第23話 Moto3 へレス

 4月末、スペイン・へレスにやってきた。昨年はアカデミーの仲間といっしょにバスの長旅でやってきたが、今回は澄江の手配でエイミーとともに、飛行機でやってきた。ジブラルタ空港からさほど遠くはない。

 金曜日、フリー走行。昨年、タレントカップで走っているので、コースの感覚を思い出しながら走る。全長4500mほどのテクニカルコースである。各所でブレーキング競争をしかけることができる。

 まずは、上りの右90度コーナー、続く2~5までは上りのS字だ。まるでMOTEGIのS字のようだ。そして右の中速コーナーを抜けると下りのストレート。ここが一つ目の勝負どころ。第6コーナーのドライサックコーナーは追い抜きポイントだ。MOTEGIの90度コーナーに似てなくもないが、それほどきつくはない。第7・8と左コーナーが続き、第9・10は右コーナーの連続。この4つのコーナーはラインどりが難しい。その後、右の高速の第11・12コーナー。へレスは右コーナーが多いので、MotoGPマシンは左右でコンパウンドの違うタイヤを使うこともあるそうだ。それで、ショートストレートの後の最終コーナー。ここが最大の追い抜きポイントであり、転倒しやすいコーナーでもある。右コーナーが4つ続いてのきつい左コーナー。タイヤの左側は冷えていることもあるのだ。この感覚を取り戻すのに数周を要した。

 フリー走行はエイミーとスリップを使いながら走ったので、比較的いいタイムが出せた。10位のタイムで、今回はQ2からの予選となった。

 その日の走りを終えると、監督のジュンさんから誘いを受けた。他の日本人ライダーもいっしょだ。そしてコース脇にあるフラミンゴ像で手を合わせた。

「この像は、ここで1993年にここで亡くなった若井伸之さんのモニュメントだ。彼はピットロードを走っていた時に、飛び出してきた人をよけてコンクリートウォールに激突して亡くなった。悲しい出来事だ。それ以来、ピットロードでのスピード制限が厳しくなったし、サイレンやブザーでピットイン車両がいることを知らせるようになった。ここへレスは熱狂的なファンが集まる。レースが終わった後に、観客がなだれこむ事もある。皆も気をつけてほしい」

 という話を聞き、あらためて手を合わせる皆であった。


 土曜日、予選。午前に降っていた雨がやみ、コースはほぼ乾いている。でも、ところどころウェットパッチと言われるうすい水たまりがある。ラインをはずすのは要注意だ。昼前のMotoGPの予選で地元出身の英雄マルケルがポールポジションをとって、観客は大盛り上がりだ。夕方のスプリントレースはすごいことになりそうだ。

 エイミーといっしょにピットを出たが、目の前に山下がいる。前回のレースで好調だったので、二人でついていくことにした。おかげで1分46秒998をだせて、予選6位を獲得できた。エイミーは予選7位。山下は予選5位である。

 夕方のスプリントレースは荒れに荒れた。まずスペンサーJr.が他のマシンと接触し、転倒リタイヤ。今シーズンH社は振るわない。D社のマシンに完全においていかれている。それに上りきった第5コーナーで3台同時にスリップダウンするなど、転倒が相次いだ。ポールのマルケルも9コーナーでスリップダウン。なんと転倒者が15台も出るという大荒れのレースとなった。優勝は今シーズン好調のマルティーニ。2位は新人のアコスト、3位にはY社のクワンタロが入った。日本のマシンが表彰台にあがるのは久しぶりだ。H社の岩上も11位に入っている。チームオーナーのハインツ氏は4位に終わった。ドラマはそれで終わりではなかった。レース後車検でクワンタロのマシンに問題があり、順位降格となったのだ。それでハインツ氏が3位入賞。表彰台ではなく、ピット前でシャンパンファイトをすることとなった。

 転倒マシンが多かったのは、やはりウェットパッチが原因だった。ウェットパッチにのって、水気を含んだタイヤでコーナーリングをして、スリップダウンをしてしまったということだというふうに考えられた。明日はすっかり晴れてほしい。


 日曜日。快晴。ウェットパッチの心配はない。

 決勝スタート。無難に1周目を抜けた。ところが2周目、トップを走っていたアレンソが最終13ターンでスリップダウン。すぐに復帰したが、最後尾になった。

 3周目、ジム・フランクがトップに出た。予選4位にいたので、トップに出るチャンスと見たのだろう。トップ集団は6台になりそうな雰囲気だ。ジムを先頭にムニュス・ケルソン・山下・エイミーそして私の順だ。鈴本はマシントラブルでスロー走行をしていた。おそらくピットインだ。古山は後続集団にいるらしい。

 8周目、山下がファステストラップを出して上位3台にせまる。そのせいでトップ集団は4台になり、エイミーと私は少し引き離されてしまった。その後、ずっとその状況が続く。エイミーとテクニックもマシンもほぼ同じ。アクシデントさえなければ抜くのはできない。まわりには仲良くアベック走法をしているようにしか見えなかっただろう。

 18周目、残り2周。山下が遅れてきた。タイヤがへたってきたのだろう。だが、私たちのところまでは落ちてこない。

 ラストラップ。ジムとムニュスの戦いになった。そして、そのままの順位でフィニッシュした。ジムはマシンひとつ分の勝利。初優勝だ。ウィニングランではウィリーをしたりして、喜びを体いっぱいに表していた。

 驚きなのは、アレンソである。結果11位でポイント獲得をした。最後尾まで落ちたのに15台を抜いてきたのだ。すごいライダーだ。

 ピットにもどってきて、監督から

「二人仲良く走っていたな」

 と言われた。

「エイミーの走りを研究していました」

 と応えると

「実は、二人でこけないかと心配していたんだよ」

 と言うので、肩をすぼめて(それはないよ)という素振りをしたら、監督は笑っていた。エイミーからはハグをされ

「 I am tired , very very tired . You ? 」

(疲れた。とてもとても疲れた。あなたは?)

 と聞くので

「 Me too 」(私も)

 と応えるのがやっとだった。

 次戦は2週間後のフランス。MOTEGIに似ているサーキットで私の好きなところだ。予選勝負だと思う私であった。

 ちなみにMotoGPの結果は、昨年のチャンピオンであるバナイヤが優勝。そして2位には地元の英雄マルケルが入り、観客は大盛り上がり。3位にはレジェンド、ルッシの愛弟子マルコ・バゼットが入り、応援に来ていたルッシを喜ばせていた。

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