12月その④

『ねえ、センパイ。今何してますか?』


『そば食ってる』


後輩から送られてきたLINEにそう短く返事をする。


本日は12月31日。


世間で言うところの大晦日だ。


時刻は22時ほど。


夕食からしばらくして、夜食を求める腹に年越しそばが丁度よかった。


うめー、そばうめー。


『今は勉強してないんですね』


『ひと段落したあとだからな』


年末だけあって当然休日で、朝から自宅で14時間くらい勉強してたので今は小休止だ。


ちなみに一回では家族がテレビを見ているが、そこでそば食ってもゆっくりできないので自室に一人きり。


今はテレビ見るよりも静かに脳を休ませたいんでね。


『後輩はなにやってんだ?』


『私はyoutubeで配信見てました』


そういう過ごし方もあるんだなー。


『シロも居ますよ』


というメッセージと一緒に送られてきたのは、俺が後輩に取ったぬいぐるみの写真。


後輩のベッドの上でこっちを向いて座っている。


大切にしてくれているようでなにより。


まあもうあげたものだから部屋の隅で放置されてても別に気にはしないけど。


そして後輩から貰った腕時計は、机の上に置いてある。


勉強の途中で時間を確認するのに使ったりしてるけど、あの時計での時間管理に慣れておけば本番で役に立つだろう。


『センパイはいつもは大晦日何してました?』


『去年は普通に勉強してたな』


今ほど根を詰めてはなかったけれど、それでもほぼ一日勉強してたはずである。


『その前は?』


『その前は……、ゲームしてたかな』


高一の時はネトゲのレアドロップ確率アップ期間でひたすらボスを狩ってたし、中三の時は年末に発売したゲームのレベル上げをしてた記憶がある。


『後輩は去年なにしてた?』


『去年は友達の家に泊まってましたね』


『一昨年は?』


『受験勉強をしていた、かもしれないです』


『そこは断言しておけよ』


うちに入ったってことは結構な点数が必要だったろうに。


『来年は何してますかね』


『後輩は受験勉強してるだろ』


『まあ確かに大晦日は勉強してるかもしれませんけど』


流石に後輩も、この時期は勉強しているだろうか。


早々に推薦で決まってるかもしれないけど。


『その時は勉強教えてくださいね』


『いや、もう来年の今頃になったら全部忘れてるな』


家庭教師のバイトでもしてなきゃ普通に全部忘れてる自信があるわ。


少なくとも物理とかは気軽に教えられるほど脳みそに保存されている気がしない。


『えー、私の為に覚えておいてくださいよー』


『ムリ』


『ひどい』


なんてまあ後輩も実際来年のこんな時期に俺にわざわざ聞いたりしないだろうけど。


『センパイは来年なにしてますかね』


『まず実家に帰ってきてるかが謎だな』


『帰ってこないんですか?』


『その可能性もなくはない』


そこら辺は大学生活の充実度次第かな。


帰ってくるなら年末年始よりも春休みの方が楽だろって話もあるけど。


『その頃には彼女出来てるかも知れないしな』


『それはないです』


『なんでだよ! あるかもしれないだろ!』


『ないです』


回答が無慈悲すぎる。


まあ俺もあるとは思ってないけどさ。


ともあれ何があっても高校生活はあと三ヶ月だ。


『今年ももう終わりですねえ』


『そうだな』


今年の記憶といえば大半は勉強だけれど、他にも残りの時間に色々あった。


『階段で後輩のスカートの中が見えそうになったりな』


『センパイに着替えを覗かれたりもしましたね』


『あれは不可抗力だ』


『私だって不可抗力です』


『あとは停電で後輩が怖がってたりとか』


『センパイが傘を忘れて一人で帰ろうとしたことなんかもありましたね』


なんて恥ずかしい話ばっかり出てくるけれど、それはそれとして良い思い出ではある。


『ねえ、センパイ』


『どうした、後輩』


『今から初詣行きませんか?』


『朝じゃなくて今から?』


もう22時30分を過ぎていて、出歩くには遅い時間だ。


『はい、たまにはそういうのも良いじゃないですか』


後輩に提案された場所はここから徒歩で10分くらいのところにある神社ということで、俺は歩いていくにしても困りはしないけど。


親も初詣に行くって言えば止めはしないだろうし。


こう見えて日頃の生活態度は真面目なんでね。


『後輩は大丈夫か?』


『私はお母さんに車で送ってもらうので、大丈夫ですよ~』


そういうことなら。


『行ってもいいかな』


『やたっ』


そんな喜ばれるようなことでもないけれど。


『時間は11時半でいいですか?』


『おう、寝ないように気をつけるわ』


『行っても誰もいないとか悲しいので寝ないでくださいねっ』


なんてLINEを受け取ってからスマホの画面を消す。


いますぐ出るほどじゃなくて微妙に時間があるのが逆に困るな、なんて思いつつもとりあえず着替えることにした。




「さっぶ」


外に出ると冬の冷気が首筋を撫で、背中がぶるりと震える。


コートを着てきてはいるけれど、それでも夕方までとは一線をかくす寒さだ。


息も白いし。


風邪にだけは気を付けないとと思うけど、どうせあっちに行ったら人混みで暑くなるだろうから問題ない。


顔が寒いのは目出し帽でも被らん限りどうにもならんしね。


時刻は夜中とあって道を歩いている人影はひとつも見えないけれど、灯りのついている民家がちらほら見えるのは大晦日効果かな。


スマホを見ると、23時15分。


約束は30分だから余裕をもって間に合うか。


っていうかスマホまぶしっ。


部屋の中で使ってた明るさで外に出たら画面が白すぎてビックリしたわ。


こんな時間に外を歩くのは珍しいけど、大学生になったらこんなのにも慣れるのかな。


この寒さにはなれないだろうけど、でも第一志望受かったらあっちの方が地域的に暖かくはあるか。


肌を刺すような気温は年が明けたら更に厳しくなっていって、それがまた暖かくなる前には卒業だ。


三月は暦の上では春だけど、実際にはまだ余裕で冬服の季節だしな。


だからもうすぐ卒業だってことを自覚すると寂しくはあるけれど……。




現地に着くと、結構大きな神社だけあって想像通り人に溢れている。


混む前に来れれば待ち時間が短くてお得だったんだけどそうもいかないか。


今はまだ普通に混んでるくらいの密度だけど、朝になったら満員電車レベルの殺意を見せてくるしな。


とりあえず後輩にLINEしとくか。


『着いたぞー』


『こっちはもうちょっとで着きます』


『入り口にいるぞ』


ということで人混みから少し距離を取って道の端によると、少しして停まった車から見知った顔が見えた。


まあ顔から下は見知った格好じゃないんだけど。


「お待たせしました、センパイ」


「お疲れ、今日はまた珍しい格好してるな」


出てきた後輩は着物に身を包んでいる。


夏に見た浴衣よりも生地が厚くて、色も深い赤色だからあの時よりも落ち着いた印象だ。


「かわいいですか?」


「似合ってるぞ」


「なんかセンパイ毎回そう言ってません?」


「それだけ後輩のセンスが良いってことだろ」


「まあ、そう言われれば悪い気はしませんけどね」


なんて照れているのかはわからないが、後輩が視線を外す。


「それじゃあ、行きましょうか、センパイ」


「おう」

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