第20話 Moto3 カタール

 1月末にザルツブルグにもどってきた。また寮生活が始まった。エイミーもかつてのアカデミーのメンバーもいっしょだ。そこに一人の仲間が増えた。マネージャーの川江澄江である。当初は別の住居をさがす予定だったが、監督のジュン川口の口添えで寮に入ることができた。

 その翌日、澄江は深刻な顔をして私のところにやってきた。

「ももかさん、すみません」

「澄江さん、どうしたんですか?」

「実は、ももかさんの専属マネージャーをクビになりました」

「エッ! どうして? ジュンさんに抗議しないと」

 と言うと、澄江は思わず笑ってしまった。

「ごめん、ごめん。ちょっと意地悪言いました。実はMoto3のチームマネージャーになれと監督に言われました」

「エッ! チームマネージャーになったの? ケニーは?」

「ケニーはE-GP3の専属マネージャーになりました。Moto3は女性ライダー2人だから女性マネージャーがいいだろうということで私が指名されました」

「それはよかった。実は私専属だとエイミーに悪いなと思っていたの。これでエイミーとも仲良くやれるわ」

 ということで、澄江さんは多忙な日々を迎えることになった。でもMotoGPに正式に関われることで、喜んで仕事をしていた。ピットにも堂々と入れるからだ。

 3月初め、中東カタールに入った。私にとっては、初の中東である。飛行機から見下ろしていると砂漠の中に突如都市が出現した。空港は涼しいが、一歩でるとモワッと暑い。今までに経験したことのない暑さだ。でも、蒸し暑くはないので日陰に入ればさほどのことではない。それにホテルの中はとても快適だ。澄江さんいわく、

「カタールはお金もちの国だから税金はないし、ある意味暮らしやすいですよ。ただ女性はいろいろと制限ありますけどね。あと、アルコールは表向きダメだけど」

「表向きと言うと」

「外国人だけでいるなら黙認みたいよ」

「まぁ、私には関係ないね」

 と、サーキット近くのホテルに入った。

 翌日はフリー走行。TVで見たライダーが目の前にいる。日本人ライダーも3人参戦している。私のゼッケンは17、野球の大谷さんの背番号にあやかった。エイミーは16である。

 私はゼッケン72の古山についていくことにした。同い年ということもあるが、参戦2年目で勢いを感じたからである。古山は2分4秒程度で走っている。トップのタイムとは2秒ほど離れている。タイヤが今シーズンからP社に替わっている。今までD社を使っていたので、感覚が微妙に違う。コーナーでの接地感が違うのである。個人的には少し硬い感じがし、滑りやすく感じる。でも、へたりはその分少ないのかもしれない。様子見としてはこんなものだと思った。

 土曜日の予選、またもや古山の後に走る。トップのタイムは2分2秒276。古山は2分4秒071で予選18位。エイミーが2分4秒088で予選20位、私は2分4秒095で予選21位となった。最後尾ではないが、後方からのスタートとなった。

 その日の夜、ホテルでジム・フランクと顔を合わせることがあった。エイミーもいっしょである。エイミーが

「 Hi ! Are you fine ? 」(やぁ、元気?)

 と聞くと、

「 Ah , fine . Thank you . 」(ああ、元気だよ。ありがとう)

 と愛想のない返事で、すたすたと通りすぎていった。

 エイミーは少しおかんむりだ。でも、ジムはチームの仲間といっしょだったので、私たちと親し気に話すのははばかれたのだろう。それにレース期間中でジムは予選16位と、私たちより少しだけいいポジションにいたが、満足すべきものではなかったのだろう。

 翌日、夕方の決勝。昼間の暑さを避けたとはいえ、暑いのには変わらない。この暑さ対策でつなぎにクールダウンする保冷剤を入れておいた。

 16周のレース。スタートは混乱の中に入ってしまった。他のマシンに接触しないように気をつけて走る。何とか接触に巻き込まれずに第1コーナーを抜けることができた。ロサイルサーキットは右コーナーが多い。第4コーナーと第5コーナーは右90度のコーナーが続く。MOTEGIの第1・第2コーナーに似ている。ここで1台抜くことができた。そしてヘアピンの第6コーナー。ここでも突っ込みで1台抜けた。

問題は第11コーナーの高速左コーナー、ここで前をいく古山についていけるようになった。そして古山のペースでついていくと、どんどん順位を上げていく。

 10周目にはトップ集団に追いついた。ピットのサインボードには「P6」と出ている。なんと15台抜きを果たしている。12周目、トップ集団にトラブルが起きた。高速左コーナーで2台が接触して、グラベルに転がっている。1台はGrokkenカラー。エイミーだ。もう1台はグリーンのマシン。もしかするとジムかもしれない。それで4位に上がった。上位3台とは少し離された。トップ集団はオルガダとアレンソ、そして古山だ。オルガダがリードしていたが、ファイナルラップの最終コーナーでアレンソが抜いてチェッカーを受けた。古山は3位。私は4位。監督から

「初戦にしては出来すぎだ」

 と日本語でほめられた。

 ピットにもどってきて、エイミーに話を聞くと、高速コーナーでアウトから抜こうとしたら、ジムが倒し過ぎて転倒。それに巻き込まれてリタイヤになったそうだ。ライバル心が強い二人ゆえに意地の張り合いの結果かもしれない。

 次戦はポルトガル。去年走ったことがあるので、楽しみだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る