1月その①
「しかし人が多いな」
後輩と二人並んでこれから進む方向を見る。
まだ神社の外なので余裕があるが境内へと続く道は昼休みの購買前くらい混んでいた。
「とりあえずはぐれないようにな」
「わかってますよー」
子供じゃないんだからといえばその通りなんだが、それでもここから先ではぐれたらスマホがあっても合流するのは手間がかかりそう。
それにわざわざ一緒に来たのに別々になったら意味もないしな。
「なら手でも繋ぎましょうか」
「なるほど」
その手があったか。
断る理由もないので差し出された後輩の手を握る。
「うっ」
風がびゅうっと吹き抜けると、その冷たさに後輩が目を閉じて声を漏らす。
人混みの中の気温は外を歩いていた時よりもずいぶんマシに感じるが、それでもやっぱり顔は寒さがある。
耳とか特にね。
「センパイ、寒いです」
「そうだな」
屋内か、せめて風を防げる建物の陰なんかにでも避難できればマシになるんだろうけど、そこまで自由に動けるほど余裕のある状況でもないしな。
「暖めてください」
「無茶を言うなぁ。まあいいけど」
「えっ?」
周りの人の邪魔にならないように腕を上げて、空いてる左手を後輩の頬に当てる。
手は風に晒されていない分温かくて頬との温度差でひんやりと冷たさを感じた。
そのまま後輩の耳に触れると、こちらは髪に隠れているからかそこまで冷たくない。
俺は耳が一番キンキンに冷えてるんだけど、こういうときはやっぱり長髪は強いな。
「センパイ……」
「んー?」
「あんまり触られると恥ずかしいんですけど……」
「後輩が暖めろって言ったんだろ」
「それは、そうですけど……」
「嫌なら止めるが」
「嫌ではないです、けど」
なら良いだろうと思って手を当てていると、次第に後輩の頬が赤くなってきていた。
「暖まってきたな」
「センパイ、わざと言ってませんか」
「なんのことだかわからんな」
なぜか撫でている頬だけじゃなく、逆の頬も赤くなっている理由とかはさっぱりわからないな。
「やっぱりわかってるじゃないですかっ」
まあ暖かくなるなら誰も困ってないだろうし良いだろう。
「そういうことなら私にも考えがありますからね」
言った後輩が繋いでいた手を離して、両手で俺の顔を挟む。
「どうですか」
「普通に温かい。って耳に指を入れようとすんなっ」
俺の反応が薄いのが気に食わなかったのか、そのまま指を入れてこようとする後輩の手からは流石に逃げる。
「なんで逃げるんですか」
「こんな場所で耳を塞ごうとするな、危ないだろ」
「センパイはわがままですねえ」
「今度は顔を潰すな」
「センパイの顔、風船みたいですね」
「俺の顔が風船みたいなんじゃなくて、後輩が俺の顔を風船みたいにしてるんだよなあ」
「センパイのほっぺた柔らかいですよ」
「それを言ったら後輩だって柔らかいけどな」
後輩の頬を揉んだり摘まんだりすると、ぷにぷにして柔らかい。
「それはそれで喜んでいいのか微妙なんですけど」
「褒めてるんだから素直に喜んどけ」
いや、頬が柔らかいっていうのが褒め言葉なのかはわからないが、少なくとも個人的には嫌いではない。
「っていうか歩きづらいからいい加減離すぞ」
こうしている間にもじわりじわりと人混みは前に進んでいるのでこんなことを続けているのそのうちコケそうだ。
「はーい」
後輩が返事をして手を離す。
そのまま再び手を繋いで、少しだけ前に進んだ。
人混みの流れにのって進んでいると、ポケットに入れたスマホがあってもブルッと震えた。
同時に後輩のスマホがポロンポロンと立て続けに鳴る。
もしかしてと思って腕時計を確認すると、長針と短針が真上を指してピッタリと重なっていた。
そういえば、ここまでずっと鳴っていた鐘の音も丁度止まっている。
後輩も同じように自分のスマホで時間を確認して、なぜか嬉しそうにこちらを見た。
「あけおめですね、センパイ」
「あけおめ、後輩」
家族以外の相手と年越しを過ごすのは初めてだし、それが家の中でないのも初めてだ。
「もう新年なんですねー」
「全然実感ないけどな」
「私もです」
なんて二人で言って笑いあう。
初日の出を見るまではまだ大晦日って感じは実際ある。
ゆっくりと人混みが流れ、やっと賽銭箱の目前に到着する。
「センパイ、いくら入れますか?」
「んー、500円かな」
「なら私は1000円にします」
「じゃあ俺は1500円」
「なんで張り合うんですかっ」
「後輩から言ってきたんだろ」
なんて話をしながら賽銭箱に到着し、結局二人で最初の金額を箱に放る。
それからパンパンと手を合わせて、お願い事をしてからその場を離れた。
「センパイ、なにお願いしました?」
「受験合格」
流石にこの場で他の願い事をしたりはしない。
ちなみにお願い事は言うと叶わないなんて通説もあったりするけれど、特に根拠もないらしいので俺は気にしない。
そもそも神頼みにエビデンスもないだろなんて話は置いておいて。
「後輩は?」
「私もセンパイの合格をお願いしておいてあげましたよ」
「年に一度の神頼みを人の為に使うなってもったいない」
しかも1000円も払って。
「センパイがずっと頑張ってたのは知ってますから。応援したくなっただけですよ」
なんて言われると、流石にちょっと恥ずかしい。
「センパイ、顔が赤くなってませんか?」
「気のせいだろ」
「そうですかね」
わかってて言ってる後輩はからかうように笑っているけれど、それはそれとして言っておかないといけないこともある。
「ありがとな、後輩」
「どういたしまして、センパイ」
今度は心底嬉しそうに笑う後輩は、少し眩しかった。
「センパイ、御守り買いませんか」
「いいけど、何買うんだ?」
「私はセンパイに合格祈願を買ってあげますね」
「じゃあ俺は後輩に安産祈願でも買うか」
「なんでですか!?」
「いつか必要になるかもしれないだろ」
「それはそうですけど……、もうちょっと身近に役立ちそうなのにしてほしいです」
じゃあ恋愛成就か、もしくは合格祈願か。
「どっちが良い?」
「んー……」
後輩的には恋愛成就の方が嬉しいけれど、直近で役に立ちそうなのは合格祈願の方といった感じだろうか。
「いっそ両方買うか?」
「それだと効かなそうじゃないですか」
「まあそれは」
二個買ったら効果は半分以下になりそうなイメージはあるけれど。
「んー、んーーー」
首を傾げて悩む後輩がやっと顔を上げる。
「合格祈願でお願いします」
「あいよ」
ということで売り場の前に並んで御守りを買いそれを交換する。
続いておみくじも買い、その場をあとにした。
「センパイ、あっちで甘酒配ってますよ」
「腕を引っ張るな腕を」
「だって手を繋いでるんだからしょうがないじゃないですか」
「引っ張らなくても言えばわかるって意味だ」
「じゃあ行きましょう、センパイ」
「はいはい」
後輩に手を引かれて配ってる甘酒を二人で貰う。
「あったかいですねー」
「そうだな」
甘酒自体が温かくて口に含むと体が温まるような気がする。
これもアルコールのおかげかななんて思ったりもしたけど、甘酒にわかるほどのアルコールは入ってないか。
アルコール度数が1%以下なおかげで高校生未満が飲んでも法律的に問題ないらしいし。
「センパイ……」
小さく呟いた後輩が、こちらに身を寄せてくる。
「これ、美味しいですねー」
「顔が赤いけど大丈夫か?」
「大丈夫って、なにがですかー?」
うん、これはダメそう。
「これくらいで酔うやつもいるのか」
「だから酔ってませんってー」
「飲むな飲むな」
残っていた甘酒に口をつけようとする後輩を止めようとするが、片手は繋いで片手はコップを握っている状態では難しい。
後輩と繋いだ手はぎゅっと握られていて外れそうにないし。
結局そのまま飲み干した後輩は、すっかり顔が赤くなっていた。
「センパーイ」
こちらを呼んだ後輩が、そのままこちらに身を寄せてくる。
「なんで抱きつく」
「嫌なんですか?」
「嫌とは言わんがな、人に見られたらどうする」
「私は困りませんよー。センパイは、困るんですか?」
「……、まあいいか」
しかし着物姿の後輩は、抱きつかれてもなんだかもっさりしている。
あったかそうではあるんだけどなあ。
「センパイのえっち」
「そういう意味ではないが」
しかしこれを持って帰るのは実際大変そうではある。
「後輩、帰りは?」
「お母さんが迎えに来てくれますよー」
「なら入口まで運べばオッケーか」
「運ぶって人を荷物みたいに言わないでくださいよ」
「じゃあ自分で歩けるのか?」
「歩けますよ」
不満そうに答えつつも、後輩は離れる気配がない。
所詮甘酒だし、ちょっとしたら酔いも覚めるか。
「ねえ、センパイ」
「どうした、後輩」
互いの鼻先が触れそうな距離で、後輩がこちらを見上げる。
「今年もよろしくお願いします」
「ああ、今年もよろしく」
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