漁って出てきたトッポを一本摘まみ、それを後輩に差し出した。
あーん、といったポーズの俺に、後輩はそれを口で受けずに答える。
「口で食べさせてくれてもいいんですよ、センパイ」
それはさっきのチロルチョコの意趣返しだろうか。
そもそもあれは後輩が自爆しただけだと思うんだが……、まあいいか。
「それじゃ、ん」
「えっ、本気ですか?」
俺がトッポを口に咥えて少し顎を上げると、後輩が驚いた表情を見せる。
「そっちが言い出したんだろ」
「それはそうですけど」
「まあ後輩が恥ずかしいっていうなら別にやらなくてもいいけど」
「そんなことないんですけど!?」
勢いよく席を立ちあがった後輩が覚悟を決めて身を乗り出す。
ぐっと前かがみになって近付いた顔が、トッポに届くちょっと前で止まった。
「と、届かないんですけど」
テーブルの幅は1メートルちょっとくらいで、座ったままの俺には後輩が身を乗り出しても届かない。
そのまま脚まで上げてテーブルに乗れば届くだろうけど、それはそれで行儀が悪いという意識が後輩にもあったらしい。
「はいだめー」
「あー!」
後輩のチャレンジ失敗を確認して、俺はぽりぽりとトッポを噛んで短くしていく。
せっかくやる気になったのに途中で没収された後輩は不満げだ。
「センパイも立ってくださいよ」
確かに二人とも立ち上がれば余裕で届いただろうけど。
「断る。そこまでする理由がないし」
「うー」
「そこまでしたいわけでもなかろうに」
「それはそうですけど」
「ほら」
それでもまだ不満そうな後輩にトッポを差し出す。
「ん」
今度は後輩も、それを素直に口に咥えた。
「美味いか?」
「美味しいです」
「ならよかった」
そんな後輩の様子を見ていたら俺も食べたくなったので、貰ったチョコに手を伸ばす。
ぱくり。
「あっ」
「もぐもぐ、どうした?」
「食べるなら言ってくださいよ」
「別に毎回食べさせなくてもいいだろ」
「私のチョコなんですから、食べ方は私が決めるんです」
「もう俺のチョコだと思うんだが……、まあいいか」
ということで今度は後輩に頼んで、またチョコを食べる。
交互に食べさせている光景は間が抜けている気がしなくもないけどまあ気にしない。
「チョコ、ありがとな、後輩」
「センパイも、トッポありがとうございます」
「どういたしまして」
なんて会話はちょっとくすぐったいけど。
そんなやり取りを10分くらいで終えて、また勉強に戻る前に後輩に聞いておく。
「そいや、後輩」
「なんですか、センパイ」
「ホワイトデーのお返し何がいい?」
「そうですね、なんでもいいですか?」
「なんでもいいぞ、高過ぎなければ」
俺の条件付きの承認に、後輩がうーんと考えてから答える。
「じゃあ、センパイを一日貸してください」
「わかった」
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