4月その③

「ねえ、センパイ」


「どうした、後輩」


今日もいつもの放課後。


暇そうに机につっぷしていた後輩が思い出したようにこちらに視線を向ける。


それに合わせて俺も勉強の合間にLINEを確認していたスマホを置いた。


「センパイって好きな人とかいるんですか?」


「なに、お前俺のこと好きなの?」


「は? どういう理屈ですか」


俺の質問に後輩は露骨に嫌そうな顔を浮かべている。


「この前聞いてたラジオで、『自分に好きな相手がいるか聞いてくる異性は33%の確率で自分のことが好き』って言ってたんだよ」


「テキトー言い過ぎでしょそのラジオの人」


「そうか? わりと有り得ない理屈じゃないと思うけどな」


3割って数字はともかく、好きな相手に好きな人がいるか確認するっていうシチュエーションは論理的で想像しやすいし。


「ちなみに言っておきますけど、私はセンパイのことは好きじゃないです」


「それは知ってる」


惚れられる心当たりがないという前提もあるが、本当に惚れてるならアプローチをかける流れがもっと別にあるだろう。


少なくともここまで俺の後輩への心証が上がる要素なんて、差し入れの菓子が美味かったくらいしかないしな。


「そう簡単に納得されるとそれはそれでムカつきますけど」


「別に後輩に魅力がないって言ってるわけじゃないから納得しとけ。んで、なんで俺に好きな相手がいるかなんて聞いてきたんだ?」


「だってセンパイに好きな人とか付き合ってる人がいるのにこうやってお邪魔してたら流石に迷惑じゃないですか」


「邪魔しないようにって話ならそもそも用もないのに部室に来るなよ」


「なに言ってるんですか、センパイ。人はいつだってちょっとずつ他人に迷惑をかけて生きてるんですよ」


「なんか良いこと言った風な雰囲気で誤魔化そうとするな」


まあそんなことを言いつつも追い出されない程度には自重してるのが後輩の空気の読めるところでもありズルいよなあと思うところでもある。


「後輩は彼氏とかいないのか」


「もしかして~、センパイ、私のこと好きなんですか?」


「おう、よくわかったな」


「じゃあ付き合ってあげてもいいですよ? 一日500円で」


「月15000かー。たか……、いや高くはねえか」


「これくらいなら即完売ですよ」


「まあそうかもな」


後輩と付き合えるなら同年代に限定しても普通に出す奴はいそうだ。


俺は買わんけど。


「今なら特別に、年間サブスクを200000円で売ってあげますよ?」


「元より値上がりしてるじゃねえか」


「ちっ、バレましたか」


なんて冗談は置いておいて、と後輩。


「いたらこんなところに居ませんよー」


「それもそうか」


俺と後輩の間に色恋の雰囲気は皆無なわけだが、それでも個室に二人きりという事実は変わらない。


「もしかして、本当に私のこと好きになっちゃいましたか?」


「んー……」


聞かれて改めて、後輩の顔をよく見る。


顔は間違いなく良い。


性格だってまあ悪くはないし、相対的に見てもモテる方だろう。


だけど。


「ないかな」


「まじまじと確認してから答えられると即答よりもイラッとしますね」


「気にすんな、どうせ俺からの評価だ」


「そうですね、確かにセンパイに好みじゃないって言われても困りませんし」


「そこまで自分の評価を信じられるのはある意味凄いと思うが」


「私はたまに告白されたりもしますしねー。この前も下駄箱にラブレター入ってたりしましたし」


「ラブレターかー」


「断りましたけどね」


「正直連絡先も知らん相手に告白されてもじゃあ付き合ってみようかとはならんよなあ」


ラブレターを受け取るっていうシチュエーションにロマンを感じなくはないが、それでも受け取って実際に恋仲に発展する流れは想像できない。


「連絡先知らないってほぼ他人ですからねー。まあ最終的には顔次第ですけど」


「顔なー、大事だよな顔」


顔さえ良ければ評価点に+100点くらいされるしな。


「というか私もセンパイの連絡先知らないんですけど」


「いや、いらんでしょ」


後輩が俺の連絡先を知らなくて困る場面が思い付かないし。


「部室に来て開いてなかった時とか困るじゃないですか」


「その時はまっすぐ帰れよ」


「センパイに会いたいっていう私の気持ちをわかってくれないんですかっ」


「本音は?」


「暇つぶしですね」


「やっぱり真っ直ぐ帰れよ」


「やだー!」


なんて話をしていると、テーブルの上に置かれていた後輩のスマホがパッと明るくなる。


なにかの通知を受けたのだろう。


それを確認した後輩がスマホを片手に腰を上げる。


「センパイ、ちょっと出てきますね」


「すぐ戻るか?」


「どうでしょう、そんなに時間はかからないと思いますけど」


「もし時間かかるなら荷物持ってけよ」


俺が帰る時までに戻ってこないと困るからな。


「んー、センパイあとどれくらい居ます?」


「少なくとも30分は帰らんかな」


「じゃあ多分大丈夫です」


「んじゃ、もし遅くなったら部室の外に荷物置いとくからな」


「それまでには帰ってきますよっ」


まあちゃんと戻ってくるならそれはそれで俺は困らないからいいんだけど。


そんな言葉を言い残してどこかへ出て行った後輩を見送ってから机に向かいなおす。


うーん、静かだ。


やっぱり他人の居ない空間って落ち着く。


なんて再確認する俺だった。




「ただいです、センパイ」


「んー」


部室に戻ってきた後輩が、定位置に戻りながらこちらに手を差し出す。


「はい、これお土産です」


「サンキュー、ってこれどこで調達してきたんだよ」


渡されたのはチロルチョコ。


貰えるのは嬉しいけれど入手経路が謎だ。


「それは企業秘密です」


「とりあえず溶けてはないな」


ずっと後輩のポケットに入っていたのかと思ってちょっと力を入れてつまんでみるが、ひとまず人肌の熱で溶けてる気配はなかった。


「それにしても外はまだ寒いですねー」


「この時間帯だとな」


天気の良い日の昼過ぎだと屋外でも陽気を実感できるんだが、日没くらいになるとまだ肌寒さを感じる。


「特にここが寒いです」


言いながら後輩が撫でるのは自分の首筋。


髪がショートで防御力低めの後輩はある意味一番のウィークポイントかもしれない。


特に基本髪が短い男子と違い、髪が長かったり短かったりする女子なら猶更だろう。


「というか後輩昔はもっと髪長くなかったか」


「そうでしたっけ」


ここで言う昔というのは中学時代の話。


高校ではつい先日まで接点の無かった俺と後輩だが、中学では運動部の部員とマネージャーという関係だったのだ。


まあそれでも大して親しくはなかったし、もはや記憶自体がおぼろげだけど。


「確かあの頃は背中にかかるくらいまで伸ばしてたような」


「あー、そんな時期もありましたね」


あの頃の後輩は今よりはまだ可愛げがあったような……、いやそうでもなかったかな。


「高校入ってからはずっとショートですよ。楽でいいんですけど」


髪長いと大変そうだもんなあ。


「ということでしばらく暖まらせてくださいね」


「おう、ゆっくりしてろ」


勉強の進み具合的にもうしばらくは帰る気はないし、大人しくしていてくれる方が好都合なのでスマホを握ってだらけた体勢になる後輩はそのままにしておいた。




「んじゃ帰るか」


「はい、センパイ」


西の空が茜色に染まる頃、今日の勉強を終えた俺と後輩は荷物を片付けて共に部室を出る。


まあ帰ったらまた勉強するんだけど。


廊下も夕日に染まっていて、やっぱりまだ肌寒さを感じる。


「早く暖かくなんねーかなー」


「春が過ぎたらすぐに梅雨ですけどね」


「お前は人のことをげんなりさせる天才だな後輩」


「そんなに褒めてもなにも出ませんよ」


「褒めてないけどな」


「というかセンパイって夏もずっと勉強してるんですか?」


「その予定だが」


「大変ですねえ……」


「後輩も勉強しようぜ」


「いやです」


「100円やるから」


「1000円ならいいですよ?」


「月?」


「もちろん時給ですよ」


「たけえって」


なんて話を死ながら階段を降りて昇降口に到着し、下駄箱を開けると外履きの上にピンク色の封筒が置いてあった。


「…………」


後輩は自分のクラスの下駄箱に行っているので姿は見えない。


そのピンクの封筒を持ち上げて、表にも裏にもなにも書いてないことを確認してから、来た道を少し戻って、廊下に備え付けてあるゴミ箱の蓋を開けると声が響いた。


「ちょっと! なんで見ないで捨てるんですか!」


声の主は隠れてこちらを観察していた後輩。


「どうせ読まなくても中身はちゃんと書いてないだろ」


「まあ、書いてないですけど」


中までちゃんと書いたら冗談じゃ済まないしな。


つまりこれは、後輩の仕掛けたイタズラだ。


「でも、よくわかりましたね」


「自慢じゃないが高校生活二年以上で一度もラブレター貰ったことないのに、こんな丁度良いタイミングで貰うわけないだろ」


「うわー、悲しい自信」


「うっせ」


それに告白してくる相手には心当たりもないし、心当たりにならないような他人から告白されるほどモテる訳でもないという論理的な帰結である。


「しかし暇か後輩」


わざわざこんなの用意して下駄箱まで来て部室に戻ってくるとか暇人の所業だ。


「暇じゃないですー。それにただのイタズラじゃないですよ、ほら」


後輩が封筒のシールをペリッと剥がして、中から取り出した便箋を見せるとそこにはLINEのIDが書いてあった。


ついでに『連絡ください。』と短い文章が添えられてる。


ちなみに名前等の個人情報は書いていない。


「これに引っ掛かってまんまとLINE送ってくるセンパイもそれはそれで見たかったですけどね~」


確かに嘘は書いてないが騙す気アリアリなあたり詐欺師の手口である。


そんなイタズラを誤魔化すように、後輩は俺から没収した封筒を両手で顔の前に掲げて口元を隠す。


その仕草は、本当にこれから告白する気恥ずかしさに対する照れ隠しのよう。


「教えてくれないなら本当に、ラブレター書いちゃいますよ?」


パシャリ。


「え、今なんで撮ったんですか」


そんな台詞に合わせてスマホのカメラを撮った俺に後輩が抗議してくる。


「告白されたって友達に自慢しようかと思って」


「やめてくださいよ!」


「半分顔隠れてるからいいだろ」


「なんかかえって怪しい雰囲気になってるじゃないですか!」


たしかにTwitterの裏垢とかに貼ってありそう。


これで隠してるのが口じゃなくて目だったら、未成年は入れないお店のプロフィール写真って感じだわ。


「まあそれは冗談として」


「ほんとに冗談ですか?」


「ほんとほんと」


俺の言葉にまだ疑いの目を向けている後輩は気にせずに、持っている手紙をもう一度受け取る。


「ちゃんと登録してくださいね」


んー。


「やっぱ打ち込むのめんどくせーからスマホ出せ」


「はーい」


結局、嬉しそうにスマホを出す後輩と、諦めて友達登録をした。


友達じゃないけどね。

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