8月その③

突然だが、夏休みといえば何を連想するだろうか。


海とプールは夏の定番。


まあプールは人が多過ぎて行く気にならないし、海は家からすぐ近くにあるせいでプレミア感がないけど。


花火、もしくは花火大会。


どっちも嫌いではないけれど、一緒に楽しむ人間がいないと盛り上がらないのが難点か。


お祭り、特に夏祭り。


これは良い。何が良いって出店で色んな物を食えるから一人で来ても楽しめるっていう点だ。


クレープ、りんご飴、チョコバナナ、どれも食欲をそそられる。


まあちょっと高いのがアレだけど、そこはイベント価格ということで。


コスパは別勘定でそれくらいを楽しむ余裕は俺にもある。


ということで今日は夏祭りに来ていた。




「セーンパイ」


人混みの喧騒の中で聞き馴染んだ声に気付いて顔をあげる。


そこにいたのは浴衣を着た後輩。


桜柄の浴衣はかなり女子らしいので、ある意味見違えるようだ。


まあ制服もそれはそれで女子らしさはあるんだけどさ。


以前より少し伸びた肩に届くくらいの後ろ髪も上げて結っていて、横からチラリとうなじが見えた。


「待ちましたか?」


「待った」


「そこは待ってないって言ってくださいよっ」


「実際待ったんだからしょうがないだろ」


そこまで長い時間は待ってないし、この格好なら遅れるのもしょうがないかなと思いはするけど。


足元も下駄で合わせてるし。


「どうですか?」


「似合ってるぞ」


「ぶっぶー、50点です。 そこはかわいいって言ってくれないとー」


「かわいいぞ、浴衣が」


「センパイは素直じゃないですねー」


折角褒めたのに後輩は不満そうだ。


「とりあえず、お前はそのスマホ構えるのやめろ」


何を期待して動画撮ってんだよ。


「センパイがかわいいって行ってくれるのをSNSに流すためですけど?」


「やらせねえよ」


ということで構えたスマホは一旦取り上げて録画を止め、そのまま返す。


また撮ろうとしたら没収するつもりだったけど、後輩は素直に諦めて代わりにこっちを見た。


「センパイは普通の格好ですねー」


「そりゃそうだろ」


普通のシャツとパンツ。


一応人と出かけられる程度にちゃんとした格好ではあるけれど、デートと言うほどビシッと決めてはいない。


「折角なんだし甚平とか着てきてくださいよー」


「なんだ、そういうのが良かったのか。言えば着てきたのに」


「えっ、本当ですか?」


「もちろん嘘だが」


「なんなんですかーっ!?」


怒り出す後輩は浴衣を着て僅かにお淑やかな雰囲気があったとしてもいつも通りだ。


腕を上げるのは若干やりづらそうだけど。


「急に言われても用意できるわけないだろ」


「それはそうですけど」


まあ言われてもわざわざ用意してこないけどな。


とはいえまあ、後輩の浴衣が似合っているのは事実だ。


体型的にも浴衣が似合うし、と思ったのは秘密。


「そういえば折角浴衣着たんだから写真でも撮っとけば?」


「あー、それもそうですね」


「撮ってやろうか?」


「それじゃあお願いします」


お願いされて、人混みの邪魔にならないようにちょっと端に避けて距離を取る。


頭から足元まで入るくらいの幅でいいかな。


パシャリ。


「どうだー?」


「もう一枚お願いしますー」


俺が撮った写真を後輩のスマホに送ると、それを確認した後輩がリテイクを出す。


結局追加で数枚撮って、満足した後輩が頷きやっとおしまいとなった。


「それじゃ行きましょうか、センパイ」


「おう」


後輩と並んで歩き始める。


向かう先からは屋台の食欲を誘う匂いが漂ってきていた。




事の起こりは昨日、後輩からLINEが送られてきたことに始まる。


『ねえ、センパイ。明日暇ですか?』


『明日は勉強してるな』


『つまり暇ってことですね』


『暇ではない。まあ外せない用事が入ってるわけではないが』


『じゃあ明日夏祭り行きませんか?』


『そういうのは友達と行けよ』


『友達と行けるならそうしてますよー。というか最初はその予定だったんですけど、友達に用事ができちゃって』


『用事?』


『彼氏といっしょに行くんですって』


『ああ……』


それはやむを得ない事情だ。


『まあその友達にはたっぷり埋め合わせしてもらうからいいんですけど。折角浴衣も用意したので、一緒に行ける人を探してるんですよ』


後輩の人探しの二番目が俺だとは思わないので、何度か断られてここまでお鉢が回ってきたんだろう。


まあ近所の大きな夏祭りだし、暇な高校二年生はもう既に予定が入ってたんだろうな。


『んー、何時から?』


『夕方過ぎなら何時でもいいですよ』


『まあそれなら』


ということがあったわけです。




「デートとか青春だなー」


「そうですねー」


後輩と並びながら、後輩の友達の事情を再び聞いてそんな感想を持つ。


「まあ俺には縁のない話だけど」


「私はそんなことないですけどね」


「そうか、なら俺とこんなところ歩いてる場合じゃないんじゃないか?」


「それはほら、夏休み中ずっと勉強してたかわいそうなセンパイのためにかわいい後輩が一肌脱いであげてるんじゃないですか」


「むしろ今日は浴衣を着ているわけだが」


いつもの制服と比べたら、むしろ防御力は上がっているなんて思うと、後輩が呆れたような目でこちらを見る。


「センパイのヘンタイ」


「別に物理的に脱げとは言ってないんだわ」


もし脱がしたら着せられなくなりそうだしな。


「それより早く食いもん食おうぜ」


「奢りですかっ!?」


食いつきが凄い、食いもんだけに。


「親から小遣い貰ったって言ってなかったか?」


そんなようなことを昨日のLINEで言ってたような。


「それとこれとは話が別ですよー。 お祭り用に貰ったお小遣いですけど、お祭りで全部使わないといけない訳じゃないですから」


人にタカっているという一点を除けば論理的な思考だ。


「まあいいか、なに食べる?」


「えっ、いいんですか?」


「まあ珍しいもの見せて貰ったしな」


「あっ、なんですかー? もしかして私の浴衣姿にときめいちゃいましたか?」


「あー、そろそろ帰るかな」


「嘘です嘘です、ほら行きましょ」


逃さないように袖を掴まれて、そのまま後輩に引っ張られるように屋台の前に連れて行かれる。




一番最初は交渉の結果、クレープに決定。


俺がブルーベリー、後輩がバナナチョコを頼んでそれぞれ受け取る。


「ご馳走様です、センパイ」


「感謝して食えよ」


「はーい」


道の端に寄って、ご機嫌な後輩がぱくりと一口咥えるのに続いて俺も口をつける。


「美味しいですねー」


「うまい」


これだけで今日は来た意味あったなと思える程度には美味い。


自分のブルーベリーもだけど後輩のバナナチョコも良い匂いだ、なんて思ったら俺の視線に気付いた後輩がこちらを見る。


「一口食べますか?」


「んー、やめとく」


差し出されたクレープはやっぱり美味そうだけど、流石に貰うのはどうかなって感じ。


「もしかして、恥ずかしいんですか?」


「そうじゃないが、端から見たらカップルみたいに見えるだろ」


「それでカップルなら世の中カップルだらけですよ」


そういうもんか?


「まあ、センパイがいらないならいいですけど。センパイの一口ください」


そのリクエストに少し考えるが、後輩の甘いものにかける情熱を考えると断っても無駄なので、包みをベリベリと破いて一口分食べられるようにして差し出す。


「あーん。んー、美味しいです」


「それはよかった」


「ということで、センパイもどーぞ」


交換で差し出されたクレープは、もう断る理由もないので素直に口をつける。


美味い。


「結局意味なかったな」


「だから言ったじゃないですか。お祭りなんですから、細かいことは気にしないで楽しんだ方がいいですよ」


「そういうもんか」


まあこの人混みなら誰も人のことなんて気にしないか。


「次はなに食べますか?」


「じゃがバタ」


「主食には早くないですか?」


「早めに食べないとバターの暴力に耐えられないんだよ」


満腹になってからあれを食べると胸が焼けるから早めに楽しむに限る。


「余ったら私が食べてあげてもいいですよ?」


「余らなくても食う気だろ」


一口食べたいって顔に書いてあるし。


「それはそれ、これはこれですよ」


「まあいいか、じゃあ残ったら頼む」


「はい」


本当はこういうのは男女逆の役割な気がするが、甘味がメインの戦場だと女子に勝てないのはしょうがないのだ。




「美味しかったですねー」


「そうだなー」


人混みから少し離れたところで石段に腰かけて食べ物のゴミを片付ける。


途中で後輩の友達(彼氏連れ)に出会ってちょっと話し込んでいるのを見ていたりもしたけれど他は特にイベントもなく時間が過ぎる。


というか後輩本当に約束してた友達いたんだな。


しかも二人いたし。


まあわざわざ浴衣まで用意して俺と祭りに来る理由もないし、疑ってたわけでもないけれど。


「つーか大丈夫か? 誤解されてたりとか」


「センパイは、付き合ってるって誤解されたら困るんですか?」


「まあ別に困りはしないが」


「なら問題ないですね」


そうかな……、そうかも……。


「センパイ次は何にしますか?」


「流石に食いもんは一旦休みでいいかな。つっても他にしたいのも特にないけど」


「じゃああれはどうですか?」


後輩が指さしたのは金魚すくい。


1回300円かあ。


「どうせ飼わないし見てるからやっていいぞ」


「ほんとですか?」


目を輝かせて思ったよりも盛り上がってる後輩に連れられて屋台の前まで出る。


「袖濡らすなよ」


「わかってますよー」


俺が中腰で見守る中、後輩は代金を払ってからしゃがんでポイ(掬うやつ)を受け取る。


「後輩はこういうの得意?」


「んー、そうでもないですね」


「それでよくやる気になったな」


「いいじゃないですか、お祭りなんですし」


まあ金の使い方は人それぞれか。


それから水の中の金魚を観察している後輩を後ろから見る。


下を覗き込んでいる後輩は、自然と後ろ斜め上のこちらからはうなじがよく見えた。


少し汗ばんでいるそこは、ほんのり桜色に染まっている。


…………。


「んなーっ」


叫び声を上げた後輩を見ると、振り上げたポイが綺麗に破れていた。


「センパーイ」


「惜しかったな」


見てなかったけど。


「敵を取ってくださいよー」


「いや無理だろ」


悪いが金魚すくいでちゃんと取れた記憶がないのが俺だ。


「むー」


「もっかいやるか?」


「んん……、やめときます」


「いいのか?」


「はい、お小遣いは有限なので」


ということで残念賞の金魚を一匹貰ってその場をあとにする。


それから射的をしたりチョコバナナを食ったりりんご飴を食ったりで屋台を満喫した。


「結構歩きましたねー」


「そだな。足大丈夫か?」


こういうのは鼻緒で足が痛くなるのがある意味お約束だったりする印象がある。


「そっちは大丈夫ですけどちょっと疲れたかもです」


「んじゃちょっと休むか」


なんて話をしていると、ひゅーっと風を切る音の後にどんっと太鼓を叩いたような音が響く。


同時に空がぱっと明るくなって色とりどりの花が咲いた。


俺と同じように後輩が空を見上げる。


「ちょっと見づらいですねー」


「そうだな」


少し離れた場所で打ち上げられた花火は、ここからだと道の脇の樹が重なって一部隠れている。


「センパイ、もっと綺麗に見えるところに連れてってください」


「それはいいけど、肩でも貸すか?」


後輩はさっき足がお疲れたって言ってたし、肩を貸すか背負うくらいしてもいいけど。


「んー、とりあえずはこれでいいです」


言った後輩は、俺の片手を取ってそこに体重をかける。


「お……」


「重いって言ったら殺しますよ」


こわっ。


つっても手を繋ぐって言うよりは腕にぶら下がられてるって感じの体重の掛け方なので普通にアレだわ。


まあこれでも歩けるし文句はないけど。


「んじゃ行くか」


「はい、センパイ」


こうやってくっついてると意識しそうなもんだけど、同じ傘で帰った時よりは密着していないので実際にはそうでもない。


とりあえず視界の開けた場所まで行くと、同じような目的の人が多くいるがそれでも芋洗いってほど密集はしていないのでそこまで不快でもない。


人が山程集まってくるほど都会でもねえしな。


再びひゅーっと音がすると、今度は垂れ下がる柳のように尾を引いて空に光のラインが引かれる。


「綺麗ですね」


「そうだな」


これをメインイベントとして見に来たわけじゃないけれど、それはそれとして悪くない。


「写真撮りましょうか」


「誰かに頼むか?」


とはいえ花火見物している人には頼みづらいし、この人口密度で他人にスマホを預けるのもちょっと気が進まないか。


「そんなことしなくても、こうすればいいんですよ」


と後輩が頬を近付けてスマホのインカメラに二人分の顔を収める。


花火のタイミングを待って触れた頬が柔らかくて、さっきまで食べてたりんご飴の甘い匂いがして、スマホに写る自分と後輩の姿を見て、表情がちょっとだけ固い。


「センパイ、笑ってください」


「ふっ」


顔を崩すと、同じタイミングで背後で花火が弾けて同時にシャッターの音が鳴る。


「良い写真撮れましたよ」


「そうだな」


画面に映った自分の顔は微妙な気がしなくもないがそれも込みで悪くはないかな。


そのまま何度か同じように写真を取って、満足した後輩と落ち着いて花火を眺める。


こうやってると青春みたいだなあ。


なんて思ったり思わなかったりしていると、隣の後輩がこちらを見上げた。


「今日は一緒に来てくれてありがとうございました、センパイ」


そいや、今日は後輩に誘われて来たんだった。


毎日勉強漬けの受験生だけど、たまにはこういうのも悪くないかな。


「こっちこそ、ありがとな後輩」

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