第一章 新しい生活

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 集められた『しんたくおと』たちは王宮で一ヶ月から二ヶ月ほど、いっしょに過ごしながら時の王太子と交流を持つことになっている。

 なにしろ『神託のすいばん』が選んだ乙女と王太子は、あっという間にこいに落ちてしまうのでそれくらいの期間で十分らしい。

 さすが『神託の水盤』。今回もきっといい働きをしたにちがいない。

 私の他に選ばれた乙女たち四人はみんなそれぞれにとても美しく、中身もい人たちだった。


「はじめまして。これからよろしくお願いしますね」


 そう言ってほほむのは、この国でも特に高貴なコルカドこうしゃくれいじょうフローレンスさま。

やさしそうなくりいろかみの令嬢だ。


「はじめまして。こんなことになっておどろいていますわ……」


 そう言ってこんわくしているのはソードはくしゃく令嬢エレナさま。かがやくブロンドの大人しそうな方。


「よろしくお願いします! みなさまとご一緒できて光栄ですわ! ああこんなことになるなんて、なんという幸運でしょう! みなさまそう思いません?」


 一番元気なトレーン伯爵令嬢エリザベスさまは、情熱の赤い髪がよく似合う、とても明るい方だった。


「みなさまよろしくお願いしますわ。しばらくご一緒ですわね」


 一番落ち着いているように見えるタルディナこうしゃくれいじょうアマリアさまは、つややかな黒髪が印象的で、所作もとても上品な私が一番美しいと思った方でもある。


「あの…………よろしくお願いいたします……」


 それに対してこの場のあまりのきらびやかさにすっかりされて縮こまる私。

 美しい令嬢たちのはなやかなドレスと比べたら明らかに流行おくれの、着古した感のあるみすぼらしいドレスをまとった私の姿は鏡を見るまでもなくいていた。

 しかもこの国でもめずらしい私の銀色の髪は全く艶がなく、このキラキラしい光景の中ではほぼ白に見えているだろうなと、ちょっと悲しくなった。

 でもだからといってそんな理由で差別などするような人たちではなく、みなさんが私のちには全くれずに優しく接してくれたのがうれしかった。


(なんて良い人たちなんでしょう……!)


 初めて出来た同年代のお友達。


 私はこれからの生活が楽しみになった。

 さて最初の顔合わせの時にはそんな悲しいじょうきょうだった私も、ありがたいことに王宮の「『神託の乙女』たちは一番本人らしい状態で王太子に出会うべし」という信条のおかげで王宮の使用人たちによってあれこれみがかれ、さらにはおい味しい食事やお茶でやされて、一週間もするとそこそこ見られる令嬢に変わっていった。

 いやあ人って、ひまをかけるとこんなにれいになるものなのね?

 しらにしか見えなかった私の髪もなんとか銀に見えるくらいには艶をもどし、美味しい豊かな食事で血色も良くなった。

 せぎすだった体も心なしかふっくらとして、健康そうな体になった。

 もちろん他の四人に比べたらまだまだだけれど、それでもさすがは王宮にお勤めの使用人たち。

 彼ら彼女らの高度なお仕事のおかげで、とっかん工事にしてはそこそこ綺麗になった気がして私は嬉しかった。

 私たちは王宮に着いたその日から、それぞれ平等に部屋をあてがわれ、何着ものドレスをあつらえられ、専属のじょまでをもあてがわれて、王宮の中で何不自由なく暮らせるように全てがおぜんてされていた。

 そんな中で私たちはいつも五人で一緒に食事やお茶をして、常に語らい、だいに打ち解け合って仲良くなっていった。

 するとおたがいの置かれている状況やなやみなんかも打ち明けるようになり。

 たとえばコルカド公爵令嬢のフローレンスさまは、なんと臣下である自分の護衛のことが好きだという。

「だから私はサイラス殿でんに選ばれなくてもいいの。もう少し彼との時間を過ごせるなら、その方が嬉しいから」

 そう言って大切な思い出を思い出しているような顔をするのだ。


「まあ、その恋がじょうじゅするといいわね。でも、なかなか公爵令嬢という立場では臣下とのけっこんは難しいものよねえ」


 エリザベスさまが複雑そうな顔をして言った。


「ええ、だからそれはもうあきらめているのよ。でも、それでも今はもう少しの間だけでも、彼の近くにいたいと願っているの」


 そんな風に言ってほおを染めるフローレンスさまはわいらしかった。

 だからある日、真っ青になって今にも泣き出しそうな様子のフローレンスさまに私たちは驚いた。


「彼が……彼が戦地に行くことになったとれんらくが……」


まだりんごくとの国境沿いでは、いさかいがひんぱつしている。

 フローレンスさまのお父さまの命令で、彼はそこににんが決まったそうだ。


「フローレンスさまが『神託の乙女』に選ばれて護衛の役目がお休みになったものね。そしてきっと、フローレンスさまのとつぎ先が決まる前にはなして遠くに行かせることにしたのでしょう」


 冷静なタルディナ侯爵令嬢アマリアさまが悲しそうに言った。

 きっとフローレンスさまのおうちでは、フローレンスさまが王太子にならなくても『神託の乙女』になったからには良い嫁ぎ先が選び放題になると考えたのだ。

 そんな状況で騎士とはいえ臣下によめにやる気はないということだろう。


「国境沿いでは今も死者がたくさん出ていると聞いているわ。ああ私のせいで彼が死んでしまったらどうしましょう……」


 そう言って悲しみにくれるフローレンスさまがあまりに可哀かわいそうだったので、私はほうめたお守りを作ってフローレンスさまにわたそうと思い立った。

 お守りならそれほど難しくはないし、実は前世で散々作ったから慣れている。

 私の魔法がこの時代にどれだけ効果を発揮するかはわからないけれど、それでも少しでも助けになれば……。

 私は夜に自室で一人になると、身体強化と幸運を願うほうじんをさらさらと紙にえがいた。

そしてその紙で魔法を効果的に保つためのいくつかの薬草や素材をていねいに包む。


をしないように。何者にも負けないように。だれよりも強い体と力が備わるように。生き残れ。とにかく無事に生き残れ!」


 そうして出来たものを綺麗なふくろに入れてりょくを込めると、出来上がり。

 大怪我がかすり傷になればいい。

 飛んできたきょうが少しだけそれてくれればいい。

 そう思って。

 フローレンスさまはそのお守りをとても嬉しそうに受け取って何度もお礼を言ってくれたので、私はなんだか嬉しくなった。

 顔も名前も知らないその人が無事に帰ってきて、フローレンスさまとできるだけ長く一緒に過ごしてくれたらいいな。そう思った。

 そして私のささやかな魔法で誰かが笑顔になるのは嬉しいことだなとも、改めて思った。


「あら! 何それてきね! いいなあ、もしよかったら私にも作っていただけない? たとえばれんあいじょうじゅのお守りとか!」

 フローレンスさまに渡したお守りを見て、そう言ったのはエリザベスさまだった。

 エリザベスさまは、なんと『神託の乙女』に選ばれる前からのサイラス王太子殿下の|熱《れつ)なファンだったそうで。

 だからもう『神託の乙女』に選ばれた時はそれは大喜びをしたという。

 今でもすきあらばひたすらサイラス殿下のらしさを語る人だった。

 なのでこの前私がうっかり、


「そういえば王太子殿下ってどんな方なのかしらね?」


 なんて言ってしまった時はもう大変だった。


「ええ!? エスニアったら! あなたこの国の令嬢なのにサイラス殿下を知らないってどういうこと!? サイラス殿下はね、あの王立学院を首席でご卒業された天才なのよ! しかも容姿たんれい、性格もと~っても優しくて! もう全女性の理想の男性なの! あの方を知らないなんてあなたの人生、とっても損しているわよ! ああもうあの方に見つめられたら、それだけで私失神してしまうかも!」


 などと延々と熱く語られたものだ。


「そのサイラス殿下はこの中の誰と恋に落ちるのかしら。楽しみね。エリザベスさまがお相手だったらサイラス殿下も毎日が楽しそう」


 フローレンスさまがにこにこしてそう言うと、それを聞いたエリザベスさまがさらにさけんでいた。


「あのうるわしのお顔を! 毎日近くで見られるなら私はなんだってするわ! その上愛の告白なんてあった日には、ああ私……心臓ほっで死んじゃうかも……!」


 どうやら「サイラス王太子殿下」という人は、なかなか評判が良くて見た目も素晴らしく美しいらしい。

 国中に王太子殿下をすうはいする人たちが山ほどいるという。

 ……へえ。

 でも私、うっかり綺麗な顔は見慣れているからねえ。

 残念ながら容姿ではかれないだろうなあ。

 その時ふと、思い出した。


「生まれ変わっても、また一緒になろう」


 そう言って泣いていた、とてもとても美しい顔を。

 私は前世、結婚していた。

 あの時代、たいていの人は結婚するものだった。

 私も別に大れんあいの末なんてことは全くなく、単に私がとしごろになった時に、私のしょう

すすめた人とそのまま結婚したのだ。

 あの時代、師匠や親など目上の人が薦める人と恋愛をせずに結婚するのはよくあることだった。

 だから仕事としゅぎょうと勉強で恋愛どころでなかった私を心配したらしい師匠が、他のたちにするのと同じように、私にもそのあにを薦めてくれたのだ。

 その人は、やっぱり私と同じように魔法の仕事と勉強と修業ばかりの、いわば似たもの同士だった。

 顔が素晴らしく良いおかげでたくさんの女性が寄ってくるのに、熱く語る内容が魔法の話ばかりのせいですぐに女性にげられてしまう人。

 魔法の話になると目が輝くのに、それ以外の話の時にはつまらなそうにする人だった。

 おそらく彼は、私の山ほどある魔力量が気に入って私との結婚に同意した。

 私は、私をなぐらない人なら誰でもよかった。

 だから私たちは「じゃあこれからよろしく」と、にんぎょうあいさつをして特に何のかんがいもなく一緒になった。

 それでも今思えば彼との生活は、いそがしくもそれなりに楽しかったと思う。

 さいなことにも笑い合って、二人で仲良く過ごした日々。

 情熱はなくても明るくにぎやかな、へいぼんだけどそれなりに笑顔のある楽しい生活。

 そんなに長い間、一緒にいられたわけではなかったけれど。

 まあつまり今思うのは、どんなに綺麗な顔でも毎日見ていれば慣れるということだ。

 たまに「本当に綺麗だな」と思うことはあっても、だんは見慣れたいつもの夫の顔になる。

 だから私はサイラス殿下の顔にはあまり興味がなかった。

 ついでに王太子妃という地位にも全く興味がない。

 王太子妃になんてなったら、一生を公務でつぶされる人生になると思うと、そんなのたのまれても絶対にいやだ。


(私はのんびり生きたいの……!)


 まあこのままならきっとエリザベスさまが選ばれるに違いない。

 もしくは一番美人でかしこそうなアマリアさまか。

 うっかり私には前世で夫を持っていたおくがあるので、結婚生活に夢も期待も何も持っていない。

 だから、そう。

 どうせ結婚するなら私がのんびり好きなことだけをしていてもおこ

たりしない、かんようで、ほどほどの地位でほどほどに豊かな人がいい。

 そして私は平凡だけど、ゆったりとした自由な人生を送るのだ。

 ということで、王太子には全く何の期待も興味もない私はそのサイラス殿下へのえっけんに、王宮の侍女たちにこれでもかとかざてられつつも何の感慨もなく、いっかいののんきな見学者の気持ちでのぞんだのだった。


 重々しいとびらが開き、私たちは玉座の前まで進み出てそろって深々と礼をする。

 そして顔を上げるとそこには、国王陛下と王妃陛下、そしてその横に立っているのがおそらく王太子……って、なぜ王さまがいるのかな……?

 と、私は思わず、なにやら楽しそうな顔でにやにやしながら玉座に座っている王さまをぎょうしてしまった。

 王太子との謁見ではなかったか……?

 どうやら他の四人も同じだったようで、きょとんとする私たちを見て、王さまはさらに意味深な顔で笑っていた。

 しかしその時、口を開いたのはサイラス王太子殿下だった。


「みなさまよくいらっしゃいました。私が王太子サイラス・ヘリオス・アトラスです。これからどうぞよろしく」


 そのゾクッとするような美しい低音の声に、私たちははっといっせいに王太子殿下の方を向いた。

 そして。

 私の顔が、せいだいに、ゆがんだ。


 きっとその時の私の顔はこう言っていたに違いない。

 ――なぜ……?

 なにしろそこにあったその顔は、なんと前世の夫の顔そのものだったのだから!


 な ぜ あ な た が そ こ に い る の か 。


 って、いやいやいや、さすがに単なる他人のそら似だろう。

 きっと今はきんちょうで、私の頭が混乱しているのだ。そうに違いない。

 なにしろ前世のあれは、何百年も前の人なのだから。

 と、気を取り直したその時だった。

 ふとサイラス殿下の目が私の顔をとらえた。そして。

 私は見た。

 にっこりと、満足げな笑みを……!

 あの顔は知っている。前世で見たことがあるぞ。

 そうあれは「思い通りになってとても満足」の顔だ!


「う……美しい……生の微笑みがあまりにこうごうし……いいえ、もはや神……」


 そんなエリザベスさまのつぶやきがとなりから聞こえてきたような気がしたが、私はそれどころではない。

 ゾクッとしたのはその声に聞き覚えがあったから。

 あれが「微笑み」なんかじゃないのを知っているのは、前世で散々見ているから!

 なぜ……?

 私は改めてだんじょうの王太子殿下を凝視したが、もう今の殿下は無難な微笑みを浮かべているのみ。

 その後私たちは王家の方々に一人ずつ形ばかりの挨拶をし、王さまの、


「では、みなサイラスと仲良くしてやってください。あなたたちの誰が王太子妃になっても我々はかんげいしますよ。なんなら全員うちのむすの嫁にしいくらいだ! はっはっは!」


 というごげんなお言葉をいただいてから謁見の間を辞した。

 表面上はしずしずと下がったが、正直、私は困惑で頭が混乱したままだ。

 サイラス……そう、サイラス!

 そういや前世の夫の名前もサイラスだった。

 珍しくもない、よくある名前だから全然気付かなかった!


「生まれ変わっても、また一緒になろう」


 でもそう言って泣いていたあの人は、たしかにじゅつだった。


 けっして王太子どころか王族でも貴族でもなかった。

 なのに。

 どうして。

 いやそれより待って?


「生まれ変わっても、また一緒になろう」


 それで私はあの時、なんて返事をした…………?

 あれは、私のいまわの際の場面だ。

 彼は私の死を察して泣いていて、そしてあの言葉を言った。

 私の前世の最後の記憶。

 いつもはひょうひょうとしていた人が、初めてごうきゅうしていることに内心驚いたっけ。

 でも、その言葉に私はどう答えたのか覚えていない。

 答えられたのかさえも。


「サイラス殿下がお優しそうな方で安心しました……!」


 そう言ってエレナさまは喜んでいた。


「あの服の下、あれはなかなかの筋肉よ! なんて素晴らしいたい。これはぜひとも訓練しているところを見学させていただかなければ……!」


 とフローレンスさまが意気込んでいた。


「五人の女性に対して完全に平等にあつかってくださいましたわね。色目を使ったりさっそくお気に入りを見定めようとしないあたり、誠実な方のようにお見受けしましたわ」


 とアマリアさまがめ、


「ああ神に感謝します! こんなに間近に殿下のお姿を拝見できるなんて!! しかも私の目を見て優しく微笑まれた時のあの顔……! もうどんな絵姿よりも本物の方がやっぱりはるかに美しかった! ああ、あのご尊顔を間近に拝見する人生を送りたい」


 とエリザベスさまがうっとりと大喜びしていた。

 が。


「エスニアさま? どうかなさったの?」


 そう心配して聞いてくれるフローレンスさまに、私はあいまいな笑みを浮かべて「いえ別に」としたけれど、おそらく私が全く喜んでいないことは他の人たちも感じていただろう。

 だって完全に想定外で、どうしていいのかわからないのだもの。

 あれは単なる過去の記憶であり、今世はちゃんと新しい人生を築くつもりだった。

 新しい立場で、新しい人生を、新しい相手と。

 でも前世の夫にも、しばらく一緒に暮らしていた記憶のせいで今もそれなりに情はあるわけで。


(それが、目の前に現れた? しかも王太子だと?)


 いやいや、私は今世こそはのんびりゆうな新しい人生を送ると決めているのよ。

 せっかく貴族の家に生まれ、『神託の乙女』にまでなったのだ。

 ならば条件の良い貴族の家に嫁いで、思い描いていた優雅でのんびりとした貴族夫人生活がしたいじゃないか。


「あれほど美しい方の隣に立つのは、なんだかおくれしてしまいそうですわ。とても素敵な方なのはわかるのですが……」


 エレナさまがなんだか心配そうだ。しかし、


だいじょうよ! エレナだって『神託の乙女』に選ばれた女性なのですもの。堂々としていればいいの。王太子妃に必要なのは容姿ではなくて、殿下の愛なのよ!」


 とエリザベスさまが力説していた。

 そう、この中の誰かが王太子妃になる。

 だけど私には、王太子妃になんてなる気はじんもないの。

 まあ、あの人が今世も私と一緒になりたいと思っているかはわからないが。

 でも、また今世もあの人と一緒にあくせく必死に働く人生じゃなくてもいいと思うの……!

 そんなの前世と何にも変わらないじゃないか。

 いやそれどころか今世は歴史に名を残すような事態になる。

 忙しいのは変わらずに責任と立場だけが前よりはるかに重いなんて、そんなの悲しいだけだ!

 うん。

 だから彼は彼で今世は王太子に生まれたのなら、王太子として王太子妃に相応ふさわしい人と幸せになってください。

 過去なんて関係ない。きっと。

 生まれ変わったのなら、新しい人として新しい人生を。

 まあ、あっちにも過去の記憶があるかはわからないし、なんならとてもよく似た他人であるという可能性もある。

 いや、むしろその方が可能性としては高くないか?

 だってさすがにそんな都合の良いぐうぜんが、そうそうあるとは思えない。


(大丈夫大丈夫……たぶん)


 世の中、驚くほど似ている他人なんていくらでもいるはずだ……!

 しかし問題はどうやってそれをかくにんするかなのだった。

 謁見の後に私たちが言われたのは、王太子と『神託の乙女』との付き合いには一定の制約があり、しばらくの間は一対一で会ったり話したりはできないということだった。


「まさかけするようなおじょうさまはいらっしゃらないと思いますが」


 そんな余計な一言を付け加えつつ、これからの王太子殿下との綿密な交流スケジュールを伝えてきたのはマザランこうしゃくちゃくで王太子殿下の側近だというアルベインさまである。

 分厚いぎんぶち眼鏡ばかりが目立つ、まさしく真面目いっぺんとうといった感じの人だ。

 アルベインさまはどうやら王太子と『神託の乙女』との付き合いを管理することになっているらしく、自分の目をぬすんで勝手に王太子殿下に会おうなど、絶対にさせないぞというはくに満ち満ちていた。

 おかげで謁見の日以降、私たちはアルベインさまの指示する場所、指示する時間に王太子殿下と一対五で交流する以外は王太子殿下にせっしょくすることができなかった。

 つまり、サイラス王太子にこっそりと接触して、「もしや前世の記憶がおありで? どこまで覚えてる?」という確認ができないのだ……!

 まさか他の人がいる前で、「あなたは前世の私の夫ですか?」なんて言うわけにはいかない。下手にそんなことをしたら、私の頭のまともさに疑問が生じてしまう。

 この後条件の良い結婚相手を探さなければならないのに、そんなことにはなりたくない。

 なので。

 散々悩みに悩んだ結果、私はしばらくの間、大人しくしていようと考えた。

 とにかく目立たず、さわがず、かげのように空気のように。

 できるだけ王太子の視界には入らない!

 あのサイラス王太子という人が、どんな人なのかがわかるまでは。

 いや、あの王太子が前世の夫とは別人だとわかる日までは。

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