3-3

 

「サイラス殿下聞いてくださいませ! 前にエスニアさまが作ってくださったお守りはシレンドラーしょうに送ってしまったのですが、エスニアさまは私にも恋愛のお守りを作ってくださったんですよ」


 そう言ってにこにことお守りを取り出してサイラス殿下に見せ始めたのは、フローレンスさまだった。

 今日ももちろん『神託の乙女』と王太子の交流は続いている。

 私も当然ながらものすごく気まずい気分のまま、しぶしぶ参加させられている。

 しかしいつものように交流の場に現れたサイラス殿下は、いつものてっぺき外面を完璧にかぶったいつもの殿下だった。

 少しほっとしつつも、それでもどうにも気まずくて、なんとなく王太子の方は見ないで他の女性じんとばかり話していたら、どうやらフローレンスさまが気をかせてしまったようだ。

 するとなんだかうきうきとした声が聞こえてきた。


「おや、それはてきですね。とてもわいらしいお守りです。実は前から気になっていたのですが、中には何が入っているのですか?」


 ……いや何が入っているって、ほうじんと薬草ですよ。知っているでしょ。

 それに私、お守りなんてそれはもう山ほど作っていたじゃないの前世で、仕事で。時にはてつで。

 何をしらばっくれて「さっぱりわからないな」みたいな態度なのか。

 昨夜だって、おおなべで薬草を山ほどんで大きな匙でうきうきかき混ぜている私の姿を見ているでしょ……。


「……中には主に薬草と、おまじないの紙が入っておりますのよ」


 あの大鍋は焦がしちゃったけど。

 あああ本当にもったいなかった。特にラントマベリー……。


「エスニアさまのお守りは私もいただいたのですよ。素敵な恋ができるようにって」


 エレナさまもなんだか嬉しそうにごそごそとポケットからお守りを出してきた。


「ほう、素敵な恋ですか。かなうことをいのっておりますよ」

「もちろん殿下がエレナさまと素敵な恋をしてもいいんですよ?」


 外向きのほほみを浮かべたまま、まるで人ごとのように言う殿下に私はいやめて言った。

 忘れないで。ここにいる五人全員があなたのよめ候補だということを。

 しかし。


「まあエスニアさま、エスニアさまは私の恋を応援してくださいますよね?」


 とエレナさまが意味深に私に微笑み、


「そのお守りがあれば絶対に叶うと私は信じてるわ! きっとエレナは幸せになる!」


 とエリザベスさまが力説し、


「その通りよ。エレナさまにはエレナさまの素敵な恋があるのですもの」


 とフローレンスさままでが言い出した。

 とどめはアマリアさまである。


「いっそ殿下もエスニアさまにお守りを作っていただけばよろしいのでは? きっと殿下のお気持ちが通じるようになるに違いありませんわ」

「それはいいですね――」

「絶っ対に嫌……っと、ええと、残念ながらもう材料がありませんの〜〜ほほほ」


 いったい何を言い出すのかアマリアさまは。

 だいたい今この外面笑顔で何にも知らなそうな顔をしている男は、実は私よりずっと強力な大魔術師だったと自分で言ったのだ。

 お守りなら自分で作りやがれ。

 顔に思いっきりそう書いて断ったのだが。


「しかし私もその効果絶大だというエスニア嬢のお守りをぜひいただきたいものです。足りない材料は何でしょう? 何でもご用意しましょう。薬草なら、私の薬草園にあるものなら何でも好きなものをおゆずりしますよ」

「あー……とっても残念なのですが、わたくし男性用の恋愛お守りは作っておりませんの~~」

「……それは残念です。男性用のお守りも作るようになったあかつきには、ぜひ私にも一つ作ってくださいね」

「そのころには殿下はもう、きっと素敵なはんりょを得ていらっしゃるはずですから殿下にはお守りなんて必要ないと思います~~」


 バチバチと二人の間に火花が散っているように見えたと後から言われてしまうほどには、私の対応は冷たかったらしい。


「どうしてエスニアさまはあんなに殿下に言い返せるのかしら。私ならこわくてそんなこととても言えないわ。もし本当にそう思っていても」


 エレナさまが両手をほおに当てつつ、心から感心したように言っていた。

 殿下がいなくなるとすぐさま言い出したあたり、よほど私の態度は悪かったのだろう。


「本当に。でもそれができるのが本当に仲がいということなのかもしれませんわね。殿下とエスニアさまは、きっと相性が良いのですわ」

「フローレンスさま!? 仲が良いわけないでしょう!? 私は話もしたくないのよ?」


 だって気まずいから!

 なんだか今日は殿下の顔を見るたびに昨夜の顔まで思い出すから、もう気まずくてしょうがないったら……。


「でも殿下はエスニアさまとお話ししたそうですのに」

「アマリアさま? あれがどうやったらそんな風に見えるんです?」

「でも私がお守りの話題を振ったのに、殿下はすぐエスニアさまに話しかけていらしたものねえ。もう何でもいいから殿下に何かお守りを作って差し上げたら?」

「あらいいじゃない! きっと喜ばれるわ!」


 なんてエリザベスさままでがけしかける。

 いやだからあの男は自分でもっと強力なものが作れるから、私がわざわざ作ってあげる意味はないのよ……!

 とは言えない私。ああこの悲しい状況からす方法がわからない。


「そうね、それがいいわ。きっと殿下がお喜びになると私も思う! 恋のお守りじゃなくてもいいじゃない。健康お守りとかでも何でも」

「そうそう、きっとエスニアさまが作ったものなら何でもお喜びになるわ」

「じゃあ私、アルベインさまに頼んでエスニアが必要な材料を殿下に伝えてもらうわ! そうしたらきっと殿下がご用意してくださるでしょう。ついでにいろいろ余分にもらっちゃえばいいのよ! そして私にまたお守りを作ってちょうだい」


 エリザベスさまがにやっと笑って言った。

 なぜか知らないけれど、四人は大いに盛り上がって楽しそうだ。

「あら、それだったら簡単ね! 楽しみだわ。エスニアさま、殿下には何のお守りを作ってさしあげる? 真実の愛を見つけるお守りなんてどう?」


「でもエリザベスさまの、ついでに余分に材料をもらうっていう案は大丈夫なのかしら? エスニアさまが罪に問われたりしない?」


 エレナさまはちょっと心配しているが。


「大丈夫でしょう。何を作るにしても失敗することはあるのだから、そのために材料を多めに用意するのはよくあること。ついでに何でもいただいてしまえばいいんじゃない? きっと殿下は何だって喜んで用意してくれる気がするわ」


 こういう時のアマリアさまのだいたんさが私は好きだ。

 ふむ、余計にもらうのはアリかもしれない……?

 私はその時、つい欲を出した。

 つまり、まま放題に材料を欲しがってサイラス殿下から断られるもよし、これを機に貴重な材料をもらってしまうもよし。

 どっちに転んでも私には嬉しいことばかりじゃない?


「……」


 私は何をもらおうかにやにやしながら考え始めた。

 なんだろうこれ、楽しいな!?


「あ、エスニア。私はきっと材料を覚えられないだろうから、メモにしてくれると嬉しいわ。そうしたらアルベインさまにそれを渡すから」

「そういえばエリザベスさまはいったいどこでアルベインさまと会っているの? 二人が会っているところを見ないのだけれど。でもよく会っているのよね?」

「きゃっ! フローレンス、もちろんよ! もうずかしいっ! 実はアルベインさまはこの王宮のすみずみまでよくご存じだから、こっそり会える場所もたくさん知っているの。誰にも見つからないような場所って、案外たくさんあるのよ~だから毎日場所を変えてこっそり……ね!」

「毎日!? なかなかアルベインさまも大胆ね! まだエリザベスさまは『神託の乙女』だから殿下のお妃候補なのに」

「だけど彼が、どうしても会いたいって……! それに私も彼の声が聞きたくて~! でも殿下も認めてくださっているそうだから、きっと私たちのことは問題にはならないと思うのよね」

「ええっ? 殿下こうにんなの!? さすが側近、有能というかなんというか」

「だって殿下はエスニアしか眼中にないじゃない。だから殿下はエスニア以外の私たちが誰と恋愛しようと気にされないのよ」

「それはそうね」

なっとく

「ちょっとみなさま? 何をかんちがいしているのかしら? 殿下はきっと放っておくと私がずっとだまっているから平等に会話をしようとされているだけよ。ただそれだけ」


 勝手に話が変な方向にいくのは困る。

 このおかしな関係が、恋愛状態だと思われるのもとっても困る。

 私は今朝、ベッドで目覚めてから改めて昨夜のことを考えてみた。

 すると私には、彼が私を身近に置きたいと思う理由が一つだけ思い当たった。

 それは、魔力。

 あの薬草茶や薬草の入ったスープへのしゅうちゃく度合いを考えると。

 もしやあの男は前世のように、私に魔力のじゅうをさせたいのではないか、と。

 だから魔力を余分に持ち、薬草茶や薬草スープをも作れる便利な私を手放したくないのでは。

 前世、奴は技術は持っていたけれど、魔力は少ない体質だった。

 逆に、私は技術はそれほどだったけれど、とにかく魔力はたくさん持っていた。

 だからしょうは私たちを結婚させたのだと思っている。

 普段から彼はお茶や食事から魔力をできるだけ補充するべくティルなどの薬草の入ったものを好んでっていたが、それもひとたび大きな魔法を作り上げたりした時は魔力が足りなくなってよくたおれていた。

 だからそんな時は私がよく魔力を分けてあげていたのだ。

 お礼に彼は私の魔法の勉強を手伝ってくれた。

 おたがいにとても良い関係だったのだ。

 でも。


(今世はもう、そんなに魔力にこだわる必要はないと思うんだけど)


 たしかに今日の殿下は昨夜の薬草スープのせいか、妙に顔がつやつやしていたような気はする。

 だけれどそれだけだ。

 今世ではもう魔法は使わなくてもなんの問題もないので、魔力をしょうもうするようなこともないはず。

 ん? じゃあ私、いらなくない?

 なんだろう、前世からのきょうはく観念で魔力切れが怖いとかかしら?

 はて。他に理由が――

 そう考えた時に突然、昨夜の妙に色気のあるはくりょくの殿下の姿を思い出してしまった。

 ――でも僕は、ニアがいい。

 その少しかすれた声で耳に直接まれた言葉を思い出したら、またなんだか顔が熱くなって、頭がくらくらした。

 あれは……なんだったのだろう?

 王太子として身につけた、女性を説得するための何かのわざだったのだろうか……?


「エスニアさまの今日の殿下への態度も、愛されている自信から出るゆうかと思ったのですけど」


 けれども明後日あさってな方向へ向かい始めた話は終わっていなかったようだ。


「そんなわけないでしょう。ほーら見て? 私のこの目、喜んでいるように見える?」


 あれは単に、前世と同じ態度なだけだ。ただの夫、もしくはあににならあの態度でも十分ていねいじゃないか。


「でもおこってもいないわよね?」


 うふふふ、と楽しそうに笑うアマリアさまを、私はじっとりと睨んでもう放っておくことにした。

 代わりに私はちゃっちゃと書いたメモをエリザベスさまに渡して言う。


「ではアルベインさまにこれを渡していただける? これだけの薬草があればだいたいどんなお守りでも作ることができるから、この薬草をくださいなって、殿下に伝えてくださいって」


 そう言って渡したメモにはちからいっぱいたくさんの薬草を書いておいた。

 ついでにラントマベリーもたくさん欲しいと書いたのが今回のポイントだ。

 そう、ラントマベリー!

 このとっても便利で高価で貴重な材料をもしもくれるというのなら、お礼に多少働いてあげてもいい。

 何でも好きなお守りを作ってあげるとも。

 ついでにとっても可愛いお守りぶくろにも入れてあげましょう。どんな布がいいかしら? ピンクの花模様にする?

 自分で作れるものを私に本当に頼むかはわからないが、もしも頼んできた時は、これだ

けの量の材料の対価として喜んで作ってやろうじゃないか――

 はたして、その数時間後には全ての材料が耳を揃えて私の元に運ばれてきたのだった。

 大きなぼんに山盛りに積まれた薬草をうやうやしくかかげながら大事そうに持ってきたアルベインさまの姿に、私は軽く目眩がした。

 早すぎでしょう……?

 呆れる私にアルベインさまはたんたんと言う。


「これらは殿下がエスニアさまのメモをご覧になってすぐにご自分の薬草園へおもむき、殿下自らが摘まれた薬草です。エスニアさまにお渡しする薬草は全て殿下しかさわってはいけないとおっしゃいましたので、このまま盆をお渡しする形でよろしいでしょうか。こちらの机の上に置いても?」


 そう言いながら私の部屋にあったテーブルの上にさっさと薬草を盆ごと置くアルベインさま。


「あ、はい……ありがとうございます……」


 なんだその「殿下しか触ってはいけない」って。どういう理由?


「あと殿下から、こちらもお渡しするようにと」


 そう言って差し出されたのは、手の平大のいかにも高級そうな金のかざり箱。

 薬草とは別に持ってきたようだ。

 小箱を受け取ってふたを開けてみると、そこにはぎっしりと見るからに高品質のラントマベリーが入っていた。

 ええええ……この品質でこの量のラントマベリーって、この金の小箱より高いんじゃないの……?

 私はおののいた。

 まさかここまで高品質のラントマベリーを持っているなんて。

 しかもこんな量をそんな気軽に人におくるなんて……!


「まあエスニア! その小箱、なんて素敵なの! すごいわね~なんて綺麗なんでしょう。細工もこれ、高度な職人技よ? さすが王族が持つものだけあるわねえ」


 ちゃっかり薬草を運ぶアルベインさまにくっついてきていたエリザベスさまが感心したように言った。


「こちらの小箱は殿下がエスニアさまに、と仰っていましたので、このままお受け取りください」

「まあ! さすが王太子殿下ね! こんな高価な贈り物を簡単にするなんて……! 中身はさぞ素敵な……ドライフルーツ? それ、美味しいの?」


 エリザベスさまがラントマベリーを見てこんわくしていた。

 ラントマベリーの価値を知らない人にはただのかんそうした実にすぎないから驚くのも無理はない。


「これは食べるのではなくて、お守りの材料になるんですよ。この国ではなかなか栽培が難しいのでこうして乾燥させて保存するんです」

「まあそうなの。全然知らなかったわ。私にはその実の価値はちょっとわからないけど、きっとあなたのその様子ではとっても嬉しい贈り物だったのね。よかったわね、エスニア」


 そう言ってくれるエリザベスさまに私は嬉しくなって、お礼を言おうとした時だった。


「殿下が作っていただきたいと仰っているお守りの効果につきましては、殿下がお書きになったメモがこちらにありますのでお受け取りください」


 そう言って差し出されたふうとう

 開くと中にはりゅうちょうな文字で希望が書いてあった。


「迷子札が欲しい。出来るだけ強力な」


 迷子札?

 それってあの、子どもをさがすためのお守り?

 たしかに私の作る迷子札はゆうしゅうで評判がよかった。

 子どもはよくいっしゅんでいなくなるから、たくさんの親に感謝されたものだ。

 でもあれを? 何のために?

 ……まあ作るけど。

 前世で山ほど作っていたからお手の物だ。きっちりご要望のものを作ってあげよう。

 こんなに素晴らしいラントマベリーまでくれたのだから、腕によりをかけて最強のものを作ってやろうじゃないか。

 私の中の職人だましいに火がついた。

 私はふふふとあやしげな笑いをらしながら、薬草を厳選し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る