第13話 異常

 「……いない?」


 46階層はまるっきり静かだった。さては待ち伏せかと警戒しながら進むもそんなこともない。ただ静謐さに満ちているだけ。殺意も鬱々とした感情も、およそ魔物が発するもの全てが感じられない。


 「こんな事象は記録されていないのですが……」


 セリーナさんが当惑する。


 「俺も聞いたことないですね……」


 俺自身ダンジョンに詳しいわけじゃない。でもダンジョンギルド発行、『初心者向け ダンジョンとは?』という冊子にも『ダンジョンは各階層に魔物が出現する空間』という文言がある。これを見る限り魔物の出現しない階層は無いと理解できる。すわ異常事態。先にこの階層に到達した冒険者が魔物全匹を鏖殺おうさつした、というわけでもなさそう。


 判断つきかねるのは俺がダンジョンや魔物について全くもって無知だからだ。ダンジョンについて結構情報収集をしたセリーナさんもどう動くか迷っている。


 とはいえ立ち止まるという選択肢はない。どんな理由でこの事態が起きているにせよ、いずれ最下層まで行くことを考えればむしろこの状況は好機だ。


 と、1匹変なのが歩いてる。変、というのは魔物の種類がではなく格好が、だ。いや、よく見れば歩き方も変だ。あっちへフラフラこっちへヒョロヒョロ。ただ足取りはしっかりしていて、くたびれた酔っ払いのサラリーマンという風態ではない。


 くすんで汚れた白衣に肩からかける鞄。フィールドワークに出てきた学者といった感じのなりで、一瞬人間かとも思ったがやはり魔物だ。


 ならば容赦は不要と鉛玉を叩き込んだ。撃たれるまでこちらには気付かなかったようで、撃たれたらばたりと倒れた。


 果たしていったいどんな魔物だったのかと身体を確認してみれば驚いたことに武器をなんら所持していない。そして鞄は大量の白の花弁が溢れていた。


 「ワイべの花弁ですよ。マイン・シャッツの主材料の1つですね」


 そう説明するセリーナさんは困惑気味だ。なぜ魔物がこんなものを集めているのか。魔物に何かを収集する習性は無い。少なくとも長いらしいこの世界の歴史で確認されていない。


 しかも花全体ではなく花弁だけが集められている。例外的に魔物は自然に落ちているものを武器として拾うことはあるようだ。しかしどう見たって花は武器じゃない。


 どう解釈したら良いものかまるで分からない。



×××××



 進み続けなんと48階層。ここでようやく、そして驚きとともに会敵した。眼前には百を越すかと思われる数の、整然と横陣を組んだ騎士団。20人程が横一列に並びそれが複数列ある。


 なるほど、少数では俺達に太刀打ちできないと考えてこの階層まで引いていたか。こいつら並の魔物とは比べ物にならないほどの知能を有してる。


 突然響く太鼓の音。無秩序に打ち鳴らされるのではなく、明らかに意図したそのリズム。合わせて騎士が一斉に前進を開始する。盾と槍とを組み合わせたファランクス陣形。


 お互いの距離およそ100m。一刻の猶予もならんと即座に射撃開始。騎士が次々と倒れ、それでも前進は止まることはない。騎士が一歩また一歩と進むごとに大地を踏み締める音が響く。音はそのまま威圧となり、俺はまるで巨象に踏み潰される蟻の気分だ。


 何より騎士の発する殺意。無秩序にばら撒かれる暴力のような殺意ではなく、統制されただ自分1人を殺そうとする冷然とした殺意。


 なるほどこれが兵士か。


 マガジンの弾が切れた。銃本体を振ってマガジンを落とし、新しいマガジンを挿す。この危急においてマガジンを一々ポーチに戻している時間なんてない。


 槓桿を引いて弾を薬室に送り込んで射撃再開。セリーナさんはもう何回もリロードしている。


 一列目は全員倒れ、二列目も被害甚大。それでも敵は構わず歩調を緩めない。これは……、殴り合う白兵戦になる。


 マガジンの半ばを撃ったところで騎士とは指呼の距離。フルオートで弾を撃ち切りマガジンを新しいものに変え、フルオートでこじ開けた騎士達の間隙に飛び込んだ。


 隊列に飛び込んだからには騎士は槍を振るえない。俺の意図を瞬時に読み取ったセリーナさんも同様に飛び込んだ。


 セリーナさんの戦い方は圧巻で、何より優雅であり典雅だった。血生臭い、とまでは言わないが、相手の息がかかるほどの近距離。その中を自在に動き回りナイフとワルサーを駆使して騎士を斃す。そんな凄惨な光景なのに、セリーナさんの戦う様子はまるで白鳥が舞っているよう。


 そういえば元は護衛役で近接戦闘を得手としていたのだったか。その本領発揮といったところか。


 見惚れてばかりもいられない。銃を脇に抱え込むように構えるタイトレディで、往年のランボーみたいな格好で撃ちまくる。全く狙わなくたって撃てば当たる距離。


 腰撃ちで近くの敵から撃ち斃し、後ろから切り掛かるかかる騎士は蹴り飛ばす。セリーナさんの背後の危機を射撃で解決し、セリーナさんも俺の背後の騎士を一発の拳銃弾で撃ち抜いた。


 それにしたってこの騎士達の知能の高さはどういうことか。盾と槍を使っていたのが俺達が隊列に飛び込んだ瞬間、何の迷いも無く剣に切り替えた。


 またマガジンの弾が切れた。射撃が止んだことで、好機と眼前の騎士が剣を振り上げ踏み込んできた。


 騎士が剣を振り下ろすより先に俺が一歩踏み込み、stg44で首に打突を加えた。よろけて態勢が崩れたところへ追撃。グリップを握っていた右手をストックの根本へ掴みかえて、アゴへストックでアッパーを喰らわせ倒した。


 その隙にリロード。完了したならばすかさず騎士に射撃。


 あれほどの数を揃えていた騎士も減っていて、欠けてボロボロになった櫛の歯のよう。


 俺とセリーナさんは騎士の隊列の後ろ側に抜き出た。甲冑で動きの遅い騎士を置き去りにして出口へ向け走る。


 可能ならこのまま騎士を置き去りにして下の階層へ行こうか。チラリとセリーナさんに目を向ければ、それが良い賛意の頷きを返す。


 2人して駆ける。今気付いたが、2人して隊列に切り込んで戦っていたから息がとっくに上がっている。はち切れそうな肺に無理矢理負荷をかけて足を動かす。


 敵が弓をはじめとした飛び道具を装備していないのは幸いだった。


 チラリと後ろを振り返ってみると複数体がこちらの意図を察したようで盾を投げ捨て、剣だけで追撃してくる。


 けどどうしたって甲冑を装着していたらこっちには追いつけない。


 足が張り裂けそうな状態で、盛大に転がるように階層の出口に達した。


 「……帰りましょうか」


 どちらからともなく言葉が出てきて、2人して深刻な顔して首を縦に振った。

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