2-5



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 マザランこうしゃくちゃくなんであるアルベインさまは、サイラス殿下の側近としていつも殿下の影のように付き従っている。

 だが基本無口な上に存在感を消すのもとても上手なので、いつもそばにいるにもかかわらず、普段はあまり彼のことを意識して見ることはなかった。


「でもあの人、あの眼鏡を取ったらなかなか綺麗な顔をしていると思うわよ」

「そうなの!? なんでアマリアさまはそれを知っているの!?」


 思わず私が驚いて聞いた。

 だって分厚い銀縁眼鏡の印象がきょうれつすぎて、何度も見ているはずなのに全くその下にある顔の印象が残らない人だったから。


「知っているというよりは想像力ね。あの眼鏡のフレームを細ーくしたら、殿下とは違ったちょっと冷たそうなふんりょくのなかなか素敵な男性になりそうだなって」


 なぜかそう言ってアマリアさまが嬉しそうに笑う。

 笑うというか、にやにやするというか?


「でもあの眼鏡をかけている限り、素敵とはほど遠いじゃない」

「なのにどうしてエリザベスさまはアルベインさまとお話ししていたのかしらね。こっそり殿下の情報でも聞きに行ったのかしら……?」

「さあ……?」


 その日、私たちは首をひねることしかできなかった。

 エリザベスさまがこの後、熱を出したりしないといいのだけれど。

 しかしそんなある意味平和な日々はあっという間に終わりを告げ、私たちの中にげきしんが走った。


「アルバート・シレンドラーしょうが隣国の大群を一人でかえちにするだいかつやく!」


 その知らせが王宮にもたらされた時、私たちはのんびり朝食の後のお茶をしていた。

 夜通しけてきた伝令が、とてもほこらしげに国王陛下に報告したと後から聞いた。

 そしてその功績により、その人はたいに任命されるだろうとも。


「ああ……! アルバート……!」


 その知らせを聞いた途端、そう言ってうれなみだを流したのはフローレンスさまだった。

 なんとその大活躍した人というのは、フローレンスさまが思いを寄せる護衛騎士、その人だったのだ。

 それはいっとうせんの活躍で、あっという間に相手の指揮官を討ち取るとそのまま大暴れして敵をらしたとのこと。

 もともとこうしゃくれいじょうの護衛にまでなるような人だから、相当な実力があったのだろう。

 そしてフローレンスさまも見る目があったということね。

 そう思ったら。


「きっとエスニアのお守りが効いたのですわ!」


 そうさけんだのは、エリザベスさまだった。

 お守り……?

 そういえば渡していたわね……?


「そうですわ! きっとエスニアさまのお守りのおかげです! ああなんと感謝したら良いか……!」


 そう言ってフローレンスさまにはギュウギュウときしめられたのだけれど、さすがにそこまでお守りのおかげではないと……。


「きっと実力がおありだったのです。お守りが少しでも役に立っていたのなら嬉しいですが」

「いいえきっとお守りのおかげです!」


 なぜか力説するエリザベスさま。


 びっくりしてエリザベスさまの方を見ると、エリザベスさまは見たこともないうっとりとした表情で、


「だって、私にもせきが起こったのですもの……!」


 と言い出したので驚いた。

 おお……?

 それはもしかして、サイラス殿下と心が通じ合った……?


「まあ、それではサイラス殿下に愛を告白されたのですか?」


 アマリアさまがちょっと驚いたような、不思議そうな顔で聞いた。

 その場のみんながそう思っただろう。

 もちろん私もそう思った。

 なるほどあの人も、エリザベスさまの熱い気持ちにとうとうほだされたのね。

 しかし。


「あ、いいえ。お相手はサイラス殿下ではないの。実は……実はアルベインさまに、この王太子妃選が終わったらマザラン公爵家におよめに来て欲しいと言われて私……私……! 恋に落ちてしまったの!!」


 きゃああ~~!!

 とずかしいのか嬉しいのか、とにかくせいを上げて両手で顔をおおったエリザベスさま。

 耳とうなじがいつもより赤い。

 って、エリザベスさま……?

 私は何か信じられないものを見たような気がして、ぽかんとただエリザベスさまを見つめてしまった。


「あらまあ、てっきりエリザベスさまはサイラス殿下のことがお好きなのだと思っていたのですけど……」


 アマリアさまが驚いたように言う。

 私とフローレンスさまとエレナさまもうんうんと激しくうなずいた。

 そんな私たちを見て、エリザベスさまは突然熱く語り出した。


「私もそうだと思っていたの! もちろん殿下は今でもとっても素敵よ? でもね? アルベインさまもよく見たらとっても美しいお顔の素敵な人で、しかもそんな人に情熱的に愛していますなんて言われたら……っ!! 彼ね? ずっと最初から私を見ていたのですって。もう私しか見えなかったなんて言われたら……きゃっ! とにかく彼は、がおがもうとっても美しいの! 私、面食いでしょう? 偶然彼の素顔を見たら、もう私の理想その

もので……! しかも情熱的な……ああダメそんなはしたない! でも私にはわかったの。彼が私の運命の人だったって……!!」


 なにやらエリザベスさまはぜんとしている私たちを完全に置いてけぼりにして、顔を赤らめながらもひたすら一人でしゃべり続けていた。

 しかもこれまでのサイラス殿下について語る口調とはどこか様子が違っていて、今はどこからどう見てもフローレンスさまと同じような、まさしく恋する乙女という感じで……って、ええ……?


「ではサイラス殿下のことはもういいの?」


 この混乱した空気の中で、それでも一番冷静だったのはやっぱりアマリアさまだった。

 ばやじょうきょうきわめようとするその姿勢、さすがだと私は思う。


「そうね、サイラス殿下は、なんというか、たぶん憧れだったのね。ぐうぞうすうはい? っていうの? あれは恋じゃあなかったみたい。エスニアはすごいわ! そんなこともお見通しで、私に『素敵な人と恋をする』というお守りをくれたのよね!」

「え……? うーん?」


 もちろんそんなことは全く考えていなかったです。

 エリザベスさまはサイラス王太子が好きだと思っていたから、まさか他の人とこんなにあっさりくっつく未来があるなんて想像すらしていなかった。

 私はただ単に、全員に昔よく作っていた恋愛お守りを作っただけだ。

 素敵な出会い、素敵な相手、つまりそのお守りを持つ人とあいしょうが良い人を引き寄せるような、そんないっぱん的な……。

 相手を指定しない魔法は簡単なのだ。

 そして昔の、むやみに魔法で人の気持ちを左右してはいけないという基本を守っただけだ。

 ああでもこんなことになるなんて……。

 しかしのうする私のことなんて全く眼中にないエリザベスさまは、うっとりと語り続けていた。


「アルベインさまの眼鏡を取った顔を見たことある? 本当に驚くほどの美男子なのよ……! それはもうサイラス殿下にも匹敵するような素敵なお顔なの。私、初めて見たときぽーっとなっちゃって。でもそれだけじゃないのよ。アルベインさまはなんというか……そう、特別なの! だってサイラス殿下にキスされても、こんなにドキドキしないと思うもの! あの美しいお顔が近くに来たらそりゃあちょっとはドキドキするかもしれないけど……でもそんな場面を想像してもこんな気持ちには全然ならないの、アルベインさまだけなの……!」

「ということは、キスされたのねアルベインさまに」

「きゃあ! アマリア言わないで! 思い出しちゃうじゃない! もう恥ずかしいっ! でもアルベインさまは熱い視線で本当にぐに私を見つめてくれるのよ。そんなことになったら恋に落ちてしまってもおかしくないでしょう? サイラス殿下はほら、エスニアしか見ていないじゃない? でもアルベインさまは……!」


 エリザベスさまの興奮は止まらない。

 だが聞き捨てならない台詞が聞こえてきて、私はそれどころではなくなった。


「待って? そんなことないでしょ!? 殿下はちゃんとみんなと仲良くしているでしょ!?」

「もう。エスニアさまは自覚がないのね? サイラス殿下はエスニアさまが殿下の方を見ていない時にもよくエスニアさまを見つめていらっしゃるわよ? それはもう私たちにはしない、なんというかとてもいいお顔で」

 アマリアさままでが呆れたようにそう言い出したのだが。

「いや本当に待って? それどんな顔!? 私の目には全員に同じ顔しかしていないように見えるわよ!?」


 だって彼の外面は今でも完璧じゃないか。

 その外面用完璧笑顔を崩したことなんてないじゃないか!

 だが。


「エスニアさまが見ていない時の殿下の顔をエスニアさまにお見せしたいですわね……」

「エレナさま、それは何が言いたいのでしょう……?」

「それはもちろん――」

「待って! やっぱり言わないで! でもそれは誤解! かんちがいだから!」


 ちょっと! あの人何やってるの!

 どうせ奴は私の後頭部でも見ながらうっかり昔をなつかしんだりしていたのだろう。

 そのせいで何も知らない彼女たちに誤解をさせているのだ。

 なんてめいわくな……!


「時の王太子殿下は『神託の乙女』とあっという間に恋に落ちるそうですから、きっと今代の王太子殿下はエスニアさまに恋をされたのですね」

「フローレンスさま!? いや誤解! それは誤解! もしかしたらちょっと仲良さそうに見えたかもしれないけど、それは誤解なの!」


 ただ前世で十年ばかし一緒に暮らしていたせいなの!

 とは言えなくて、私はただ口をパクパクさせながら必死にどう説明しようかと悩んでいた。

 と、その時。エレナさまが言い出した。


「私、安心しました。殿下がエスニアさまを選ばれて。実は私ずっと悩んでいたのですけれど、これで心を決めましたわ。私、アルフレッドに告白します!」

「アルフレッドって、誰!?」


 突然の展開に、私は今度はぐりんと顔をエレナさまの方に向けて思わず叫んだ。


 するとそこには頰を染めつつも断固とした意志を感じさせるような、私の初めて見る表情のエレナさまがいた。


「私の幼なじみでダルトンはくしゃく家の次男なの。親は次男なんてダメだって言って全く認めてくれなかったのだけれど、私、このエスニアさまのお守りがあればかなう気がする! ええ、きっと叶うわ! 私、やっぱりアルフレッドと一緒になる……!」


 いつもは大人しいエレナさまが並々ならぬ決意のほのおを目に宿らせていて、私は心から驚き、そして狼狽うろたえてもいた。


「待って……それは単なるお守りで……効力がそれほどあるかは……」

「でもフローレンスさまのお守りも、エリザベスさまのお守りもものすごく効果があったじゃない。なら私もきっと叶うと思うの! だから応援して欲しい……! みなさまならきっと応援してくださるわよね……!」

「……もちろんです……けど…………」


 他の三人がそれぞれようようと「ええもちろんよ!」「エレナさまが幸せにならないなんてあり得ないわ!」「一緒に幸せになりましょうね!」などと感動の場面を繰り広げている中、私は一人でぼうぜんとしていた。

 王太子妃候補が、一気に五人から実質二人になってしまった。

 他に好きな人がいる令嬢が王太子と結婚したら、きっとどちらも不幸になるだろう。

 だからこの、他の人に恋をしている三人は王太子妃にはならない方がいい。

 となると。


(アマリアさま……あなただけが私の希望となりました……)


 すがるような気持ちで見つめる私に気付いたらしいアマリアさまが、私を見てくすっと面白がるように笑った。

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