7月その④
授業を終えて部室へ向かうと、目的地の前で待ちぼうけしている人影が見えた。
その人影がこちらに気付くと、不満そうな顔で声をかけられる。
「遅いですよー、センパイ」
「そっちが早すぎるんだよ」
今日は授業が終わって真っ直ぐ来たので、これ以上は早くならないし文句を言われても困る。
「暑くて汗だらだらですよー」
言いながら、手でパタパタと顔を扇ぐ後輩は確かに汗を浮かべていた。
「中入っても別に涼しくないけどな」
室内はまだエアコン入ってないから蒸し風呂状態だし、設定温度が制限されているからエアコン効いても完全に快適にはならない。
「でも扇風機もありますし」
「まあそれはそうだけど」
「なので早く開けてください」
「はいはい」
急かされながら鍵を開けて、溢れてくるむわっとした熱気に耐えながら中に入る。
「あっつ」
汗が噴き出すのを感じつつ、後輩と分担してエアコンと扇風機をつけて、涼しくなるまでは窓も開けておく。
とりあえずこれで、ちょっと我慢すれば勉強できるくらいにはなるかな。
「センパイ、これなんですか?」
後輩が視線を向けたのは机の下。
そこには俺が持ち込んだビニールシートが敷いてある。
「これはこうするやつ」
自分の椅子に腰掛けて、靴と靴下を脱ぐと、そこに足を乗せる。
それを見た後輩は、まだ疑問が解けない様子でこちらを向く。
「それでセンパイ、どうして裸足なんですか?」
「こっちの方が涼しいだろ?」
昔の漫画とかで足を水バケツに突っ込んで納涼している描写があったりするが、そこまでしなくても裸足に扇風機だけで結構涼しかったりする。
実際に扇風機の風が机の下を通り抜けるように配置しているので、スッと気持ちいい風が抜けていくのを感じられた。
「暑い時は手とか足を冷やすといいらしいぞ」
「そうなんですねー。それじゃセンパイ、ビニールシート私にも使わせてください」
「いいけどひとつ条件がある」
「なんですか?」
「使う前に裸足を見せてもらおうか」
「えっ、センパイの過去イチ変態発言にドン引きなんですけど……。人の足見てどうするつもりなんですか……」
「水虫じゃないか確認すんだよ」
感染されたら大変だからな。
「私は水虫じゃないですよっ!」
「じゃあ見せてみ?」
「絶対に嫌です。ヘンタイのセンパイには見せてあげません」
「なんでそこまで必死になって……、あっ」
「あっ、てなんですかあって」
「いや、俺が悪かったよ。気付かなくてごめんな」
「ちょっと、なんか勘違いされてる気がするんですけどっ」
「流石に俺もデリカシーが足りなかったわ。でもシート使うのは遠慮してくれ」
「だから違うって言ってるじゃないですか! そんなに疑うなら確認してくださいよ、 ほら!」
猛烈に抗議した後輩が椅子を引っ張ってきて俺の隣にドカンと腰を下ろし、そのまま靴を脱ぎ始める。
続いて靴下まで脱いで晒された生足がこちらに差し出される。
「ちゃんと確認してください」
「お、おう」
わりと本気でその可能性もあるかなと思って謝罪したんだけど、向き直った俺の膝の上に置かれた後輩の足は綺麗なものであった。
「はいこっちも、ちゃんと見てくださいね」
言われて右足に続いて左足も、俺の膝の上に踵が置かれる。
ちょっと痛いんだけど。
なんて流石に言えないわけだが、ちゃんと見ろと言われたのなら確認しないわけにはいくまい。
ということで片足を持ち上げ、足の裏を確認する。
そのまま左手で支えつつ右手で足の指を摘まみ爪の間を確認。
続いて指と指の間に指を二本挟んでくいっと広げる。
「んっ……」
「大丈夫か?」
「ちょっとくすぐったかっただけなので、平気です。続けてください」
「そう言うなら」
ということで右足を丁寧に確認し、そのまま左足も同じように続ける。
その間、ずっと後輩がくすぐったそうに身体を震えさせながら声を漏らしていた。
最後に踵に触るとすべすべで女子はこんなところでも柔らかいんだなあと全然関係のない感想があったりなかったり。
あ、スカートの中見えそう。
左右の足を順番に持ち上げた関係で捲り上がったスカートは太股も半ばまでしか隠していなくて、このまま踵を更に確認するようにもうちょいと足を持ち上げればその中が普通に見えそうだ。
まあやらないけどさ。
後輩が自分から見せるように動くならともかく、こっちから主体的に覗きにいったら過失の割合で開き直れなくなるしなあ。
人に謝らなきゃいけないような状況になったり借りを作ったりって状況は回避するに限る。
「ん、綺麗な足だな。問題は無さそうだ」
と後輩の足を解放して勉強に戻ろうとしたところでそれを止められる。
「ちょっとセンパイ、なんでもう終わったみたいな雰囲気になってるんですか」
「うん?」
「センパイが私の足を確認したんですから、私もセンパイの足を確認する権利があるはずです」
「たしかに、そうだな」
同じシートを共用すると言うのなら互いに確認するのが公平というものだろう。
俺は俺の足のことを知ってるけど後輩はそうじゃないしな。
「それじゃあ、ほれ」
再び後輩に向き直って片足を差し出す。
そして太股の間に置いたそれを後輩が確認する。
自分でやってみて気付いたのだが、案外恥ずかしいなこれ。
あと後輩の指が触れる度に少しくすぐったい。
いっそもっとガシッと掴んでくれた方が平気なんだがしょうがないか。
そのまま後輩が、猫を撫でるように指先を動かす。
「こちょこちょ」
「あはは、ってやめろや!」
なんてある意味愉快な光景は、とても人には見せられないものであった、
「んー」
後輩が考えごとをするような声を漏らしてから、パシャリとカメラの音がなった。
視線を上げると向かいに座る後輩は、両腕を机の下に入れてその先を見ている。
スマホも机の下で構えているんだろう。
自分のスカートの中でも撮ってるのかな、流石にないか。
「どうした、後輩」
俺の質問に答える代わりに、後輩がスマホを弄ったあと、なにかに気付いたようにこちらを見た。
「センパイ、スマホ見てください」
「もう自分で見せろよ」
サイレントにしていて音すらならなかったスマホを確認すると、予想通り送られてきている画像が一枚。
「どうですか?」
「変な構図だなあ」
そこに映っているのは机の下に並んでいる二つの裸足。
画面の範囲も広くなく、本当に足が前後に二人分並んでいるだけのもの。
「そうですか? 結構面白いと思いますけど」
「一周回ってユニークかもしれないって感じだ」
まあつまり一周しないと変な画像って話なんだけど。
とはいえ後輩と俺とじゃ見てる世界(主にインスタとか)が違うからそっちでウケる可能性は否定しきれないけど。
「でも流石にこれは上げられないですねえ」
「そうだなー」
その写っている足が男女の物なのは一目でわかるし、これをSNSに上げるのは匂わせが過ぎる。
絶対『相手誰?』って聞かれるだろう。
しかもそれが本当のことならともかく、俺と後輩はそういう関係じゃないからなあ。
「というか、こっちの方が面白くないか?」
言いながら足を少しだけ前に出すと、後輩の爪先とちょんと触れる。
「これ撮ってSNSに上げたら更に賑やかになりそうですねえ」
「さっきのよりも過激だしな」
互いに付き合ってないし好きあってる訳でもないって前提がなければ、もうそういう画像にしか見えないだろう。
パシャリ。
「って撮るんかい」
「いいじゃないですか、どうせ上げませんし」
とか言いつつもやっぱり俺のスマホには送ってくる後輩。
まあこの画像だけじゃ個人の特定も出来ないし、面倒事にはならないだろうけど。
「というか来週から夏休みですよ、センパイ」
「そうだなー、かっぱえびせん美味っ」
今日はチョコが余裕で溶ける気温なので溶けないかっぱえびせんを摘まんでいると、汗を流した体に塩分が染みる。
まあかっぱえびせんは平時でも美味いんだが。
「かっぱえびせん美味しいですね。センパイは夏休み中ずっと勉強ですか?」
「だなあ。後輩は?」
「私は遊びに行ったり買い物したりですかねー」
「勉強は?」
「折角の二年の夏なので今年は大丈夫です」
「そういうのは、三年になったら真面目にやる気な人間が言う台詞なんだよなぁ……」
二年の夏といえば受験を気にせずに遊べる最後のチャンスって認識もありそうだが、三年になっても勉強する気がないなら関係ない話である。
「私だって、勉強するかもしれないじゃないですか」
「するのか?」
「今のところその予定はありませんけど」
「知ってた」
「でも友達がみんな勉強してて遊べないかもしれませんし」
「あー、それはありうるか」
いや、後輩の友達とか具体的には知らんけど。
「なので今年は全力で楽しんできますね」
「おう、楽しんでこい」
「センパイも、私に会えなくて寂しかったらLINEしてくれてもいいですよ」
「はいはい」
なんて気のない返事をしつつも、これからのことを考えると少しだけ気が重かった。
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