2-3


 毎日の交流に浮かれて幸せそうなエリザベスさまと、理由も言わずにひたすらけんのしわが深くなっていく私の対比は日に日に激しくなっていった。


「エスニアさまはサイラス殿下のことをあまり良く思ってはいらっしゃらないの?」


 とうとうアマリアさまが、そんなことを聞くくらいには。しかし。


「あらいいえ~そんなことは……ないはず……」


 まさかあれが前世の夫であろうなどとは口がけても言えるわけがない。

 引きつった笑顔であいまいな返事をすることしか今の私にできることはなかった。

「でもサイラス殿下はエスニアさまのことが気になっていらっしゃるようよね」

「ですわね。殿下はエスニアさまと微笑み合う時だけ、何か私たちの時とは違う顔をなさる気がしますもの」


 そんなことを言い出したフローレンスさまとエレナさまがにこにこと私を見るが、それはそうでしょうとも。

 でもそれは決してこいとか愛とかいう素敵なものではなく……そう、いわば単なる意思つうなのだ。

 ツーと言えばカー。

 あれ取って。はいどうぞ。

 そんな、みなさまだって十年も一緒に暮らしたらある程度できるようになるやつですよ……。


「私、いっしょうけんめい殿下に熱い視線を送っているのに、私を見る殿下のひとみには全く熱が感じられませんの。エスニアのれんあいお守りをはだはなさず持っているというのに」


 エリザベスさまがちょっと悲しそうだ。

 エリザベスさまはサイラス殿下となんとか仲良くなりたいと、お色気でせまったり甘えてみたり、様々な戦略を試しているようだがどうも成果を感じられないらしい。

 でもあの人、元は魔法バカだからな。

 お色気よりも食欲よりも、何よりも魔法が好きな人ではなかったか。

 そう思ったので。


「ではエリザベスさま。私の差し上げた恋愛お守りの話でもされてみてはいかがですか? それとも何かなやみを相談するとか。たとえば、よくねむれないとかそんな感じの」

「ええっ!? エスニアのお守りの話? そんなことを打ち明けてもいいものかしら? まるで殿下をねらってますって言っているようなものじゃない?」

「でもそのお守りは『サイラス殿下と恋愛する』お守りではなくて、『素敵な人と恋をするお守り』なのですから、素敵な人と結ばれたいというエリザベスさまのお気持ちを打ち明けることになるだけですわ」

「まあそうでしたわね! でもサイラス殿下より素敵な方はいないから、やっぱり相手はサイラス殿下だと思うの。だからこれはサイラス殿下との恋愛のお守りなのよ! きっと今度こそ効果が出るに違いないわ。私、がんばる!」


 そう言って決意を新たにするエリザベスさま。

 サイラス殿下がエリザベスさまを選んだら、私は安心して今度こそのんびりたいな生活をさせてくれそうな新たな相手を探せるようになるだろう。

 やっぱりちょっと、仮にもふうとして生活した記憶のある相手の見ている前では、さすがに私も後ろめたくて結婚相手なんておおっぴらに探す気になれなくて。

 エリザベスさまならとってもやる気があるから、きっと華やかで楽しい王妃さまになると思うの。

 なら、エリザベスさまでいいじゃないか。

 彼女の熱い愛に包まれて、あの人も幸せな人生を送れるに違いない。

 そして後日。


「エスニア! あなたの助言は素晴らしいわ! 今日見ていたでしょう? エスニアにお守りをいただいたんですって殿下に言ったら、それはもう興味津々になられて驚いたわ! おかげでとってもお話がはずんで……! ああ、こんなこと初めて!」


 そう言ってはしゃいでいるエリザベスさまがとても可愛らしかった。

 エリザベスさまはいつも楽しそうで、幸せそうで。

 そんなエリザベスさまと毎日一緒に過ごしていたら、いつしか私も恋というものに憧れるようになってきてしまった。

 だって前世は恋するひまなんて全然なくて、恋をする前にまあいいかと結婚してしまったし。

 もちろん今世も出会いなんてなかったから、考えてみたら前世も今世も恋というものをしたことがないと、いまさらながらに気がついてしまったのだ。

 私も幸せそうにはしゃぐエリザベスさまや好きな人を語る時に頰を染めるフローレンスさまみたいに、うきうき幸せな気持ちになってみたい。

 お話しするだけで胸がときめくという、そんな体験をしてみたい……!

 決してあの、すでに目だけで会話できちゃうようなれた関係ではなくてね……。

 初めて仲良くお話ができたとはしゃぐエリザベスさまを見て、ふとエレナさまが私に言った。


「さすがエスニアさまですわね。エスニアさまのお守りは効果絶大のようでうらやましいですわ! あの、エスニアさま。私にもエリザベスさまのようなお守りを作っていただけたら嬉しいのですけれど」

「んん? でも今回はお守りの効果というより、エスニアさまが作ったお守りだから殿下が興味を持たれただけという気が――」

「まあ! エレナさま、もちろんお安いご用ですわ! すぐに作りますね~!」

「エスニアさまありがとうございます……!」


 私は満面の笑みでエレナさまに約束をした。

 お守りなんてお安いご用ですよ。

 それが大好きな友人のためならば特に。

 エリザベスさまもエレナさまもさすが『神託の乙女』、とても良い方たちなのだ。

 私はすっかり彼女たちみんなを大好きになっていた。

 だから全員誰と結婚するとしても、幸せになって欲しいと思っている。

 みんながそれぞれの素敵な人と結ばれて幸せになって欲しい。

 その相手がサイラス殿下だろうと、他の人だろうと。


「あ、アマリアさまとフローレンスさまにも作りましょうか? いくつでも作りますよ!」

「まあ嬉しい。では、ぜひ。でもご自分にも作らなくていいの? 私たちばかりおうえんされるより、なによりご自分のことを応援するべきでは」

「まあアマリアさま、おづかいありがとうございます。でも私はいつでも自分で作れますからね! この王太子妃選が終わったら、その時は強力なお守りを作るつもりですからご心配なく~」

 ふんふんと材料の在庫を思い出しながら、私はつい無防備に返事をしていた。

 大丈夫、十分在庫はあるはずだ。


「あらエスニアさまは、王太子妃になるおつもりはないのですか?」

「ないです~私はのんびりしたいので~」


 おっと他のことを考えていたら、いつの間にか本音がだだ漏れてしまった。

 でもまあ、噓ではないのでもういいか。

 とにかく私はライバルではない。そう表明して困る人はここにはいないだろう。

 と思ったら。


「まあ、それではきっと殿下がお困りになるでしょうね」


 アマリアさまがどうしてそんなことを言うのか、ちょっとわからないです。

 でも殿下は殿下で今世の王太子としての人生があるからね。


「生まれ変わっても、また一緒になろう」


 たとえ前世でそんなことを言ったとしても、そしてその記憶が彼にもあったとしても、さすがに今世が王太子ならば話は別だろう。

 王太子という立場である以上、未来の王妃に相応しい立派な人物と一緒になるのがおそらく彼にとっても、いや誰にとっても一番幸せになる道だ。

 そう考えると、すっかり前世の記憶のせいで半分魔術師みたいになっているような私より、きっすいの貴族令嬢である他の四人の方がはるかに王妃に相応しい。

 まあ今の彼に自分の立場に相応しい正常な判断力さえあれば、カケラもうっとりしないで常にジト目で見つめ返してくるような、明らかにやる気のない私なんて、いまごろはもう真っ先におきさき候補から外しているだろうけれど。

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