3-5


「何を今さらショックを受けているのかしらエスニアさまは」


 エレナさまが呆れたような顔をしていた。


「そうよねえ。そもそも私たち、最初から殿下の眼中に入っていなかったしねえ」


 エリザベスさまもケラケラと笑う。


「サイラス殿下はとってもお優しいじゃない。何を迷うことがあるのかしら」


 フローレンスさまも不思議そうに首をひねっているが。


「みなさま……ご自分たちが幸せだからって、楽しんでいません?」


 私はジト目でみんなを見回した。

 晴れて殿下から解放された三人は、それは晴れやかな顔をしていた。

 あとはこのまま幸せに向かって行くのみという、それはもうすがすがしい表情だ。

 きいっ!

 羨ましい!


「でも殿下から話題を振られたのだし、どうせもう全てご存じだったでしょう。怒られることもなく祝福してくださってほんとよかったこと」

「なにアマリアさままでにこにこしているんですか。残るは私とアマリアさまだけなんですよ? アマリアさまは王太子妃になるおかくがあるんですね? 私にはありません」

「やあねえ、そんな覚悟なんて~。そんなものはもしもサイラス殿下からプロポーズされるようなことがあったら、その時に考えるわ~」


 おほほ~と朗らかな笑顔で相変わらず楽しそうなアマリアさまなのだが。


「なんでそんなにのんびりできるの!? 王太子妃なんて大変じゃないの! その確率が二分の一になったのよ!?」


 いきり立つ私に、周りの四人から妙にぬるい視線が向けられた。


「本当に二分の一だと思っているの?」

にぶいにもほどがあるわね」

「あんなに仲良しなのにねえ?」

「そろそろ覚悟を決めないとね」

「えええ!? 覚悟なんて永遠にないわよ! どんなに仲良しに見えてもそれで恋に落ちたことにはならないでしょう!?」


 仲良しに見えるのは!

 ちょっとむかしなじみだからなだけなの……!

 とは言えないせいで、口をぱくぱくさせる私。

 いやいっそ言った方が納得してくれ……いやそんなことを言ったら「じゃあやっぱりエスニアさまを差し置いて殿下と結ばれるわけには〜」と言われてしまう気がする……。


「エスニアさまがどう言おうと、殿下があれですものねえ」

「あれっていうのは、あれですか? 私の薬草茶をがぶがぶ飲んでいた、あの態度ですか!?」


 あれは私が好きなんじゃなくて、信じられないかもしれないけど、本当にあの薬草茶が好きなのよ!


「そうそう。それに殿下はエスニアの作るスープがとってもお好きだとか。いつの間にそんな仲になっていたのかしら~」

「はあっ!? いつの話!? そんな話いつしてた!?」


 そんな話を万が一にもみんなの前であの男がしたら、絶対に私がじゃ

をして全部を語らせないはずなんだけど!?

 と思ったら。


「この前アルベインさまが。殿下がそれは嬉しそうに仰っていたそうですわ。エスニアったら本当にいつの間に~」


 アルベイン!

 あの銀縁眼鏡め!!

 いや違う。げんきょうはあの殿下だ。

 何をポロッと言ってくれているのか!!


「まあ全然知りませんでしたわ! そんなことが? エスニアさま、それはいつの話ですの? どうしてスープを作ることになったんです?」

「エレナさま……どうしてそんなに目をかがやかせているんですか……それは、あれですよ……あれ……実は前に私、ちょっと深夜におなかいてしまったんです。でもじょを起こすのは忍びないので、こっそり厨房に行って簡単なスープを作っていたんですよ。自分のために。そうしたらなぜか殿下が現れて自分も欲しいと言い出して……そうしたら断れないでしょう!?」


 口をぱくぱくさせつつも、なんとかつじつまの合う話を必死にでっち上げる。

 正直には話せない。

 あの男が前世に飲んだスープが飲みたいなどと言い出したなんて……!


「まあ……それで殿下はぶくろまでエスニアさまのとりこになってしまったのですね!」

「フローレンスさま、それは違います! きっと深夜に飲んだから背徳感があって、そのせいで美味しく感じただけですきっと!」

「エスニアさまはご自分で美味しいスープを作れるのですね。素敵だわ! 二人きりでお食事なんて、まるで本当に夫婦みたいじゃありませんこと?」

「エレナさま……普通の貴族は自分で料理なんてしないんですよ……」

「あら、私の母はおをよく作るのよ? 父の好きなお菓子を作った時は、両親が仲良く食べていて微笑ましいの。そんな関係、素敵よね!」

「エリザベスさま……お菓子ならまだしも、ただのスープですよ……可愛げも何もありゃしない。単に私の食事を横取りしたんですよあの殿下は……」


 考えてみたら、私はあのスープをほとんど口にしないで部屋に帰ったのだ。

 だから横取りと言ってもちがいではない。断じて、ない。

「殿下が気に入ったのなら、また作って差し上げればいいんじゃない? 私もいただいてみたいわ、そのスープ。きっと美味しいんでしょうね」

「作りません!」


 アマリアさまはいつも楽しそうだな、と、そんな私の返答を聞いてケラケラと楽しそうに笑っている顔を睨みながら思った。

 と、同時にあの時のサイラス殿下の顔が浮かぶ。


 ――でも僕は、ニアがいい。

 

 そう言った彼の顔を。


 ――だって、僕はニアとまた一緒になりたいと思っているから。


 そう言っていた彼の顔も。

 でも、それは過去のげんえいを追っているだけではないの?

 前世と同じ薬草茶を飲み、薬草の入ったスープを飲み、前世と同じように魔力しかのない妻を持つのが彼の幸せなのだろうか?

 もう時代も違うのに。

 前世で私と結婚した時は、同じ魔術師同士だからある意味お似合いだったかもしれない。

 でも彼は、今世は王太子なのだ。

 もう昔のように少々がさつな言動もなく、寝食を忘れてひたすら魔法にのめり込むようなこともない。

 今は洗練された、優雅な所作と会話ができる貴族のお手本のような人じゃないか。

 彼はきっと将来、立派な王になるだろう。

 そんな人にあまり昔と変わらない、ただぐうたらしたいだけの妻なんて全くお似合いではない。


「そういえば殿下はエスニアさまにお守りを作ってもらってたわよね?」


 フローレンスさまが突然思い出したように言った。


「結局何のお守りを作ったの? やっぱり恋愛お守り?」

「そんな自分の首を絞しめるようなことをエスニアさまはしないんじゃなくて? でも、だとしたら何かしら。無難に健康お守りとか?」


 なんだかみんながわくわくと目を輝かせて私を見るのだが。


「単なる迷子札です。子どもがどこかに行っちゃった時にどこにいるのかがわかるお守り。誰に使うのかは知らないけれど、はいかいしちゃうご老人とかにも使えるから便利ではあるのよね」


 全然恋愛とは関係のないお守りなので、私は普通に説明した。

 がっかりされようが私に責任はない。なにしろそれが殿下のご希望だったのだから。


「でもそんなの、殿下は何に……あら考えてみたら、政治的にも便利だったわ。政敵がどこにいるかなんてこともわかるってことでしょう?」

「あらやだ物騒~。でもあの殿下からにこやかに渡されたら、そんな怖いお守りだなんて思えなくて私だったら持ち歩いちゃいそうではあるわね」

「とにかく誰かをかんできるということ……またはその対象から逃げたりもできるということね」

「逃げたい時にも使えるとか、なかなか便利じゃない。私も一つ欲しいくらいだわ」

「アルベインさまも、いっそそのお守りは自分が欲しいって言っていたわ。殿下が仕事をさぼって消えた時に使えるとかなんとか」

「じゃあ殿下は反対にお仕事をサボりたい時にアルベインさまをくために使ったりして」

「あらアルベインさま可哀かわいそう~」

「それはいい考えね……アルベインさまにも作ろうかしら?」


 あの殿下は材料をたっぷりとくれたので、もう一つくらい作れるはずだ。

 たまにはあの銀縁眼鏡に感謝されてみるのもいいかもしれない。

 それでぜひあの殿下をしつ室にくぎけにしていただきたい。

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