5月その①

「ねえ、センパイ」


「どうした、後輩」


いつものように、放課後訪ねてきた後輩が向かいに座って声をかけてくる。


「明日から連休ですね」


「んー、そうだな」


明日から五月頭の大型連休、通称ゴールデンウィークだ。


「センパイは連休の予定ってありますか?」


「お前、マジで言ってるのか?」


毎日放課後に黙々と勉強し続けている俺の様子を見ていれば、連休中の過ごし方も明白だろう。


「なんですか、まさか毎日勉強漬けなわけじゃないですよね?」


「まさかもなにもその通りだが?」


「ええ……、受験生ってそんなに大変なんですか」


「お前も来年は覚悟しとけよ」


「私はほどほどの大学に行く予定なので大丈夫です」


まあ実際、一日も休まず勉強漬けの同級生はそこまで多くないだろうけどさ。


多分半分くらいかな、クラスの雰囲気の体感で。


これがもう半年後になったらもっとピリピリした空気になってるんだろうけど。


「んで、後輩はなにか予定でもあるのか?」


「よく聞いてくれました」


と急に元気になる後輩。


後輩が俺の予定に興味があるとも思えないし、わざわざ予定を聞いてきたのは聞き返してほしかったからだろう。


話題を誘われた感じもあるけど、別にそれで俺が損するわけでもないし素直に聞いてやろう。


別にこちとら受験生なんだから配慮しろなんて言うつもりもないしな。


「私は友達と旅行するんですよー」


「ふーん」


「ちょっと、もうちょっと興味持ってくださいよ!」


「そう言われてもなあ」


個人的に旅行するよりも家でゆっくりしていたい派の人間なので食いつく気にならないというかなんというか。


どちらかといえば徹夜で新作ゲームやり込みますって言われた方がまだ興味が湧くレベル。


「んで、どこ行くんだ?」


「どこだと思います?」


「んー、ニューヨーク」


「流石にそこまでは行きませんよ~」


「じゃあ台湾」


「海外ではないですね」


「北海道」


「ぶー」


「んで、正解は?」


「ズバリ、京都です」


「修学旅行じゃん」


「違いますよ!」


いや、修学旅行じゃん。


京都といえば修学旅行の行先として鉄板だし、逆にプライベートでわざわざ行く?って感じのところでもある。(個人の感想です)


「いいじゃないですか京都。それにあたしたちの修学旅行は沖縄ですし」


「別に悪いとは行ってないがな」


個人的にあんまり興味をそそられないって話だけど、それを行ったら旅行自体があんまりテンション上がるイベントでもないかな。


なんか色々めんどいよね、旅行って。


「そんなこと言ってるとお土産買ってきてあげませんよ」


「別に欲しいとも言ってないけど」


というか、わざわざお土産買ってくるほどの間柄じゃないだろう。


「まあそうなんですけど、断られると逆に買ってきたくなるんですよねえ」


「天の邪鬼かよ」


「センパイのその最初から期待してないっていうかむしろいらないって感じの態度が気に入らないっていうか」


「すげえ文句言ってくんじゃん。気持ちはわかるけど」


最初から何も期待してないって言われるのは癪に障るというのはわからなくもない。


「わかった、じゃあ生八つ橋でいいぞ」


「あー、定番ですよね。個人に渡すには安くもないし地味にかさ張るし賞味期限も短いっていう微妙さはありますけど」


「一箱いくらだっけ?」


「んーと、だいたい600円ですね」


「安くはないな」


「というかこれ通販できるんですね……、お土産全部これでいいのでは?」


「お土産とはいったい……、まあ効率的ではあるだろうが」


わざわざ現地で買って持ち帰ってくるという工程が必須かと言われれば素直に頷けないし。


「ん、よしっ」


後輩がスマホを操作して頷く。


「それじゃあお土産何が貰えるか楽しみにしててくださいね、センパイ」


「いや、今確実に通販で頼んだだろっ」


「そんなことないですよ~、あっもし希望があれば連休中にも渡せるみたいですよ」


「やっぱ通販じゃねえか!」


まあでも変な物買ってこられるよりはずっとマシか。


「んじゃ、俺もお返し用意しとかんとなー」


「別にそこまでは期待してませんよ?」


「とはいえこっちは旅行する予定もないし、一方的に貰うだけってのもな」


結婚式のご祝儀だって渡された金はその相手が結婚した時にお返しするのが基本概念だっていうし。


「別にそこまで固く考えなくてもいいですけどね」


「そうか、なら礼にケーキでも用意しようかと思ってたがやめとくか」


「いやいや、センパイがしたいなら私は止めませんよ? お礼は大事ですよね、お礼」


「手のひらくるくるじゃん」


断られるよりは都合が良いけどさ。


「私は苺のショートケーキでお願いしますね」


「はいはい」


俺はチョコケーキとチーズケーキのどっちにしようかな。


「それじゃ、連休中一人で寂しかったら連絡してくれてもいいですよ。返事できるかはわからないですけど」


「しないから安心しろ」


むしろ一人の方が落ち着くから、一週間くらい人に会わなくても寂しいなんて思ったことがないんだよなあ。


っていうか普段から週一程度でしか会ってないし。


「もっと寂しがってくださいよー」


「逆に聞くが、後輩は俺に会えなくて寂しいのか」


「全然?」


「つまりそれが答えだ」


お互い様ってやつな。


「でも、こうやってセンパイと一緒にいるのは嫌いじゃないですよ」


イタズラに笑う後輩は、もし意識をしている相手だったら勘違いしてしまうかもしれないような表情だった。


「でもフラグは立ってないし立ちもしないから勘違いしないでくださいね」


「はいはい。それより旅行楽しんで来い」


「それは言われなくても」


後輩の休みに興味はないが、旅の安全と成功くらいは祈っておいてあげよう。


「あ、もし向こうで着物着たらそれだけ撮ってきて」


俺の提案に、後輩が怪訝な顔をする。


「いや、なんでですか……」


ここで『そんなに私の着物姿見たいんですか~~~?』って言われないあたり、本気で引かれてるかもしれない。


「いいじゃん、着物女子」


「はぁ、センパイはヘンタイですねえ」


「いや別に普通だろ」


「ゼッッッタイ、普通じゃないです!」


そうかなぁ。


まあ、多少趣味が特殊なことは否定できないかもしれないかもしれない。


「というかそれならインスタ見てくださいよ。旅行の画像もそっちに上げるんで」


言いながら後輩に差し出されたスマホの画面には見慣れないサイトが表示されている。


「イン……スタ……?」


「え、ちょっと嘘ですよね?」


流石に食事に箸を使わない原始人を見るような目をされると流石に弁明したくなるんだが。


「いや流石に存在は知ってるけど、アカウントは持ってねえな。Twitterはやってるけどそっちもたまにしか見ないし」


「そんな人間がいることが信じられないんですけど、石器時代か何かに生きてるんですか?」


「まあ受験生だし」


「あー……」


SNSは無限に時間を溶かせるコンテンツであり、受験生の大敵といっても過言ではない。


「後輩もSNSで無限に時間溶かしてると受験に落ちるぞ」


「私はほどほどの志望校にするからいいんですよ!」


「はいはい」


まあそれも個人の自由だから否定はしないけど。


「それじゃあTwitterのアカウントだけ教えてください」


「いいけど、大したこと呟いてないぞ」


スマホでTwitterの画面を開いて、それを後輩が見えるように机の上を滑らせる。


「うわー、本当だ」


それをサッと眺めた後輩が呆れたように呟いた。


内容は飯の話に勉強の話、あとゲームとか小説の話がちょいちょい。頻度も週に数回程度だ。


ゲームとか小説の話もリアタイしてるのじゃなくてPV見た感想とか卒業したらやりたいとかそっちの方向だし。


「世の中に似たようなアカウントが100万個くらいありそうですね」


「特にリアルのこととか呟かんしなあ」


個人情報を抜くと途端に量産型な呟きになるのはしょうがない。


「どうして自分のことは呟かないんですか?」


「ネットとリアルは分けたい性分だから」


「なに言ってるのか全然わからないです」


「俺も伝わるとは思ってないから安心していいぞ」


「むー」


後輩は不満げだが、これは言っても伝わらない感覚だろう。


「つーか後輩の呟きも大概テンプレ感あるけどな」


「どこがですか」


一番新しくフォローされたアカウントを見ると、タイムラインには友達の話、YouTubeの話、学校の愚痴、スイーツの画像が日に二桁回数。


確かに個人的な話もあるがそれも含めて量産型の学生って感じはある。


「っていうかこれ俺が見ていいやつか?」


「…………、たぶん大丈夫だと思いますけど今日は見ないでおいてください」


「あいよ」


もし俺個人に言及されてるようなネタがあったら、見ても楽しいことにはならないだろうしなー。


ワンチャン弄りのネタにはなるかもしれないけど……。


……。


「ともあれ、センパイは私の着物姿がみたいってことですね」


「そうは言ってな……、いや言ったけど若干ニュアンスが違う」


「またまた、そんなに照れなくてもー。センパイがどうしてもっていうなら写真撮ってきてあげてもいいですよ~?」


なんてニヤニヤする後輩はすごく楽しそうではあるが。


「んなこと言って本当はそう考えてないんだろ?」


「さて、どうでしょう?」


向こうで着物着るってことになったら予定を立てて追加予算も必要だろうし、俺の希望一つで後輩の行動の有無が変わるほどの関係性でもない。


これがもしも恋人のお願いだとかって話ならまた変わってくるんだろうけど。


つまり俺が頼んでも頼まなくても、後輩は予定があるなら着るしそうじゃないなら着ないって話だ。


そんな俺の推理を突き付けられても後輩は誘うようにクスリと笑う。




「どっちが正解か、楽しみにしててくださいね。センパイ」

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