第9話 連携

 一週間に及ぶ特訓の後、とうとう俺達2人はダンジョンに挑む。セリーナさんは俺をいきなり30階層に連れて行く気のようだ。


 今回の目的は2つ。1つは俺の実力がどこまで通用するか見定める。そのためセリーナさんは俺の戦闘に極力手出ししない。それからセリーナさんが買ったハンドガン、ワルサーp38の実戦での試射。


 俺が代行してセリーナさんようにハンドガンを買った。アサルトライフルやサブマシンガンではないのはセリーナさんが銃にまったく不慣れなこと、セリーナさんの戦闘スタイルが超接近戦だから。相手の懐で取り回すには小さい方が良い。



×××××



 30階層。そこは悪意と殺意を漂わせる場所だった。何が、とはうまく言い表せないが重苦しい空気が満ちている。


 一週間に及ぶ特訓の末、セリーナさんは俺をいきなり30階層に連れて来た。


 武器の特性上、俺が先行しセリーナさんは後衛を務める。特に今回は俺の実力がどこまで通用するか見定めるため、という目的もあるためセリーナさんは極力手出ししない。


 通路のただなか、石壁に背を預けた白骨があった。鈍く光る鎧はところどころ錆びておりかたわらには剣が無造作に転がっている。


 30階層ともなると人を選ぶそうで、死者の大半は30階層以下なのだとか。


 この階層から魔物はより凶悪になり、中には毒を持つものや炎を吐いたり、飛び道具を使ってくるやつもでてくる。


 前方に幽霊が浮かんでいた。その細さと不気味なまでの白さは女だ。黒の薄いベールを全身に、一部では複数枚纏いゆらゆらと揺蕩たゆたう。ブラックウィドウと呼ばれる魔物だ。


 先手必勝。


 ふわりと柔らかで緩慢そうな動作に反して速度は異常に早く、一瞬で俺の前に来た。そして右手の鋭利な爪を右下から左上に逆袈裟斬りのように振るう。


 「うわっ!?」


 反射的に飛び退く俺の耳にシャッ、と空気を切り裂く音が聞こえる。ダンジョンに来る前にセリーナさんに聞いていたから反応できたものの、何も知らなかったら三枚おろしみたいに切られて絶命してたかも。


 ブラックウィドウが備える長く禍々しい爪。あれで攻撃されたらあっさりと切り裂かれて大量の血に溺れるようにして死ぬだろう。


 第二次大戦の沖縄戦の激戦地の1つ、シュガーローフヒルの米軍兵士の証言の1つに首を撃たれた戦友の模様がある。曰く、首から噴水みたいに勢いよく血が流れて出たとか。


 ブラックウィドウの爪が少しでもかすったら同じようなことになる気がする。


 飛び退いて、そのまま仰向けに倒れた姿勢で銃を構え、セレクターをフルオートにいれた。瞬きするほどの短時間に大量の弾を撃ちたいから単発撃ちじゃ間に合わない。


 銃を90°横に寝かせた状態で肩付けが甘く、反動の制御は難しいがそれは近距離だから問題にならない。射撃。


 ドドドドドン、と直径7.92mmの弾が初速685mで幽霊に向かい、そしてほとんど全弾が貫き、後方の石壁を穿うがった。

  

 幽霊は呪詛をばら撒くように何事か漏らしながらガスが抜けるように消えた。


 右の頬をつうっ、と何かが流れる。触ってみれば頬が切れていて、そこから血が流れていた。


 「ひやひやしましたよ」


 セリーナさんが手を差し出す。


 正直俺もです、と応えて差し出された手を掴んで起き上がる。事前に知っていたから対応できたものの、初見なら相当危なかった。


 こういう魔物が出現し始めるのが30階層なのだ。ちなみに分かりやすく日本で例えると、30階層以下に挑めるのが自衛隊のレンジャー資格保持者、40階層以下が特殊作戦群とかのレベルにある者。


 一歩踏み違えれば死に直結する。いよいよダンジョンの脅威が牙を剥いてきた形になる。


 それでも少なくとも攻撃力に関しては何ら問題ない。だって俺はアサルトライフルを、セリーナさんはハンドガンを持ってるのだから。


 

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