第12話 嘆きの近衛騎士

 嘆きの近衛騎士団。ダンジョン40階層、特に45階層以下に出現する魔物。


 近衛このえ、というのは王を守る直属の兵士のことだ。当然選りすぐりの精鋭中の精鋭が務める。


 ガシャン、ガシャン、と重厚な鎧が動く音が聞こえるここは44階層。ブラックウィドウ達が巣食う階層と比べて明るく、遠くから観察することができる。


 頭から足まで、銀色のところどころ錆びた鎧に身を包んでいる。


 ところで、なんで魔物の集団に『近衛』なんて名称がついているのか。鎧に共通の花の刻印があるから騎士団は理解できる。しかしなぜ近衛なんてついているのか。


 それはある冒険者パーティーの目撃証言に由来する。ダンジョン深部で騎士が馬車を列を成して護衛していたというのだ。


 おおよそ10年前の目撃で、おそらく尾びれなんかもついてるだろうが、馬車は確かに目撃されたそうだ。


 「あれは……」


 「騎士ですか」


 視線の先にいるのは全身を鎧に包んだ騎士。しかし目が不気味に赤く光り、肌は黒い靄のようなもので構成されているから明らかに魔物だ。


 セレクターを単発にいれその流れのまま射撃。銃声のすぐ後に続いて鎧が地面に落ちてガラガラと耳障りな音を立てた。


 概して、彼らは個体であればさほど脅威にならない。なるほどこの世界の冒険者からしてみれば強敵だろう。このダンジョンでは初めて明確に防具を身に纏った敵でもある。


 しかしこちらはこの世界の文明を超越した利器であるアサルトライフルを持ち、弾は容易に鎧を貫通し魔物の騎士を斃す。


 42、43階層と下ってもそれは変わらない。どころか散発的にしか現れないからかなり楽に進むことができる。


 44階層目から一変した。彼らは複数体で現れ、連携をとってくる。上層階では複数体の魔物に襲われることはあっても、そいつらが連携をとることはなかった。結果として包囲されたり、波状攻撃を受けたとしてもそれは偶然の産物である。


 眼前の狭い通路で2体の騎士が盾と槍を隙なく構えた。側面からの攻撃は不可、近付こうにも槍がそれを許さないファランクス、と呼ばれる戦法だ。


 だがこちらは近付く必要なんてまるでなく、ただ銃弾を送り込む。盾を貫通した後でもクルツ弾は鎧を穿うがつことができた。


 通路に銃声が、硝煙とその臭いが満ち、そして騎士が地に伏す。


 苦戦を強いられるのはセリーナさんだった。さすがにハンドガンでは盾と鎧両方を同時に貫通することは不可能なようで、頭部だけを正確に狙うことを求められている。


 「なんかああいうのを一気にまとめて倒せるの、ないんですか?」


 セリーナさんは騎士の硬さにうんざりしていた。


 「あるにはあるんですけど……。それ使うと我々ももれなく死ぬか重傷負うんですよね……」


 手榴弾はこういう限られた空間では効果的だろう。にも関わらず使わないのには明確な理由がある。それが爆発に伴い生じる衝撃波。


 手榴弾は基本的に爆発による破片と衝撃波で敵を殺傷する。破片については身を隠せば、ダンジョンの場合角の向こうにでもいれば安全だ。


 しかし衝撃波、こいつは別だ。衝撃”波”とある通りこいつは波で、角の向こうにいても壁に反射したこいつは襲ってくる。しかも閉鎖された空間にいたら波は方々で増幅されその威力を増す。湯船に水滴を垂らしたら波紋が四隅目指して広がるだろう。そして隅に達したならば今度は折り返して中心に向かう。これが手榴弾の衝撃波でも全く同じことが起きる。


 もしそんなものを食らったなら体中の臓器が破裂するなりして傷付いて、血を吐きながら悶え苦しみ死ぬだろう。だから手榴弾は使えない。


 「そうですか。残念です」


 しょうがないもんはしょうがない。そんな口調で願望を追いやるとセリーナさんは再び戦闘に意識を集中した。

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