9月その②
「ねえ、センパイ」
「どうした、後輩」
いつものように放課後部室で勉強をしていると、後輩が話しかけてくる。
最近は週二くらいで遊びに来るようになった後輩は、課題も終えて今は暇そうだ。
「どうしてセンパイは勉強してるんですか?」
「そりゃ受験生だからじゃね」
この話題も随分今更、と思ったら主題は別にあるらしい。
「そういうことじゃなくて、将来なりたいものとかあるんですか?」
なるほど。
たしかに進路と言えばどこに行くかと同じくらい行った先で何をするかが重要だが。
「特にはない、だが目的はあるぞ」
「なんです?」
「可能な限り偏差値が高くて学費が安いところに行って、独り暮らしをする」
「えぇ……、それ前半分いります?」
「どこでもいいって言ったら自宅から行けるとこにしろって言われそうだからな」
というか実際言われた。
実際実家から通った方が出費的には圧倒的に楽だからしょうがないんだけど。
だからこそ、それに反論するためには偏差値が高くて学費が安い進学先を選ぶ必要があった訳で。
「そんなに家から出たいんですか?」
「別に家に居たくないって訳じゃないぞ、ただ独り暮らしがしたいだけで」
前者と後者は同じことを言っているように見えるかもしれないが若干ニュアンスが違う。
別に実家に居づらいとかって訳じゃないしな、家族と仲が悪いとかでもないし。
ただ独り暮らしで自由に遊びたいってだけで。
「なんかもう、それだけって感じですね」
「どうせお粗末な動機だったんだろうさ、とか言うなよ」
「流石にそこまでは言いませんが」
まあ進路選択がそれで良いのかと言われれば反論はできないけど。
「でも独り暮らしは確かにちょっとしてみたいかもしれないです」
「後輩は進路どうするんだ」
「まだ決まってませんけど、たぶんうちから通えるところですかね」
「後輩もそこそこ成績いいんだからもうちょい良いとこ行けるんじゃね?」
ここから通える範囲の大学というと、偏差値的には悪くはないがそこまでよくもないって感じだ。
田舎はこういう時辛いね。
「でも受験勉強とかあんまりしたくないですし」
「ならしょうがないか」
後輩に勉強させる=俺が勉強に集中できるって図式があるから勉強を促したりはするけれど、流石に進路に関してまで俺がどうこう言える立場ではない。
「センパイは、独り暮らし始めたらまず何したいですか?」
「やっぱり夜更かしかなー」
「案外普通ですね」
「普通で悪かったな」
高校生なら自由に夜更かししたいっていうのは誰でも一度は考えることだろう。
徹夜でゲームするのもいいし、大学入って出来た友人と一日中麻雀するっていうのも良いな。
「彼女作ったりはしないんですか? 前に彼女作るなら大学に入ってからって言ってましたけど」
「作ろうと思えば作れるものでもないだろ」
というか、作ろうと思っても作れない可能性の方が圧倒的に高いと思われる。
「そうですかねー、本人のやる気次第だと思いますけど」
「まあそういう相手を探すのも悪くないかもな」
実際大学に入れば交遊関係も今よりずっと広がるだろうし、そういう出会いもあるかもしれない。
そういえば今は学年が一番上だけど、進学したらまた年上が多くなると思うとある意味ロマンがあるかな。
なんてまあ、まず誰かを好きになるかもわからないけど。
「後輩はどうなんだ?」
「恋人ですか?」
「そうじゃなくて」
大学に入ったら何をしたいのかって方。
「そうですねー、アルバイトしておしゃれしたいですねー」
「それはいいな」
バイトしてる後輩も、オシャレしてる後輩も、どっちも活き活きとしているのが簡単に想像できる。
「あと旅行したいです、泊まりで」
それも高校生にはできないので、確かに大学生の特権だ。
「どこ行きたい?」
「やっぱり海外ですかねー。冬なら北海道とかでもいいですけど」
「俺は温泉に行きてぇなー」
「それは私も行きたいです」
「温泉旅行行きたくない奴とかいないからな」
なんていうのは流石に冗談だが。
旅行はちょっと面倒だけど、頭に温泉とつけば話は別だ。
「まあ彼氏も欲しいですけどね」
「それは頑張れ」
本格的に俺には関係のない話だけど、応援はしておいてやろう。
「あー、早く卒業してえなー」
なんて俺の願望に、後輩は不満そうな顔をする。
「センパイが卒業したら今度は私が受験生になっちゃうじゃないですか」
「そりゃそうだろ」
「先に解放されるなんてズルいです」
「その分一年早く受験生やってるからな」
むしろ俺が後輩の頃にはもう受験生やってたし。勉強時間的な意味で。
「センパイも私と一緒にもう一年受験生しましょうよー」
「しねえよ!」
俺は早く卒業して自由に独り暮らしをするんだ。
「ずるいです」
「ずるくはないな」
「私も温泉行きたいです」
「行けばいいだろ」
「じゃあ私が卒業したら温泉連れてってください、センパイの奢りで」
「いいぞ、後輩がちゃんと卒業して進学できたらな」
「本当ですか?」
「その代わりちゃんと受験勉強もしろよ」
「はーい」
俺はが卒業してから更に一年後の話なんて俺も後輩も覚えてないだろうし、空手形を出したくらいで後輩がやる気になるなら安いものだろう。
別に嘘ついてるわけでもないしな、ただその頃には連絡とることもなくなってるだろうっていうだけで。
「そういえばセンパイってバイトしてないですよね?」
勉強をしながら、机の上の俺のたけのこの里に手を伸ばした後輩が思い付いたようにそんなことをいう。
「そうだな」
受験生だし。
「そのわりにはいつもお菓子買ってますよね」
「それは後輩もだろ」
「私は毎日買ってるわけじゃないですもん、でもセンパイは毎回お菓子食べてますよね」
「まあそうかもな」
後輩が毎日ここに来るわけではないが、来たときは毎日菓子を用意しているということは来てないときも毎日菓子を買っているだろう、というのはある意味統計学的な考え方。
「それでお小遣い足りなくなったりしないんですか?」
実際毎日100円の菓子食ってても一か月で3000円だし、平日だけでも22日くらいあれば結構な出費ではある。
実際にはパックの菓子買えば単価100円で済まないことも多いし。
「実はな、俺は成績上がると小遣いが増えるんだよ」
「え、なにそれズルい」
「ズルくはないだろ」
「ズルいです。私にもください」
「後輩も親と交渉してみれば」
「センパイは親と交渉したんですか?」
「ああ。つっても俺も最初はバイトしようとしてたんだけどな」
「そうなんですか?」
「バイトするくらいなら勉強しろって言うから、じゃあその分小遣い増やしてって話で」
「よくそれで増やしてもらえましたね」
「まあ年間にかかる塾の費用とか私立と国立の学費の差とか卒業後の平均収入なんかを調べてプレゼンしたんだけど」
「ふむふむ」
「結局当時の学年順位から半分になったら小遣い倍ってルールで、次のテストで順位は半分の半分になったから小遣いは4倍になったな」
「4倍!?」
まあそのあと流石に料金改定の話し合いになったんだけど。
「じゃあセンパイ、今はお小遣いいくらなんですか?」
「それは秘密」
「えー」
あんまり自分の懐事情を人に晒したくないっていうのもあるし、具体的に貰ってる金額言うと今以上に奢らされそうっていうのもある。
「じゃあなんて言って親を説得したのか教えてください」
「断る」
「え……、なんでですか?」
素で驚いてる後輩は断られるとは思ってなかったみたいだ。
まあこれにはちゃんとした理由があるんだけど。
「ちゃんと自分で調べないと親になんか言われたときに答えられないぞ」
問題の答えだけ写しても解き方は理解できないのと一緒だな。
「質問くらいは答えてもいいけど、まずは自分で調べな」
「……センパイのケチ」
「ケチではないが」
なんて文句を言ってから、後輩は自分のスマホを弄り始める。
おそらく親を説得するための調べものをしているんだろう。
そもそもさっき親を説得した内容は教えたし、自力で検索する方向性くらいはわかるんじゃないかな。
んじゃ、俺も勉強しますかね。
ということで静かになった後輩の向かいで参考書に視線を落とす。
それからしばらくは、互いに一言も喋らない静かな時間が続いた。
その夜。
風呂に入って自室に戻ってくると、スマホが光っていることに気付く。
『お母さんからオッケー出ました! ありがとうございますセンパイ!』
『よかったな』
『はい、明日から毎日勉強教えて下さいね!』
なん、だと……?
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