8月その①
自室の机に向かって勉強していたのを一旦休止してペンを置く。
時刻は日没後、昔は毎日夜更かししてたなあなんて、夜行性で過ごしていた何年か前の夏休みが懐かしく感じる。
夏休みが始まってから一週間、勉強漬けの毎日に流石にちょっと疲れてきたかな。
昼は夏期講習、夜は自室で自習と登校日よりハードに詰め込んでいるから当たり前でもあるんだけど、それに加えてゲームとPCの誘惑がきつい。
スマホはそうでもないんだけど、丁度新作ゲームの発売日が重なっててつらい。
DL販売で家にいたままゲームを買える時代っていうのもこういう時は良し悪しだなあ。
こうやって考えると、学校は一時間毎に10分の休み時間があって強制的にリセットされるのは合理的だったのかもしれない。
あと友人と話したりも出来るし。
ぶっちゃけずっとゲームしてるなら誰とも会わず一ヶ月くらい引きこもってても全く困らないんだけど、こう勉強続きだと疲れるわ。
Twitterでも見るかな。
リビングに行けばニュースくらいは流れてるけど、SNSもたまに見とかないと本格的に世間に取り残されそう。
なんて思ってスマホを見ていると、LINEの通知があった。
送り先は、後輩。
これですぐに既読つけんのなんかやだなぁ……。
なんとなく、そんなことを思ってちょっとだけ時間を置いてアプリを開く。
『今なにしてますか?』
短い質問にこっちも短く返答。
『LINEしてる』
『そうじゃなくて』
『勉強してたぞ』
『いつも大変ですね』
『それほどでもある』
いやほんとに。
『というか今日はすぐ返事来ましたね』
『いつもこんなもんだろ』
『いやいや、いつも返事来るまで一時間とかかかるじゃないですか』
『普段は勉強してるからなー』
『じゃあ今は暇なんですね?』
『暇ではないが勉強は休憩中だ』
『なら私と付き合ってくださいよ』
『まあいいけど』
『あ、付き合うって言ってもそっちの意味じゃないですからね?』
『わかってるわ』
フラグを立てた覚えがないからな。
『それでは問題です。私は今なにしてるでしょう』
『LINE』
『ちがーう!』
『勉強?』
『そんなのやるわけないじゃないですか』
いや、それはやれよ。課題もあるんだし。
『テレビ見てる』
『ブー』
『スマホ見てる』
『ブー』
スマホは見てるだろ。
『菓子食ってる』
『おしい』
えぇ?
菓子を食うことにイエスかノー以外の答えがあるのか?
ジュース飲んでるとか?でもわざわざ言わんよなそんなの。
『わからん』
ギブアップすると、またすぐに返事が来る。
『正解はお菓子作りの最中でした』
『へー、後輩にも女子らしい趣味があるんだな』
『失礼ですねー、私は女子100%ですよ』
まあ男子は0%だろうが。
『それでなに作ってるんだ?』
『クッキーです』
同時にクッキーのスタンプ。
『食いたくなってきた』
『できたら写真送ってあげますね』
『やめろや、嫌がらせか』
『目だけでも楽しんでもらおうっていう優しさじゃないですかー』
『ただの飯テロなんだよなぁ……』
いや、菓子テロか。
『チョコでも食うかな』
あいにくクッキーは置いてないがチョコなら冷蔵庫にあったはず。
『私にもください』
『まずお前がクッキーよこしたらな』
『クッキーとチョコを合わせたらチョコクッキーが作れますね』
『最強じゃん』
チョコクッキー、いいよなチョコクッキー。
『センパイは好きなお菓子とかありますか? 手作りできるやつで』
『なに? リクエストしたら作ってくれんの?』
『いいえ?』
『ですよね』
流石にそこまでしてもらうほど仲が深くないのは自覚している。
『んー、ケーキ?』
『ケーキはケーキじゃないですか』
後輩的にケーキはお菓子に入らないらしい。
まあ単純に作るのが面倒だから除外したいだけかもしれないけど。
『とはいえ手作りとか自分じゃやらんしな。チョコなら貰ったことあるけど』
『それってもしかして、バレンタイン的なやつですか』
……。
『さて、なんの話かな』
『ちょっと、誤魔化さないでくださいよ』
『用がないなら勉強に戻るぞ』
『絶対誤魔化してる!』
誤魔化してない。
『んで、後輩はなんで菓子作りなんてしてるんだ?』
『普通に自分で食べるためですけど』
『食べるだけなら買ってきた方が楽だろ』
原価はともかく、普通に買ってきた方が楽なのは間違いない。
だからってお菓子作りの趣味を否定するつもりはないけど。
『まあそうなんですけど。あと自分で作ってバターと砂糖の量を再確認して、食べ過ぎないように自戒するんです』
『嫌な儀式だなおい』
『体型を保つためには必要なんですよ~』
女子って大変だな。
『センパイは休み中、夏期講習って行ってるんですか?』
『行ってるぞ、毎日ではないが』
『そうなんですね。夏期講座ってどんな感じなんですか?』
『基本は学校と大差ないぞ。授業よりも雰囲気が受験生!って感じでダルいが』
『それはダルいですねぇ』
『ダルいなぁ』
『ちなみにいろんな学校の人がいるんですよね』
『んー、まあそうだな』
『じゃあそこで出会いとかないんですか?』
『あるわけないだろ』
『えー、もっと面白い話持ってきてくださいよ』
『ねーよ、んなもん。まあそういうのあるやつも居るかもしれんが』
『あっ……、そうでした。センパイはぼっちですもんね』
『ぼっちではないが。そういう後輩は彼氏でも作れよ。折角の夏休みだろ』
『いやー、私は出会いがないんですよねー。なぜか友達はみんな彼氏作っててちょっと暇なんですけど』
『なら後輩がぼっちじゃん』
『ぼっちではないですけど!』
『ぼっちはみんなそう言うんだよ』
なんて冗談は置いておいて。
『ねえ、センパイ』
『どうした、後輩』
『来週は学校行きますか?』
『水曜ならいるぞ』
『そうですか、わかりました』
なにがわかったんだ。
なんて俺の疑問に答えるようにメッセージが続く。
『センパイがどうしてもって言うので、会いに行ってあげますね』
『言ってないが』
『どうしてもって言うので。言いましたよね?』
『はい、言いました』
ということにしておこう。
反論しても無駄そうだし。
『それじゃあそろそろクッキーが焼き上がるので見てきますね』
『んじゃ、俺も勉強に戻るかな』
なんて返信してスマホを置こうとすると、丁度画面に着信が着た。
相手はもちろん後輩。
「どうした?」
『センパイが私と話せなくて寂しがってるかと思って電話してあげました』
「んなこたないがな」
そもそも今までLINEしてたし。
『じゃあ迷惑でしたか?』
「ちょっと通話するくらいで迷惑もないだろ」
『ならよかったです』
なんて安心したような声色はきっと半分は作った声なんだろうな。
まあそんな部分も含めて、一週間ぶりくらいの会話はちょっと懐かしい感じではあったけど。
『それじゃあ勉強、頑張ってくださいね、センパイ』
言われなくても、と言いかけた言葉を飲み込んで別の言葉で答える。
「ああ、ありがとな、後輩」
『はい、センパイ。それではまた今度』
「クッキー期待してるぞ」
『いや、持っていきませんけどね』
なんだ、残念。
『それじゃあ今度こそ、おやすみなさい、センパイ』
「おやすみ、後輩」
30秒にも満たない通話が切れて、耳元に残った後輩の声がちょっとだけくすぐったい。
さて、勉強するかな。
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