第3話 続・珠枝の物語とあの男の正体
そのあと、わたしと
向かいは別のビルなので
家賃はあの部屋よりもちょっと高いけれど、そのかわりちょっと広い。二人それぞれ一部屋ずつ、共用の部屋が一つの部屋が取れて、それにダイニングキッチンという間取りからするとかなり納得できるお値段だ。壁も分厚くて防音性能もいい。ここの大家さんの、頭に髪の毛が少ないおじさんは、「何せこのビルはバブル前にできた古い建物ですからね」と言っていたが、不都合なところは何もなかった。
わたしと篠子は、共用の部屋に
その部屋に住み始めてひと月ほど経ったころのことだ。
この日も、二人で夕食を食べ、順番にお風呂に入り、共用の部屋で、絨毯の上にぺったんとお尻を下ろして、座敷テーブルをはさんでテレビの夜のニュースを見ていた。
やっているのは詐欺グループが摘発されたというニュースだった。でも、わたしにはニュースの内容なんてどっちでもよかった。篠子にとってもそうだろう。
ただ、二人で、つぶつぶ感たっぷりのジュースを飲み、スモークチーズを食べているときに、何か映像が動いてないともの寂しいのでつけていただけだ。
が。
「あ」
と、篠子がそのニュースの画面に目を向けたまま、動きを止めた。
「うん?」
わたしはなぜ篠子がそんな反応をしたのかわからない。
篠子はすばやくリモコンを取ると、ミュートにしていた音声を復活させた。
復活した音声では、ニュースを読むアナウンサーがたんたんと言っていた。
「逮捕されたのは、自称不動産仲介業の……」
その容疑者の名には覚えがある。
「あ!」
少し遅れて、わたしも篠子と同じ反応をする。
篠子よりちょっと大げさに。
画面に映っているのは銀色のフレームの細い眼鏡をかけた、ちょっと幼い感じの男だった。
眉を寄せ、斜め上をにらんでいる、自信なさげ、というより、何かにおびえているような顔写真だが。
「こいつだよね?」
篠子が言う。わたしも
「うん」
とうなずいた。
この銀色フレームを茶色の太いフレームに置き換えると、たしかに、あの「感じのいい男」になる。
眼鏡のフレームが変わるだけで、こんなに感じが変わるんだ、と思った。
「悪いやつだったんだ」
と篠子が言うので
「うん」
とわたしもうなずく。
この男が逮捕されたのは、わたしと篠子に質のよくない部屋を押しつけようとしたなんていうちっぽけな容疑ではなかった。十億単位のカネが動く不動産投資詐欺にかかわった容疑だという。
アナウンサーは続けて「捜査当局は引き続き背後関係を探っています」と言っている。
ということは、たぶん、逮捕されたというあの茶色眼鏡の男は「下っ端」で、「背後」のほうにもっと「悪いやつ」がいる、ということだろう。
あの出来の悪い家そのものがその不動産投資詐欺のプロセスでできた物件だったのか、それともそれとは関係なくあの男が詐欺の「副業」として質の悪い不動産の仲介をやっていたのかはわからない。
そんなことは、いまのわたしと篠子にはどっちでもいいことだ。
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