7月その②

「セーンパイ」


「んー?」


自販機でジュースを買った帰り、熱々に照らされたアスファルトの上を歩いていると頭上から声をかけられる。


「こんなところで覗きですか? 私の水着覗きに来たんですか?」


見上げると身長ほどの基礎の上からフェンス越しに、学校指定の紺色の水着姿の後輩がこちらを見ていた。


プールって一定以上土台を持って作られてる気がするけど、覗き防止目的なのか、それとも水を貯める性質上地面を掘るより基礎を上に積んだ方が楽なのか、どっちなんだろう。


そういえば他の高校に行った中学時代の友人は、そもそもプール自体が学校に無いと言っていた気がするけど有る方が珍しいんだろうか。


「ジュース買ってきただけだぞ」


うちの学校は校舎の外に自販機が置いてあって、そこでジュースを買うと自然とプールの脇を通る配置になっているというだけの話。


決して覗きに来たわけではない。


覗くなら下に来るよりも校舎の上に行った方が見やすいしな、なんてことも考えてはいない。


「あっ、一口ください」


「ん」


俺がペットボトルのキャップを絞めてからそれを頭上に限界まで掲げると、フェンスから身を乗り出した後輩がギリギリそれを受け取る。


水着姿のまま干された布団みたいな格好をしている後輩はちょっと面白い。


「ちゃんと授業受けるんだな」


女子の水泳といえばサボりが定番、というのは偏見だろうか。


「サボるときもありますけど今日はちゃんと泳ぎますよ、あっついですし」


「いや、サボるなよ」


今日は七月前半ながら、既に真夏!って感じの気温なので確かにプールに入れれば気持ち良さそうだ。


キャップを外してポカリを口に含んだ後輩が、今度はそれを上からぱっと離すので真下でキャッチする。


水着とペットボトルの組み合わせはわりと悪くないかな。


これが普通のプールや海で身に着ける水着だとそうでもない気がするので、学校指定の水着とペットボトルの組み合わせが良いのかもしれない、なんて考えはわざわざ口には出さないけれど。


「それで、どうですか?」


「どうってなにが」


「水着ですよ、かわいい後輩の水着姿を見れた感想です」


学校指定の紺色の水着は肌の露出という点では大したことはないけど、これはこれで今この時期にしか着れないという意味では価値があるのかもしれない。


「よく似合ってるぞ」


「ありがとうございます」


学校指定の水着が似合ってるって評価が褒め言葉かどうかは怪しいところだけど、本人が満更じゃなさそうな笑顔を浮かべてるからまあいいかな。


「興奮しちゃいましたか?」


「それには色気が足りないな」


個人的な見解だが学校指定の水着は胸が薄い方が綺麗な曲線になってよく似合うと思っている。


まあ性的嗜好とは別の話だけど。


だからどちらかといえば興奮したというよりは綺麗なものを見たって感想の方が強いのだが、後輩はそんな感想が不満だったようだ。


「水かけますよ?」


「シャレにならんからやめろ」


まだこのあとも授業があるのに、流石に濡れた格好のまま出たくはない。


「じっと見てたくせに」


「なにかが足りないと思ってな」


別に後輩の姿に魅力を感じないわけではないんだが、それはそれとしてどちらかといえば足りないパズルのピースを探しているような気分があった。


「なにか、ってなんですか」


「んー、わかった。後輩、ちょっとタオル持ってきて」


俺のリクエストに応えてタオルを持ってきた後輩にポーズを指定して、あと立ち位置を調整する。


逆光を遮るように背中にタオルを広げる後輩のシルエットが、僅かに俺の目を眩ませつつも青空とコントラストを描く。


夏の日差しの眩しさの、逆に生まれて際立つ影に、寂しさを感じるのは何故だろうか。


「満足した」


「ちょっと意味がわからないんですけど、まあ満足したならいいです」


イマイチ理解できていない風の後輩ではあるけれど、リクエストに応えてくれたことには感謝しておこう。


「個人的、青春ぽい画ランキング5位に入ったぞ」


「高いんだか低いんだかよくわからないですね」


「とりあえず向こう数年は夏になるたび思い出すな」


「それはちょっと恥ずかしいのでやめてください」


来年には後輩と一緒にいることもなくなると考えると、こういうのもある意味で貴重な光景なのかもしれない。


まあ本当に思い出すかは怪しいところだけれど。


でもどうせなら、実物として残しておいた方がお得かもしれない、なんてことを考えて取り出したスマホを頭上に向ける。


パシャッ。


「ちょっとなに撮ってるんですか!?」


「このままフォトコンテストに送っても良いくらい良い感じの写真になったぞ」


「そういうことじゃないんですよ!」


なぜか後輩が焦っていると丁度校舎の方から予鈴が聞こえてきたので教室に戻るために歩き出す。


「じゃあなー」


次は数学かー。


こう暑いとプールの授業がある後輩が羨ましくなるな。


まあ実際にプールだとそれはそれでめんどくさい気分になるんだけど。


「ちょっとセンパイ、センパイ~!」


後ろの方でなぜか後輩が焦っているような声が聞こえた。




「センパイッ」


「どうした、そんなに慌てて」


放課後、いつものように部室で勉強をしていると後輩が勢いよく乗り込んでくる。


後輩の焦った表情は珍しい。


流石に写真撮ったら怒られそうだからやらないけど。


「どうしたじゃないんですよ、あの画像消してくださいっ」


「えー、折角良い感じに撮れたのに?」


「どんな感じですか?」


「ほら」


俺がスマホを見せると後輩が覗き込む。


「んー、そんなに良いですかねこれ」


「シチュエーション最高だろ?」


「そこで被写体が褒められないのが不満なんですけど」


「後輩も良い感じだぞ」


「当然ですけどね~。でも消してください」


騙されなかったか。


「まあそう焦るなよ。とりあえずこっち座れって。ほらキットカット食うか?」


「いただきます。センパイも半分どうぞ」


「サンキュ」


ということで二人で一旦休憩を入れる。


「んで、あの写真の何がそんなに嫌なんだ?」


「だって恥ずかしいじゃないですか」


「水着の写真くらいインスタにでもあげてるだろ?」


「それはそうですけど、でもこれは学校の水着ですし」


「別に学校の水着だから恥ずかしいってもんでもないだろ?」


それならそもそもあの時、俺に声かけてこないだろうしな。


「つまり自分の格好じゃなくて、俺のスマホに保存されてるのが不満だと」


「そこまでは言ってないですけど」


「つまり俺に変な風に使われるのが嫌だから消してほしいと」


「だからそこまでは言ってないですって」


「まあそういうことなら心残りではあるけど消すしかないか」


「なんか私がすごい悪いみたいになってる……。逆にどうしてセンパイはそんなに消したくないんですか」


「まあこの写真が好きっていうのもあるけど、後輩の水着を撮ることなんてもうないだろうしな」


「どこか遊び行くかもしれないじゃないですか」


「受験生になに言ってんだ」


「じゃあ来年」


「賭けてもいいけど行かないだろ」


受験に失敗していなければ来年は地元を離れて一人暮らしをしている予定である。


まあ親しい友人と帰省してきて遊ぶ可能性は微粒子レベルであるとしても、後輩とどっか行くような可能性はゼロだろう。


一応後輩も来年は受験生のはずだしな。


ということでこの写真も後輩と一緒にいたっていう記録の一つな訳なんだけど。


「うー、確かにそうかもしれませんけど」


「とはいえ本人が嫌っていうなら流石に残しとく訳にもいかないわな。ほら、消したぞ」


「え、消したんですか?」


「確認していいぞ」


一旦操作してから再び後輩にスマホのアルバムを見せると、ちゃんと写真が消されているのがわかるだろう。


その画面を「んー」と後輩が眉を寄せて眺める。


「センパイのアルバム寂しいですね~」


「うっせえわ」


主にカメラ機能が忘れちゃいけない情報の保存場所となっているので、後輩から見たら寂しく見えるのも無理はない。


「あっ、でも一緒に撮ったのありますよ」


後輩が言ったのは、四月の頭に一緒に撮った写真だろう。


一緒に撮ったっていうか一緒に撮られたって感じだったけど。


「勝手にスクロールすんなよ」


「嫌ですよ~」


そのまま俺からスマホを奪った後輩が、目一杯かわいいポーズを作ってインカメラでパシャリと撮る。


「はい、センパイ。寂しいアルバムに私のかわいい画像を入れておいてあげましたよ」


「別に頼んでないが」


「頼まれなくてもやっておくのが、デキル後輩ってやつなんですよ」


「じゃあ待ち受けにするわ」


「だからそれはやめてくださいっ」


なんて後輩のツッコミは無視してスマホを見る。


そこに保存されている画像は本人が言うだけあって、確かに可愛い、かもしれない。


「あんまりかわいくても好きになっちゃダメですよ」


いつの間にか後ろに回り込んできていた後輩が、同じようにスマホを見ながらそんなことを言う。


「それはないから安心しろ」


「ならいいんですけど」


からかうように後輩が笑うが、その予定はないので問題はない。

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