12月その③

授業が終わって教室を出る。


高校三年の受験生のクラスだけあって独特の雰囲気を纏っているが、それでも今日は少しだけ浮かれた色合いがクラスメイトにも見えた。


既に推薦が決まっている組は他のクラスメイトに気を使いつつも雰囲気は明るく、学期末に喜ぶ生徒、この後予定のある生徒、そんな些細な雰囲気に不機嫌そうにする生徒まで様々だ。


まあどれも気持ちはわかる。


そんなクラスメイトのうち何人かと挨拶を交わして、俺も教室を出ていく人の流れに乗った。


廊下を進み、階段を下り、廊下を進み、目的地の前には人影がひとつ。


「センパイ」


「おつかれ、後輩。待ったか?」


「いえ、私も今来たところです」


「ならよかった」


まあ放課後のチャイムが鳴ってから真っ直ぐ来たからそこまで待たせてはないと思ったけど。


あとこんなやり取りをしていると、本当にカップルみたいだと思わなくもないけど。


「なんだか本当に付き合ってるみたいですね」


「気のせいだろ。ほら、行くぞ」


「はーい」


後輩と並んでとりあえず校舎を出るために歩き始める。


普段と違い放課後になった直後ということで、帰宅する生徒が周りには沢山いる。


「気になりますか?」


「別に。今日は後輩に付き合うって決めたしな」


それにまあ、卒業まであと三か月だし、もっと言えば登校日なんてほとんどないし。


三年は一月から自由登校だから、クラスメイトと顔を合わせる機会も卒業まで数えるほどだ。


「後輩は大丈夫か?」


俺よりも後輩の方が知り合いは多いだろうし、必然的に知り合いに目撃される可能性も高いわけだけど。


「私は誰に噂されても気にしませんし」


「そりゃ強いな」


いや、本当に。


「んで、今日の目的地は?」


「とりあえず駅前ですかね」


駅前にはショッピングモールがあって買い物するには困らないからとりあえず何かを探すなら最適か。


あと前に後輩と行ったのとは別の映画館と、カラオケとかゲーセンもあるけど。


「なに買ってもらいますかねー」


「あんま高いもんは無理だぞ」


まあクリスマスプレゼントっていうていだから、多少は出すつもりはあるけれど。


ちなみにこういう流れになるのは事前にわかっていたので、特になにか買ってあったりはしない。


実際に俺が選んで買うよりも、本人のリクエストに支払いだけした方が喜ばれそうって話もある。


俺は俺のセンスを信じてないのだ。


「とりあえず服見ましょうか」


「あんまり長くなるなよ」


「わかってますよー」


本当にわかってるのか、女子の買い物の時間をあんまり信用してはいないけど最悪置いて帰ればいいかな。




ということでショッピングモールに到着し、後輩が最初に選んだ店に入ると、女性物の洋服が並んでいる。


当然店内の客のほとんどが女性なので若干気まずい。


「センパイ」


「んー?」


「これどっちが良いと思いますか?」


聞いた後輩が持ってるのは右手に赤いコート、左手に紺のコート。


どっちも暖かそうでこれからの時期には丁度良さそう。


赤い方は女子っぽくて明るい印象、紺の方は逆に落ち着いた印象かな。


「んー、赤い方」


「えー、こっちの方が良くないですか?」


言うと思った。


「どっちが好みか答えただけで女子のセンスとか知らんしな」


「そんなんじゃモテませんよ、センパイ」


「今のところモテる必要はないから問題ない」


どうせもうすぐ卒業だし。


「というか流石に買えんぞこれは」


紺の方の値札を見ると、1諭吉を越えているので流石にプレゼントというには高い。


いや、出せなくはないけど、流石に先輩と後輩という距離感で出す金額じゃないだろう。


「大丈夫ですよー、これは見てるだけなので」


「まあ後輩がいいならそれでいいが」


二時間程度までなら付き合うと言ったから、それを超えない範囲であればなにをするにしても後輩の自由だ。


「これはどうです?」


次に後輩が手に取ったのはつば付きの帽子。


「良いんじゃないか、制服との組み合わせはともかく」


制服に帽子の組み合わせはあんまりしっくりこないけど、短いつばの帽子はオシャレな感じはする。


「んー、微妙な反応ですね」


「ちゃんと褒めてるだろ?」


「でももっとセンパイの趣味に合うと反応が変な感じになるはずなので」


「変な感じってなんだよ。俺はいつもこんなもんだぞ」


「いやいや、センパイは自分で思ってる以上に反応がわかりやすいですから」


「そんなことないだろ」


「ありますー」


そんな話をしながら、しばらく服やら小物やらで俺の反応を試したあと、結局何も買わずに店を出た。




「センパイ、お腹空いてますか?」


「空いてるって程じゃないが、軽くなら食えるぞ」


「なら丁度いいですね」


と言って次に連れてこられたのはケーキ屋の前。


「パフェとかじゃないのか」


ケーキってわりとどこでも食えるから、こういうタイミングって大抵パフェに行きがちな印象があるけど。


「折角イブなんですしいいじゃないですか」


「まあ悪いとは言ってない」


ということで並んで店に入る。


店内は混んでいるが、持ち帰りの客が多いのかテーブルには座れそうだ。


そのまま店員さんにテーブルに通されて、後輩と対面で座った。


「センパイ、どれにしますか?」


メニューを横に開いて体を傾けた後輩と同じように、俺も横から覗き込みながら答える。


「後輩は?」


「私はやっぱりショートケーキですかねー」


「んじゃ俺はチョコケーキかな」


「それじゃあ頼んじゃいますねー」


言った後輩が店員を呼び止め、注文をしていく。


「ショートケーキとチョコレートケーキとチーズケーキひとつずつお願いします」


ん?


「なんかひとつ多くなかったか?」


店員さんが去ってから向かいの席でメニューを畳んでる後輩に聞く。


「私がふたつ食べるので大丈夫ですよ」


「まあそれならいいけど」


確かにひとりひとつと決まっているわけでもないので、腹と財布が許すならふたつ以上頼んでも問題はないか。


それから少しして、注文の品が並べられると、どれも美味しそうで後輩がひとつに決められなかった気持ちも分かった気がした。


「食べる前に一枚撮ってもいいですか?」


なんて後輩が言って、角度をつけてケーキをカメラに収める。


イブにケーキってSNSに上げたらそういうことになりそうだなあと思ったりもしたけど、テーブルの上にみっつ並んでるから大丈夫か。


そういう目的で頼んだわけでもないだろうけど。


「それじゃあいただきます」


スマホを置いた後輩と声を合わせてフォークを握る。


後輩はショートケーキから、俺は当然チョコケーキを口に運んだ。


うまっ。


上に塗られた光沢のあるチョコレートは柔らかく、口に入れるとチョコのスポンジと一緒に溶けていく。


向かいを見ると、ショートケーキを食べた後輩も満足げな表情を浮かべていた。


「美味しいですか、センパイ?」


「美味いぞ。そっちは」


「こっちも美味しいですよ。センパイも食べますか?」


「それじゃあ」


言って自分のフォークを伸ばす前に、後輩が自分のフォークでショートケーキを差し出してくる。


「あーん」


「自分で食えるが」


「私のケーキの取り分は私が決めるので」


そう言われると反論はできないか。


「という訳で、あーん」


「ん」


諦めて差し出されたフォークを咥えると、口の中に生クリームの甘味が広がる。


そこに中間層に挟まった苺の酸味が加わってちょうど良いアクセントになっている。


「美味しいですか?」


「美味い」


ケーキ自体はスーパーとかでも買えるけど、やっぱりちゃんとした店のやつは全然違うなあ。


「後輩も食うか?」


「はい」


答えた後輩が、予想通り口を開けるので、自分のチョコケーキをフォークで切ってそこに差し出す。


「んー、甘くて美味しいです」


「ならよかった」


「こうしてると、なんだか本当に付き合ってるみたいですね」


「そんなことないだろ」


「ありますよ」


そうかなあ。


「そんなこと言ってると、こっちはあげませんよー」


後輩がフォークでチーズケーキの先を切って持ち上げる。


「でもあんまり貰うと俺の食う分のチョコケーキが無くなりそうだしな」


「これはタダでいいですよ。折角ふたつも頼んだんですし」


「そういうことなら」


「あーん」


「ん」


「美味しいですか?」


「美味い」


「ならよかったです」


こうやって色んな味を楽しめるのも、ふたりいるメリットかな。




「んで、なんでゲーセン?」


後輩に次に連れてこられたのはゲーセンの中。


入口の近くにはクレーンゲームが並んでいる。


今日はここまでに色んな店を回ってきたけれど、まだプレゼントは決まっていなかった。


「たまにはこういうのもいいじゃないですか」


まあ時間も考えずに入ったわけじゃないだろうし、どうにかなるんだろう。後輩だし。


「しかしゲーセンも懐かしいな」


「前はよく来てたんですか?」


「そうだな。主に奥の方だけど」


手前のクレーンゲームよりも、奥のアーケードゲーム筐体の方によく行っていた。


「一緒に来る人もいないのに?」


「ゲーセンはひとりでも楽しいからな、ってやかましいわ」


別に俺だって一緒にゲーセンに来る友人のひとりやひとりくらいいる、いなくもない。


なんて話をしていると、後輩が何かを見つけたようにトテトテとクレーンゲームの筐体に近づく。


「センパイ、これ欲しいです」


「これってぬいぐるみか」


透明な筐体の中には、白い犬のぬいぐるみが置かれている。


ふかふかの毛並みは柔らかそうで、大きさも30センチ以上あるから結構良さそうな景品ではあるけれど。


「確率機じゃん」


「確率機ってなんですか?」


「一定の金額まで金入れないとアームが弱くて絶対に取れないやつ」


この景品だと設定は2000円から3000円くらいかな。


その設定金額に到達するまでは、持ち上げてもアームが弱くなって確実に途中でポイって落ちる仕組み。


まあ要するに設定金額までは絶対に取れないってことなんだけど。


昔は商品タグの輪っかに無理やり引っ掛けて取るとか出来たりもしたけど、最近はそういうのも出来ないように改良されてるし。


「これなら普通に店で買った方が安いぞ」


「この子がいいんです」


普通に途中で寄った店に並んでるぬいぐるみの方が安かったけど、こういうのは細かいデザインの好みがあると言われれば否定できない部分もある。


「しゃーねーな」


「え、いいんですか?」


「お前が言い出したんだろ」


諦めて筐体に100円玉を5枚入れる。


まあ掴むのに失敗しなければ一定金額で確実に取れるので、取れるまで突っ込むと決めたらある意味気楽ではあるんだけど。


「取れませんねー」


なんて後輩の感想を聞き流しながらプレイを続けていく。


結局2500円を入れたところで、ガコンと取り出し口にぬいぐるみが落ちた。


「ほらよ」


取り出したそれを後輩に渡す。


「ありがとうございます、センパイ」


「どういたしまして」


「大切にしますね」


「そうしてくれ」


後輩が思ったよりも嬉しそうだし、プレゼントもこれで済んだから結果的にはよかったかもしれない。


「折角だし、この子に名前つけましょうか」


「後輩もそういうのするんだな」


「後輩も、ってどういう意味ですかー?」


「他意はない」


あんまりそういう可愛い行為は似合わないとか思ってはないヨ。


「まったく」


「そんなに怒るなよ。それでそいつの名前は?」


「そうですねー、シロですかね」


「白いから?」


「あとセンパイに貰ったので」


白い犬だからシロはベタすぎて逆にスルーされるようなネタだろうと思わなくもない。


あと某有名アニメと被ってるし。


「まあ後輩が満足したならそれでいいが」


「はいっ」


ぬいぐるみを胸に抱く後輩は、やっぱり嬉しそうだった。




ゲーセンを出て通路を歩く。


もう結構いい時間なのでそろそろ解散かなと思ったりしていると、後輩が通りかかった映画館へと視線を向けた。


「映画見たいですねー」


「流石にそこまで時間はないぞ」


もうここに来てから二時間近く経っているので、流石にここから映画一本見るほどの時間的な余裕はない。


「わかってますよー。また今度って話です」


「まあそれなら……」


受験が終わったあとならそういうことをする余裕もあるだろう。


流石に今とは上映している作品は変わっているだろうけど。


なんて思っていると、後輩が楽しそうにこちらの顔を見る。


「私は別にセンパイと一緒に来るなんて言ってないですけど?」


たしかに、また今度映画を見たいとしか言ってなかったかもしれない。


「センパイ、そんなに私とデートしたいんですかー?」


「デートとは言ってないがな」


でも自然に後輩とまた来ることを想像していたのは、以前なら考えられなかったかもしれない。


「センパイがそこまで言うなら、また付き合ってあげますね」


「ああ、また今度な」


そんな話をしながら、並んでモールの外に出る。


途中までは帰り道も一緒だからここでお別れではないんだけど、後輩が一旦立ち止まってこちらを見た。


「それじゃあセンパイ、これあげます」


「なんだ?」


渡されたのは紙袋。


それを開けると、中からは腕時計が現れた。


アナログでシンプルなそれは、時間が見やすい作りになっている。


「入試に必要らしいので、使ってくださいね」


確かに、入試には自前の時計があった方がいいとはいうけれど。


「そりゃありがたいが、高くなかったか?」


「センパイの取ってくれたぬいぐるみとそんなに変わらないですよ」


「そうか」


なら貰っちゃってもいいかな。


時計って上は無限に高いけど安いのはそこそこの値段で買えたりするよね。


「ありがとな、後輩」


「どういたしまして、センパイ」


折角貰ったのでその場で着けてみようかと思ったのだが、腕時計なんてはめたことがないのでちょっと難しい。


変な形で着けようとして落としたりしてもアレだしな、なんて思いながら苦戦していると後輩の腕が伸びてきて腕時計のベルトを握る。


「センパイは不器用ですねー」


「慣れてないんだよ」


なんて言い訳をしながらも、結局後輩が留めてくれたそれを本人に見せる。


「似合ってますよ、センパイ」


褒められると、ちょっとくすぐったい。


「これで入試失敗したら私が悪いみたいになるので、絶対に受かってくださいね」


「ああ」


この時計が無駄にならないように、入試もがんばらないとな。

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