1月その④
「なあ、後輩」
「どうしました、センパイ」
声をかけるとお菓子に手を伸ばしていた後輩がこちらを見る。
「後輩も髪伸びたな」
「たしかに、そうですね」
勉強の休憩中、後輩が答えながら前のことを思い出すように少しだけ遠い目をする。
「前はこれくらいしかなかったもんな」
言いながら俺が手を水平にして首の横で揃える。
そんな後輩も今は背中まで髪が伸びているので結構な長さだ。
「暖かくなったら短くしますかね」
「えー」
「えーってなんですか、えーって」
だってもったいないじゃん。
「そういえばセンパイは髪長い方が好きって言ってましたっけ」
「本質的には当人に似合ってればどっちでもいいけどな」
重要なのは長さよりも、本人のキャラにあってるかどうかだ。
「じゃあ私は短い方と長い方ならどっちが似合いますか?」
「俺はどっちも好きだぞ」
なんて中途半端な答えを後輩が望んでないのはわかるけど。
「まあでも、長い方が色々弄れるっていう点では良いかもな」
「センパイ髪型変えるの好きですもんね」
「別に好きではないが」
「嘘つき」
本音を言えば嫌いではないけど、それを素直に認めるのはちょっと恥ずかしいというそんな気持ち。
あと部屋とか授業の時だけ眼鏡かけてるのも好きなので、普段と違う格好が見れるのが好きなのかも。
「じゃあセンパイがどうしてもって言うので、髪切らないであげます」
「どうしてもとは言ってないが、これをやろう」
「わーい」
俺が取り出したチロルチョコを差し出すと、後輩が嬉しそうにそれを受け取る。
「とはいえ本当に髪伸びたな」
「そうですねー。胸も隠れそうです」
背中に流している髪を左右から前に持ってきて下まで伸ばすと、確かに胸の辺りが隠れるくらいの長さがある。
これなら海で水着が流されても安心だ。
「あとビーナスの誕生ごっこができるな」
「ビーナスは髪で胸隠してないですよ?」
「あれ、そうだっけ」
実際にスマホで確認してみたら、確かに髪では隠してなかった。
「今なら三つ編みのおさげも作れますね」
左右に分けた髪の片方を更に三つに分けて順番に重ねていくと、確かに三つ編みのおさげが出来上がる。
本人の言う通り髪を編む分長さが必要なので以前の後輩じゃできなかった髪型だろう。
「センパイもやってみますか?」
「急にどうした?」
「なんだか興味ありそうな顔をしてたので」
確かに女子の髪を結ぶのにちょっと興味はあるけれど。
「それじゃあ」
席を立って後輩の隣に座りなおす。
そういえばこうやって膝がくっつくような距離で向き合うのも珍しいかな。
「ちなみにやり方は知らないわけだが」
学校じゃ教えてくれないし。
「なら私が教えてあげますよ」
小さく後輩が笑って右手側の髪を握るので、俺もそれに倣ってこっちから見て右手側の髪を握る。
「まず髪を三つに分けてください」
「後輩の髪サラサラだな」
「ありがとうございます」
触るのは初めてというわけではないんだけれど、伸ばした髪先は特にサラサラな感じがする。
むしろ鮮度的な意味では根元に近い方が状態が良さそうなものなんだけどちょっと不思議だ。
「そうしたら右のを上に重ねて、次は左。それで残りを真ん中に。この繰り返しです」
「んー、こんな感じか?」
「そうですそうです。結構上手いですね」
なんて言われても髪の結び方の違いなんてわからないけど。
とはいえそう時間もかからずに結び終えて、左右三つ編みおさげの後輩が出来上がる。
「こうやって見ると結構違うな」
バランスが違うのかな。
後輩の結んだ方が真っ直ぐで整っている感じがする。
「センパイも上手いですよ? 折角ですしカメラで撮りましょうか」
そのままスマホを渡されて、ちょっと身を引いてから頭の先から胸まで入る角度で後輩を画面に収める。
パシャリ。
「どうですか?」
「よく撮れてるぞ」
普段とは印象が違うけれど、それはそれとしてよく似合っている。
「これで黒髪にして眼鏡かけたら見た目は優等生だな」
「私は今でも優等生なんですけど?」
「はいはい」
いつもの見た目で優等生は無理でしょと思うけど、学業の成績だけなら今でも十分優等生なんだよな。
この前の試験は学年で一桁目前だったって言ってたし。
「まあセンパイほどじゃないですけど」
「それほどでもあるが」
成績も内申も保つために一定の努力はしてきたわけで。
「真面目ですねぇ。そいえばセンパイは、髪染めたことないんですか?」
「あるぞ」
「えっ、あるんですか?」
「おう」
「何色ですか?」
「赤」
「嘘でしょ?」
「まあ嘘だけど」
「どうして嘘つくんですか!」
「いや、あんまり髪染めてるのとか俺のキャラじゃない気がしたから」
キャラがブレるのはよくないからな。
「なんですかそれは。結局どっちなんですか」
本当は、染めたことはある。
「画像とかないんですか?」
「ある、けど見せん」
「なんでですか」
「前のスマホに残ってるから今のスマホには入ってないし」
「じゃあ帰ったら見せてください」
「気が向いたらな」
気が向くことはずっとないだろうけど、なんて思っていてもそのうち見せることになるかもしれないなんて予感がちょっとだけした。
「そうだセンパイ」
「んー?」
後輩が自分の三つ編みを持ち上げて、その先っぽを鼻の下にくっつける。
「この髪、ヒゲみたいになりますよ」
「ふふっ」
「あっ今笑いました?」
「笑ってないが」
ターンエーガンダムみたいだとか思ってもない。
「なんで嘘つくんですか。もう一回見せてくださいよ」
「面白くもないのに笑えるわけ無いだろ」
「ヒゲ」
「ふふっ」
「やっぱり笑ってるー!」
「なんで嬉しそうなんだよ」
俺が思わず吹き出すとなぜか嬉しそうな表情を見せる後輩が一息入れると、自分のおさげをすーっと撫でた。
「さて、それじゃあそろそろ髪戻しますかね」
「ずっとそのままでも良いのに」
「そんなこと言って、センパイはどうせすぐ飽きるじゃないですか」
「俺を酷い奴みたいに言うな」
「じゃあこれからずっとこの髪型でもいいですか?」
そんな風に言われて後輩がずっとこの髪型なのを想像してみると、どこか物足りない感じがする。
「えー、それはちょっと」
「なんなんですかー!」
なんでと言われても俺の素直な意見だが。
「まったくもう」
ため息をつきながら、後輩が髪を留めていたゴムをほどくと、するすると三つ編みが解けていく。
それに指を通しながら後輩は自分のバッグを漁ってヘアブラシを取り出した。
おそらく髪が絡まったりしないようにケアしているんだろう。
「大変だな、後輩は」
「そうなんですよ、女の子は大変なんです」
それが綺麗でさらさらの髪を保つためだというなら、素直に頭の下がる思いだ。
「そう思うならセンパイも手伝ってください」
「別にいいけど、なにを?」
聞くと後輩に後ろに立つように促される。
後輩が、前に流していた髪をふさーっと持ち上げるように背中に戻して、そのままヘアブラシを渡された。
「それじゃあ、お願いします」
「はいよ」
つまりこのまま髪をブラッシングしろということらしい。
根本からと先端からやるの、どっちがいいのかな。
なんて思いつつとりあえず先の方を手で持ち上げてからブラシを通す。
やっぱり、後輩の髪はサラサラしていて手触りもとても良い。
そのまま髪が引っかからないように丁寧に髪を梳かしていく。
上手く出来てるかはわからないけど。
「気持ちいいですよ」
ならよかった。
「今度センパイにもやってあげますね」
「わざわざ梳かすほどの髪ないけどな」
「短くてもちゃんとケアはしたほうが良いですよ」
「そんなもんか」
「そんなもんです」
じゃあ今度からちょっとだけ気にしてみようかな。
「んー」
と声を漏らす後輩はご機嫌だ。
「ずっとこのままでも良いくらいですけど流石にセンパイは勉強しなきゃですよね」
「そうだなー」
後輩の髪を弄り始めてから10分ほど。
そろそろ勉強に戻るかなといった頃合いではある。
そもそも受験生ならずっと勉強してろという話もなくはないんだけど、多少気分転換も入れた方が効率も上がるしな。
あと、今まで積み重ねてきた勉強の時間を考えれば多少は余裕を持てるっていうのもある。
「そうだ、後輩ちょっとこれ持ってみ」
「なんですか?」
聞き返す後輩に、一旦髪を梳く手を止めて問題集を渡した。
「これならブラシかけながら勉強できるだろ」
「なるほど」
俺が何をしたいのかは伝わったようで、後輩は膝に置いた問題集に視線を落とす。
「それじゃあ、問一」
「よし来い」
ということで、そんな変わった二人の勉強方法はしばらく続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます