9月その①

「ねえ、センパイ」


「どうした、後輩」


いつものように部室の中で、課題を終えた後輩が思い出したように顔を上げる。


「センパイって好きな人いないんですか?」


「その話前にもしなかったか?」


「そうでしたっけ?」


思い出すように首をかしげる後輩だが、確かにしたはず。


「好きな人がいるか聞いてくる奴がそいつを好きな確率は33%って話したろ?」


「あー、そういえばしましたね」


「ピピッ、ワタシノ分析ニヨルト後輩ガ俺ヲ好キナ確率ハ66%デス」


「どこ叩けば直りますかね、このポンコツロボは」


「暴力はやめろ」


まあ俺だって本気で後輩にモーションかけられてるとは思ってないけど。


「でも実際、四ヶ月もあれば新しく好きな人ができてるかもしれないじゃないですか」


「その可能性がないとはいわないが……、いや、やっぱねえわ」


「悲しいですねえ」


「そういう後輩はどうなんだよ」


「私ですか。私も新しい出会いはないですねえ。遊びに行くときも大体女子ばっかりですし」


「ふーん」


「安心しましたか、センパイ?」


「何に安心するのかはわからんが、そもそも後輩の恋愛事情にさっぱり興味なかったわ」


「本当に失礼な人ですねー、センパイは」


そんなことを言われても、実際に後輩に彼氏ができたとしても俺には関係ないしな。


「それでセンパイは彼女とか作る気はないんですか? 相手がいるかは置いておくとして」


「置いておくなよ、一番重要なところだろ」


「置いておくとして」


「どうやってもそこは譲らないのな」


まあいいけど。


「彼女欲しいかって言われたら今はいいかな。高三だし」


「受験生だからですか?」


「それもあるが、どうせ今付き合っても進学したらお別れなるだろ」


「別に遠距離でもいいじゃないですか」


「いやー、遠距離恋愛とか幻想でしょ」


「流石にそれは言い過ぎじゃないですか?」


「つっても高校のカップルが大学進学で遠距離になってそのまま別れない確率ってどれくらいだと思うよ。個人的には一割もないと思うぞ」


「スマホで調べたら遠距離恋愛の破局率は約8割らしいですよ」


「思ったよりも別れないな」


「私的には高すぎるくらいの印象ですけど」


これも見解の相違ってやつかな。


「あと遠距離だと直接会うのも大変だろ?」


「そうかもしれませんね」


「月に1回会いに行ったとしても一年で12回。それしか会えないならもっと近くに彼女作った方がよくね?」


「大丈夫ですか、発言が大分最低ですけど」


「いや、もし遠距離の彼女持ちでこれ言ってたら最低だけど、そもそも付き合う相手の基準にしてるだけなら誰にも迷惑かけないしセーフだろ? 顔とか性格で付き合うか考えるのと一緒」


「そうですかねえ。恋愛ってそういうものじゃないと思いますけど」


「まあ後輩の考えを否定するつもりはないけどな。そもそもなんの為に恋人作るのかって話もあるし」


「それはありますねー。今恋人作ったとしても将来について真剣に考えたりしませんし」


おそらく学生の内から結婚とか考えてる方が珍しいだろうし。


「まあ本当に超絶好みの相手が現れたらその限りじゃないけどな」


『ただしイケメンに限る』ならぬ『ただし美少女は除く』だ。


「えー……。今まで語ってたのは何なんですか……」


「そうは言うが後輩だって死ぬほど好みの相手に突然告白されたら付き合ってみようかなってなるだろ?」


「それはそうですけど、そもそも私は恋人お断り中じゃないですし」


「俺も破局率8割のリスクを天秤にかけて勘定するだけで絶対にお断りってわけじゃないだけだ。まあ俺の場合は実際には8割じゃ済まない気がしてるけど」


「そうなんですか?」


「直接顔を合わさない関係って面倒くさいんだよなあー。中学から別の進路に進んだ知り合いで未だに連絡とってるの0人だし」


「あー……、そういう人いますよね」


「ちなみに後輩は?」


「私は今でも何人かは遊びに行ったりしますよ」


うーん、これもコミュ力の差ってやつだろうか。


俺みたいな人間も世の中にはいると思うけど、というかいないと俺が特別ダメ人間みたいになるし。


「まあ俺の人間関係がアレなのは否定しないが」


「ぼっちですしね、センパイ」


「ぼっちではない」


今の会話で言っても説得力はないが。


「というか、そもそも付き合う相手がいなきゃ今までの話全部無意味ですしね」


「そこは置いておくとしてって言ったのはお前だろっ」


「そうでしたっけ。ちなみにですけど、センパイはどういう女子が好みなんですか? あ、男子でもいいですけど」


「男子は遠慮しとくとして、そうだな……。髪は黒髪ロングで顔は綺麗系で性格は落ち着いてて背は高めで胸が大きくて金持ちで年上の相手かな」


なんて俺の率直な回答に、後輩が呆れた顔をする。


「いや、高望みが過ぎるでしょ」


「好みなんだから好きに言ったっていいだろ」


別にそんな彼女が欲しいと言っているわけではない。


欲しいか欲しくないかと言われたらかなり欲しいけど。


「というか随分と分かりやすい好みですね」


「言ってみれば後輩とは真逆の相手だな」


別に後輩に逆張りして要素を羅列した訳ではないが。


「別にセンパイの好みに外れててもなんとも思いませんけど、ムカつくので蹴っていいですか」


「いてぇっ。聞く前に蹴ってるんだよなあ……」


まあ事実とは言え一部失礼な表現があったことは認めるから甘んじて受けるが。


「んで、後輩の好みは?」


「そうですね……、背が高くてイケメンで髪は茶色で性格は優しいうえに気配りができてお金持ちの相手ですかね」


「つまり……、俺?」


「一個も当てはまってないじゃないですか」


「財布の中は豊かだぞ。今だけだが」


丁度小遣い貰ったばっかりだし。


なんて話を聞いた後輩が、にっこりと笑う。


「……、センパイ帰りにデートしませんか?」


「媚びるような声作っても行かねえぞ?」


「ちっ……」


「露骨に舌打ちすんのやめろ」


なんてまあ漫才はわりと楽しいんだけど。


「それはまあ冗談として」


「本当に冗談だったか?」


「冗談として、私が彼氏作ったらセンパイがかわいそうじゃないですか」


「どういう理屈だ」


「だって、私に本当に彼氏ができたらセンパイがぼっちになっちゃいますもん」


「はいはい」


別に俺は後輩に彼氏ができても彼女が出来ても困りはしないんだけど。


「そんな優しい後輩にはこれやるよ」


「わーい」


取り出したのはチュッパチャプスのコーラ味。


その包みを剥いた後輩が早速口に咥えると、甘い匂いが机を挟んだこっちまで届いてきた。


俺も飴舐めたくなってきた。


といっても持ってたのは後輩にあげた一つだけなんだけど。


まあ夏休み中の勉強の合間の気分転換にはなったし、これくらいの礼はしておいてもいいかな。




「んじゃ帰るか」


「はい、センパイ」


後輩と部室を出て、靴を履き替えると西の空が茜色に染まっていた。


夏休みが終わって日が短くなってくるのを見ると、秋の訪れを感じさせられる。


「もうすぐ秋だな」


「まだ暑いですけどね」


「昼は特にな」


真昼はまだうだるような暑さがあるし、夕方の気温もまだ夏服で余裕なくらい。


夜中に半袖で外に出てやっと、風が気持ち良いなってなれる。


まあ最近は、暑いところから一気に気温が下がって体調を殺しに来るのが例年なんだけど。


半袖から一足飛びに上着がほしくなって、また半袖で丁度よくなるとかそういう気温の反復横跳びされたりもするし。


「風邪は引かないように気を付けてくださいね、センパイ」


「後輩もな」


今年は特に受験生だから、体調には気を付けないといけない。


とはいえ気温の変化が激しくなるのはもうちょっと秋めいてきてからの話だけど。


「後輩、秋と言えば?」


「食欲の秋ですかね」


「言うと思った」


完全に想像してた答えである。


「じゃあセンパイはなんなんですかっ」


「んー、読書の秋かな」


「どうせそれって漫画のことなんでしょう」


「失礼な、他にもあるぞ。参考書とか」


「それは読書とは言わないと思いまーす」


流石にそれは半分冗談で小説も読むけどさ。


「そいやこの前スーパーで焼き芋売ってるの見たな」


焼き芋にはなんとなく秋のイメージがある。


サツマイモの旬なのもあるけど、やっぱり落ち葉を集めて作るイメージだからかな。


「そんな事言われると、凄い食べたくなるですけど」


「じゃあ後輩の奢りな」


「えー」


そんな話をしながら目的地を自宅からスーパーに変更する。


学校を出ての桜並木は、葉が枯れて茶色に変わってきていてもうしばらくしたら赤く染まるだろう。


そういえば、秋は紅葉の季節でもあるかな。


まあ紅葉を楽しむほど風流な性格でもないし、一緒に見に行く相手がいるわけでもないんだけど。


「早く行きましょー、センパイ」


「はいはい」


今にも駆け出しそうに前に出た後輩に促されて、俺も上げていた視線を前に向ける。


どっちにしろ今は食い気の方が優先ってことで。

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