11月その②

「ねえ、センパイ」


「どうした、後輩」


顔をあげた俺に、なぜか後輩は視線を落としてスマホを弄る。


完全に無視である。イジメかな?


なんて思うとスマホがポロンと鳴る。


相手が誰かは言うまでもなく、画面を確認するとLINEの通知にはラーメンの画像が送られていた。


ポロン。


ポロン。ポロン。


「いや、もういいわ!」


つい漫才の締めみたいなツッコミを入れてしまった。


「ラーメン食べたいです」


知ってる。


「なんで画像送った? 飯テロか?」


「はい」


「認めやがったコイツ」


「なので連れてってください」


開き直り方がもはや清々しい。


「それはいいけど、せめてもうちょっと早く言えよ」


晩飯いらないならいらないで家に連絡する必要があるんだぞ。


「だって急に食べたくなったんですもん」


「そのわりには今日は菓子の量が少なかったようだが」


今日も一日勉強して良い感じに腹が減ってる頃合いだが、その間後輩の菓子の袋に伸びる手の頻度はいつもより低かったように思う。


「ダイエットしてるので」


「ならラーメン食ってる場合じゃないだろ!」


ラーメン食うために抑えてたんじゃねーのかよ!


「バカですねーセンパイ、ラーメン食べたらその分うちで食べる夕飯抜くかからプラマイゼロなんですよ?」


「ちょっと後輩の大学受験が心配になってきたわ」


まあ流石に冗談だろうけど。


「家に連絡して今日の夕飯聞いてくるから待ってろ。もし出前の寿司だったら俺はまっすぐ帰るからな」


「はーい」


こいついつも返事だけはいいよな。


なんて思いつつ、部室を出てからLINEで通話を繋いで親に確認する。


そのまま通話を終えて部室に戻ると、後輩もスマホを弄っていた。


もしかしたらあっちも家に連絡を入れていたのかもしれない。


「夕御飯なんでした?」


「今日は春巻きだと」


「ラーメンと春巻き、どっちにするか迷いますね」


「いや、両方食うから問題ない」


ラーメンのおかずに餃子頼むのも、ラーメンのあとに春巻き食うのもカロリー的には大差なかろう。


流石にラーメンは並にしておくけど。


「なるほど、太りますよ?」


「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」


「私は太りません!」


なんだかわからないが凄い自信だ。


「じゃあ行くか」


「はーい」


なんて話がまとまって、勉強もそこそこに後輩と部室を出た。


これはラーメンで気合を入れて、帰ったらもう一勉強しないとな。




「そんで、どこ行くか決めてるのか?」


帰り道、後輩と並んで歩きながらそんなことを聞く。


今日は後輩の提案なので一応先に伺いを立てておいた。


どこでもいいなら俺が選ぶけどな。


食事は生活に必須ながら娯楽でもあるのでタイパが良いから、小遣いに余裕があるときはたまに一人で外食しているので挙げられる候補も少なくはない。


映画を見たらその時間丸々受験生としては無駄な訳だけど、食事は自宅で取っても外食してもさほど差がないからな。


やろうと思えば待ってる間にも勉強できるし、流石にあんまり長く待たされるとアレだけど。


あとラーメンなら500円以下で済ませるか1000円近く出すかで別物なので、そこは事前にハッキリさせておきたい。


今は安く済ませるって気分じゃないから、そっちをリクエストされたらそのまま帰りたくなるかもしれん。


「決めてますよ。ここなんですけど」


後輩が見せたスマホの画面には知ってる店が映ってる。


よかった、高い方の店だ。


まあよく考えたら人を誘ってわざわざ安い方の店にいかんか、男同士ならともかく。


俺の気分が向いてそっち食いに行く時は大抵一人だし。


「というか今更だが、ラーメン食うならひとりで行けばよかったろ」


「女子高生がひとりでラーメン屋入れるわけないじゃないですか」


そうかな……、そうかも……。


個人的にはラーメン屋も牛丼屋も回転寿司も一人で入れるからイマイチよくわからない感覚だ。


「まあでも、俺もクレープ屋とかは一人だと入りづらいかもな」


本当に食べたければ結局普通に入るけど。


「じゃあ今度私が連れてってあげますね」


「それは自分が行きたいだけだろ」


「だけじゃないですよ」


本当かなあ。




「ここですね」


「テーブル空いてるかな」


ちょうど夕飯時なので二人だとカウンターに送られる可能性もある。


まあカウンターでも別にいいんだけどさ。


入り口のガラスから中を覗くと、店内は繁盛しているけれど客が並んではいない。


「ちなみに後輩、ここに食べに来たことは?」


「ないです。センパイは?」


「俺もない」


まあ嘘だけど。


「んじゃ入るか」


「はい、センパイ」


入口の扉を開けると中からむわっと熱気とラーメンの匂いが溢れてくる。


うーん、悪くない。


席はカウンターが10席、テーブルが10卓ほど。


テーブルはほとんど埋まっている。


「いらっしゃいませー! カウンターでよろしいですか?」


「いいか?」


「はい」


「じゃあそれで」


「お客様2名様ご来店でーす!」


ということでカウンターに通されて、後輩と並んで座る。


そのまま目の前に立てられているメニューを開いて、後輩に見えるように広げる。


「どれも美味しそうですねー」


「そうだなー」


ラーメンを食いに来たので当然ではあるんだけれど、並んだメニューはどれも食欲を誘う画像が貼り付けられている。


「センパイはどれにするか決まりましたか?」


「ああ。後輩はゆっくり決めていいぞ」


「そうですか? それじゃあお言葉に甘えて」


それからうーんとメニューを見比べていた後輩が少しして視線をあげる。


「決まったか?」


「はい」


「それじゃ、おねがいしまーす」


店員さんを呼んで注文。


「豚骨醤油ラーメンを大盛り、いや、並で」


「私も豚骨醤油の並、味玉とキャベツトッピングで」


そして厨房に戻っていく店員さんを見送ってから、後輩に視線を向けた。


「味玉いいな」


「センパイも頼めばよかったじゃないですか」


「でもなー、帰ったら春巻きあるしな」


追加で頼むほどじゃないんだよな。


「あげませんよ」


「一口だけでいいから」


「嫌です」


「後輩はケチだなー」


「誰がケチですかーっ」


なんて話をしていると、しばらくして二人前が運ばれてくる。


「こちらが豚骨醤油の並、こちらが豚骨醤油の味玉キャベツ追加ですねー」


「うわっ」


と、思わず声を出してしまったのは後輩の丼に積まれたキャベツの山。


普通のキャベツがトッピングされてるメニューだと丼の一角を占める程度だったのに、専用トッピングだと全体に山盛りになって積まれていた。


ウサギの餌かな? 流石に言い過ぎか。


ともあれそんなキャベツの山に、店員さんが去ったあと、後輩がこちらを見る。


「ねえ、センパイ」


「どうした、後輩」


「キャベツ、いりませんか?」


「しゃーねーな、ほら」


どんぶりを寄せると、後輩が積まれたキャベツの一部をこちらに移していく。


「ついでに味玉もくれてもいいんだぞ?」


「それはお断りします」


なんて冷たい反応もそこそこに、量を調整し終えた後輩が、自分の丼をパシャリとスマホのカメラで撮った。


ちなみに撮影はしてもいいか先に店員さんに確認してあるから大丈夫。


「今更ですけど、撮るならキャベツ山盛りの方がよかったですかね」


「ネタ的にはそうかもな。でもまあ映える撮り方なら今の方がいいんじゃないか」


「なるほど、たしかに」


頷きながらパシャっと撮った後輩が素早くスマホを操作してからそれをテーブルの上に置く。


「それじゃあ、いただきます」


「いただきます」


後輩に釣られて手を合わせてから、最初にレンゲでスープを深く掬って口に運ぶ。


豚骨醤油のどろっとしたスープが口の中に広がり、そのまま喉を落ちる。


うーん、旨い。


そのまま麺とキャベツを重ねて箸でつまみ口に運ぶ。


スープに十分に絡んだそれは、スープ単体とはまた違った旨さを味わえる。


一先ず満足して横を見ると、後輩が麺を口に運ぶために首を少し傾けて、前髪の左半分を横に流して片手で抑えていた。


前髪を食べないように意識したのその仕草は、これだけで今日来た元は取れたななんて思ったのは秘密。


そのままずるずると麺を啜る後輩に気づかれないように気配を殺してスマホを構えるとパシャリと一枚撮る。


「むにゃむにゃ」


「ちゃんと飲み込んでから喋れ」


「んっ……、なんで撮ったんですか」


「なんとなく」


「なんとなく!?」


「まあいいだろ。早く食わないと冷めるぞ」


「後で確認しますからね」


なんてやり取りもありつつ、そのままずるずると麺を啜って完食する。


ちなみに後輩は本当に味玉くれなかった。


「ごちそうさま」


二人合わせて手を合わせて、箸を置く。


「食ったな~」


「そうですね~」


並んだ丼二つは綺麗に完食してあって、丼の底の模様がちゃんと見える。


脂質がとか塩分がとか言ってはいけない。


いいんだよ、どうせたまにしか来ないんだから。


「美味しかったですね」


「だな」


やっぱり人生にはラーメンが必要だと思い出させてくれる一杯だった。


「そうだ、折角だしもう一枚撮りましょうか」


言って後輩がスマホの構えて高く持ち上げる。


「ほらセンパイ、もっと寄ってください」


俺と後輩と空になった丼がちゃんと写るようにかなり顔を寄せるとそのままパシャリと後輩がスマホを撮る。


それを確認すると、ラーメンに大満足した表情が二つ写っていた。




会計を済ませて店を出る。


外はすっかり暗くなっていて、秋の風邪が汗をかいていた顔に心地良い。


軽く頭を振って後ろ髪を揺らした後輩も気持ちよさそうだ。


「送ってくか?」


「いつものところまでで大丈夫ですよ」


「そうか」


飯を食ったあとだからもう遅い時間な気分だけど、冷静に時間を見ると18時半ほどで学校でずっと勉強してるよりも早い時間だ。


まあ帰ったらまた勉強の続きなんだけど。


「んじゃ、帰るか」


「はい」


後輩と並んで帰り道を歩き始める。


送っていくための回り道をしない場合は、ここから分かれるまでそれほど遠くはない。


まあこんな光景も日常だから別れを惜しむような感覚もないけれど。


「センパイ」


「ん?」


「今日は付き合ってくれて、ありがとうございます」


「ま、たまにはな」


こうやって飯食いに行くのも、たまには悪くない。

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