プロローグ②



*****



 私のお母さまが死んだのは、私が十四の時だった。

 その後すぐにお父さまは、愛人だったらしい継母とさいこんした。

 継母は、私の異母妹とていを連れてこの館にやってきて、この館の新たな女主人におさまった。


「私はあとぎを産んだんだから、ここの女主人になるのが当然なの! なのにあんたの母親は跡継ぎも産めなかったくせにだらだらとこの家にすわって、本当にめいわくったらありゃしない。しかもそのせいで私が今まで待たされたなんて許せない!」


 そう言われた時から、私はこの家の娘ではなくなってしまった。

 今このカーライト伯爵家の子として暮らしているのは異母妹イモジェンと、まだ幼い異母弟ロクサムのみ。

 その後私はただの一使用人として、ひたすらこき使われる日々になった。


「本当はあんたがまだこの家にいるなんて許せないのよ。でも、ま、そのうちあんたのいい使い道が見つかるでしょう。それまでは追い出されずに、まだここに住まわせてもらっていることにせいぜい感謝なさい」


 使い道というのは、おそらく政略けっこんのことだろう。

 だから私はそのうち、どこかの金か地位があるだけの年寄りとか評判の悪い男とか変態しゅのある男にでも無理矢理とつがされるのだろうと思っていた。

 だけれど今、いきなりせきは起きた。

 なんと私は『神託の乙女』に選ばれたのだ!

 この国で『神託の乙女』の五人に選ばれるということは、素晴らしい嫁ぎ先と幸せを約束されたと言っても過言ではない。

 なにしろかつてのだいな大じゅつにより作られたという王家所有の神器『神託の水盤』は、未来のおうに相応しい、ゆうしゅうで善良な女性を確実に選び出すということがよく知られているのだから。

 それはこの国で何百年という長きにわたり、確実に素晴らしいとたたえられる王妃を代々選出してきた歴史が証明していた。

 神器『神託の水盤』は、その時代の王太子がになった時にしん殿でんの奥でどうさせるどうである。

 その『神託の水盤』により選ばれた『神託の乙女』五人は即座に集められて王宮で一定期間を過ごし、その間に王太子と交流を持つ。

 そしてその五人の中で王太子とこいに落ちた乙女が王太子妃として選ばれるというのが昔からの決まりだ。

 代々の王太子は毎回『神託の乙女』の中の一人とまたたく間に恋に落ち、自ら結婚へとすすむと言われている。

 そして残念ながら王太子と恋に落ちなかった四人の乙女たちにも、その後『神託の水盤』に選ばれたという理由により、きゅうこん者がさっとうすることになるのだ。

 神器により「王妃に相応しいほど素晴らしい人物である」と認められた乙女たちの評価はとてつもなく高い。

 だから『神託の乙女』をむかれたい家はそれこそ山ほどあり、乙女たちはその中から選ぶことさえできる。

 だがその『神託の乙女』たちはさすが『神託の乙女』に選ばれるだけあって、家の大きさや財産、家格などといったことにとらわれることなく心から愛した人のもとへ嫁いでいき、その家をはんえいに導くと言われている。

 だからそんな幸せな人生をと願うこの国の親たちは、自分の娘がいつか『神託の乙女』に選ばれるように幼いころからしつけに厳しくお勉強にはげませ、つねごろから道徳心やあいの心を持つように言い聞かせて育てる。

 そして歴代の王と王妃の愛情あふれるたくさんのいつや、それぞれ愛する人の家に嫁いでいった乙女たちの幸せなれんあいや人生の逸話を聞きながら、この国の女の子たちもいつか自分もとあこがれて育ってゆく。

 もちろん私もそんな物語に憧れた一人だった。

 もしも『神託の乙女』に選ばれたら、素敵な人と結婚して幸せな人生を送れる。

 つまり、たとえ私がどんなにぐうたらしていても笑って許してくれるような、そんなかんだいやさしい人と結婚して、今世こそのんびりした自由な人生を送れるに違いない――

 前世で私は魔術師だった。

 そう、私には前世のおくがあるのだ。

 前世の私はとはいえりょくをとても多く持っていることがわかったので、とある高名な魔術師の元に引き取られて幼い頃からしゅぎょうしていた。

 ただ魔力が多いからといって、それだけで何でもできるわけではない。

 正しい知識と技術を身につけ、そのわざに魔力を注ぎ入れて初めてほうは発動する。

 だから魔術師の卵となったその日から、とにかく毎日夜おそくまで、ひたすら勉強と修業の日々だった。

 勉強し、じっせんし、失敗して痛い思いをすることも多かったから、つらいと思ったこともある。

 その上かく的体が小さい女性だった私は、力仕事をめんじょされる代わりにせんぱいがたから押しつけられた細々とした雑事にぼうさつされる日々だった。

 でも他に行くところのない私には、立派な魔術師になる道しかなかったのだ。

 なんとか居場所を手に入れたとはいえとにかく常にいそがしかった私は、いつしか将来は何にも考えなくていい、のんびりした時間を過ごすことに憧れるようになった。

 だから今世は貴族の家に生まれたと知り夢がかなったと喜んだのもつかのま、なんと今度は貴族の家に生まれたがために、厳しいれいじょう教育が私を待ち構えていた。

 幼い頃からのれい作法や、歴史や外国語の勉強にダンスや楽器や歌の練習。

 礼儀作法は常にゆうで美しく、歴史は時代ごとの王さまや王妃さま、時のえいゆうの記録だけでなく各時代の経済、政治、思想を深く理解し、ダンスは五種全てをかんぺきおどれなければならず、楽器は少なくとも三種、できれば五種をたしなむことがすいしょうされる。

 語学は古代語をふくめた複数語を習得し、歌は正しい姿勢かつ美しい発声で、歌える歌は多ければ多いほどい。

 もちろん全て、幼い頃から専属の教師がついてもう特訓である。

 特にその最終的な目標は『神託の乙女』になって王太子妃、ひいては王妃になることなので、歴代全ての王妃については名前だけでなくそのしょうぞう画とともにその人がどのように素晴らしい人物だったか、どのようなぎょうげたのかといったことを、それはくわしく学ぶのだ。

 つまり『神託の乙女』を目指すこの国のいっぱん的な令嬢教育は、内容もぼうだいで要求水準もとても高く厳しいものだった。

 しかもそれらをやっと一通り習得して、さあ結婚相手を探すために社交界にデビュー、というところで今度は使用人としてくるくると働く生活になってしまった。

 人生二度目なのに、いつまでっても夢は叶えられない。

 どうもあの私の前世は、家にある歴史書を見るかぎりだいたい前時代の終わりあたりのようだ。

 なにしろ魔術師という職業が、実は五百年以上も前にぜつめつしたらしいのだから。

 この国は、私の記憶にある前世の時代のもう少し後あたりで、とつぜんってきたりんごくとの戦争に負ける。

 そしてその後は軍事国家だった隣国が我が国で発展していた魔法をきょうに感じて全ての魔法書をはらい、魔術師をはくがいしてこの国を支配した暗黒の時代となる。

 その結果、我が国から魔術師や魔法といったものが消えた。

 それでもひそかに口伝で魔法をいだとある魔術師が苦難の末にやっと国の独立を果たして王になった時には、すでにほとんどの魔術が失われていた。

 だから今のこの国の人たちは、誰もが魔力を持っているのに、その魔力を使う術を何一つ持っていない。

 だがそれでも今は国が問題なく成り立っているので、いまさら魔法を復興させようとする人も少なく、私も前世はそんなにたいした魔術師ではなかったので、今特別に何かができるわけでもなかった。

 でも、ああ、あの時もっとたくさん勉強していたら、今何か役に立てただろうか。

 結局、前世のえいきょうか今も魔力だけは山ほどあるのだが、それを私は完全に持て余していた。

 なにしろ使い道がないのだ。

 今までで私の魔法が一番役に立ったのは、幼い頃にだんまきに火をつけた時くらいだ。


「ほんとエスニアの魔法は便利ねえ」


 昔、私の母がそう言って喜んでくれたのが、今の私の魔法についてのほぼゆいいつの思い出である。

 まあ正直なところ、今回どうして私が『神託の乙女』に選ばれたのかはわからない。

 もっとれいで教養もあって性格も良い人なんて山ほどいるだろうに。

 だがとにかく選ばれたのなら、この話には乗るしかない。

 長い長いこの国の歴史の中で、きっと私と同じようにどうして選ばれたのかわからない娘が混じったこともあったはず。

 だからまあ、ここはなおに喜ぶことにする。

 何故なぜかなんて考えても、どうせ答えなんてだれも持っていないのだから。

 なにしろその失われた前時代に存在した伝説の大魔術師の一人が作ったという神器『神託の水盤』が、どうやって乙女たちを選んでいるのか、もはや誰にもわからなくなっているのだ。

 今はもうそんな高度な魔法を作るどころか理解できる人さえいないので、もしもそんな前時代の遺構がこわれでもしたら、修復さえもできないらしい。

 だから。

 わーい選ばれた、うれしいな。

 ありがとう前時代の遺構を守り続けてくれた人たち。

 おかげで私は第二の人生を得られそうです。いや第三か?

 これで私はどこかの老人や変態と結婚せずに済むだろうし、なんなら優良で善良で素敵な人と結婚できるだろう。

 そう、どんなに私がぐうたらしていても文句を言わないで笑って許してくれるような。

 そんな素敵な人生を今度こそ私は手に入れるのだ!

 ああ今世こそ、ぐうたらして生きていきたい。

 でも万が一でも王太子妃になんてなったら、ぐうたらできないのは明白だ。

 歴史上の王妃たちはみな、それはそれは働き者で一生を国のためにささげたじんばかりなのだから。

 だから私はあえて落選する。それならきっと簡単だ!

 そんな脳天気かつ不誠実なかくで、私は『神託の乙女』がしばらく過ごすという王宮に乗り込んだ。

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