前世愛のない結婚をした夫が今世、王太子になってこっちを見てくる

吉高 花/ビーズログ文庫

プロローグ①


「どうして! どうしてイモジェンではないの! イモジェンの方が何百倍も美しくてわいらしくて王太子殿でん相応ふさわしいのに!」


 カーライトはくしゃくじんが激しく大声でさけんでいた。

 そんな場面をたりにして、私はうすよごれた下級使用人の格好のままおどろいて部屋の入り口近くで固まった。


「あー、王宮はエスニアとイモジェンをちがえたのではありませんか? もしかして『しんたくすいばん』はカーライト家のむすめと言ったのでは? それならばきっとイモジェンのことだと……」


 夫人のあまりのけんまくに、とうはつの半分ほどがはかなくなってしまっているカーライトはくしゃくおそる恐るといった感じでそんなことを言い出した。

 その言葉を聞いて初めて、私はこの家に『神託のおと』に関する使者が来ていたのだと知った。

 何かしきの中がさわがしいと思ったら、まさかそんなことが起きていたとは。


「そうですよ! 絶対にイモジェンです! 使者さまも見てください! この娘のらしさは使者さまの目にも明らかでしょう! さあさあイモジェン、なみだいて。使者さまにあなたのてきがおを見ていただきましょう。そうしたら使者さまだってきっとわかってくださるわ」

「そうですわねお母さま……使者さま! 私、『神託の乙女』としてがんります! そしてきっと王太子殿下のお心を射止めてみせますわ!」


 しかし使者さまはこんわくしたように言った。


「『神託の水盤』は、そのようなあいまいな表現はいたしません。国王陛下は『エスニア・カーライト』さまというおじょうさまをお呼びです。そちらにいらっしゃるイモジェンさまの他にも、エスニアさまというお嬢さまがこの家にいらっしゃるはずです」

「そんな名前の娘なんて私にはいませんわ!」


 そくに夫人が叫んだ。

「ここの娘は私だけよ!」

「しかし貴族ねんかんによれば、このカーライト伯爵家にはエスニアさまというお嬢さまもいらっしゃるはず」

「ああ……ええと、それではどうでしょう。『神託の乙女』としてイモジェンをから出し、エスニアをイモジェンのじょとして付き従わせます。それで王宮で、どちらが本当に『神託の水盤』が選んだ娘なのかをご判断いただくというのは」

「ではエスニアさまというお嬢さまもいらっしゃるということですね? その方は今どちらに?」

「そんな娘は私にはおりません!」


 即座に夫人が叫ぶ。


「では今カーライト伯爵がおっしゃった、侍女につけるエスニアというのは」

「あんなみすぼらしい娘を使者さまにお見せするなんて、ずかしくてできませんわ! あれは我が家のはじです! ましてや『神託の乙女』になんて、あり得ません!」


 そう叫ぶ夫人に、ちもきらびやかな使者さまは冷たい視線で静かに告げた。


「『神託の水盤』はかつて、ひんこんにあえぐ平民を指名したことさえあるのはご存じですね? 今どのような状態でも、とにかくエスニアさまをここへ呼んでください」

「あれはこの家からは出しません! 家の恥なのですから! あんなのが王宮に行っても我が家の恥をさらすだけです! それよりずっとこのイモジェンの方が、全てにおいて素晴らしいのをどうしておわかりにならないのですか! 誰がどう見ても明らかではありませんか!」


 もはや夫人はパニックになっていて、使者さまにイモジェンがいかに素晴らしいかをとにかくひたすらまくし立てた。

 しかし、使者さまはあくまで冷静だった。


「とにかく、その『エスニア』という名前の人物をここに呼んでください。私は王の代理としてここに来ています。これは王命なのです。逆らうことは、反逆とみなされます。それでもよろしいのですか?」


 とうとう「反逆」という言葉まで出たところで、ようやく夫人はだまった。

 もうぐっしょりとれたハンカチでまたあせを拭き拭き、カーライト伯爵はしぶしぶ言った。

「……エスニア。王宮の使者さまにごあいさつしなさい」

「はい、お父さま。使者さま、はじめまして。私がエスニア・カーライトでございます」


 そうして初めて私の姿が使者さまの視界に入ったのだった。


「ああ! あなたがエスニアさまなのですね。それではエスニア・カーライトはくしゃくれいじょう


 あなたは今代の『神託の乙女』に選ばれました。つきましては至急、王宮へおしください。国王陛下がお待ちです」


 とつぜん、バターン! と大きな音がした。

 私のままははが失神してたおれた音だった。

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