第10話 ダンジョンとCQB

 38階層。薄暗くジメジメとした湿気に満ちていて、幽霊が本気を出す。大勢で現れ、そしてより凶暴になり新しい攻撃手段を使ってくる。


 俺の前、と言っても70mくらい先で幽霊がベールの下の口を開け、そして叫んだ。


 黒板を爪で引っ掻いたような身の毛のよだつおぞまましい叫び声。耳に突き刺さりそして平衡感覚まで破壊してしまう……、のだが俺とセリーナさんには効かなかった。


 というのも、なんとイヤーマフがその声を完璧に遮断するのだ。これは思わぬ副産物だった。


 これで幾分か楽になった。とはいえ油断は禁物。一瞬でも気を抜けば致命傷を負う。


 そして戦闘を困難にする要素が1つ。暗い。上層階でも暗かったが、それでも薄暗いくらいで通路の奥まで見通すことができた。けれどここではそれはかなわず、通路の奥は真っ黒。


 結果何が起きるかというと、どこに照準しているかわからなくなる。stg44において照準をつけるアイアンサイトは手前がVの字、奥がIの字の典型的なもので、両方とも黒で塗装されている。


 そう、アイアンサイトと奥の暗闇が同系色であるために狙ったときにサイトと暗闇が一体化してしまうのだ。


 セリーナさんは早々に短弓に持ち替えた。


 俺が日本で生きていた時代には、光ファイバーを用いることで視認性を上げるサイトがあり、それなら暗闇でも狙える。が、俺は持ってないし、そも第二次世界大戦の銃に組み込めるとも思えない。


 一応感覚である程度狙えはするが、どうしてもばら撒く感じになってしまう。


 さらにこの暗闇はブラックウィドウに非常に有利に働いている。墨汁の底のような黒衣を纏っているために視認が著しく困難なのだ。


 冷えた空気の通路で紗々の黒が僅か揺れる。来た。悪辣あくらつなことに不規則に蛇行し、そのくせ高速で迫る。


 幸いにも現在地は横にだだっ広くはない。気持ち横薙よこなぎにフルオートで射撃。数発当たり動きが止まったならすかさず止めを刺す。


 「進路を変えましょう」


 とてもではないが長い直線が続く通路は進むに危険すぎる。地図によれば右の方に入り組んだ通路があったでしょうと首を軽く右に振る。セリーナさんがこくりと小さく頷くのを確認すると素早く移動した。


 最長でも奥行き10m、横幅1.5mの狭い通路が続く。いくら高速を誇るブラックウィドウでも入り組んでいては速度を出せない。


 CQB。家屋などの近距離での戦闘。辛うじてstg44を取り回すに困らない。角を曲がる時も、例えば左に曲がる時は右側の壁に背を付けるように動けば銃の長さゆえに構えられない、なんてことはない。


 セリーナさんも再びワルサーp38に構えなおして後衛を務める。


 角を左折。stg44を通常の射撃時のように構えたままでは突っかかってしまう狭い角。


 踏み出した左足を90°左に曲げ角のこちら側に接地、同時に銃床を脇の下に抱え込むように体に引き付ける、タイトレディと呼ばれる構えをとる。


 ねじれた左足に合わせるように腰を回すことで体全体を左に回転させる。こうすることで狭い角でもスムーズに曲がることができる。


 曲がった先、夜空に散る星のごとき細かい紗々の幕。しかしそれにしては物暗く陰鬱で、すぐに俺はブラックウィドウの背中を見ているのだと気付いた。


 未だstg44は脇に抱え込んだまま。体勢としては腰にいた刀に手をかける侍に近い。姿勢のため反動はしっかり構えた時よりキツイが、銃口は敵を向いてるのだから撃てる。


 フルオート。まばゆいばかりの発砲炎が網膜を焼き、排出された空薬莢が壁に当たり高い金属音を立て、そしてブラックウィドウは地に斃れた。


 そろそろ弾薬が危うい。マガジン内の全弾を撃ち切ってからリロードするわけじゃないから正確には把握してないけど、あと90発くらい。残弾が少ないのはセリーナさんも同じらしく、この階層の攻略後は帰還することに決まった。

 

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