第19話 日本にて 桃佳19才

 12月、私は日本で家族と過ごしている。実家は落ち着く。でも、そろそろ走りたくなった。MOTEGIや地元のミニサーキットで走ることはできたが、レースではなく練習だし、かつてのチームのメカに手伝ってもらうのは少し気がひけた。おもしろかったのは、ショートオフロードコースでのダート練習だ。モトクロスほど本格的ではなく、100ccほどのミニバイクで走る。これだとサーキットにいるスタッフだけで走ることができる。カーブでリアタイヤをながして走ると(やったー!)と心の中で思ってしまう。

 それと日本の運転免許を取得した。オーストリアで免許はとったのだが、国際免許は1年間しか有効ではない。それで正式な免許にするために、試験場での検定を受けたのである。一発合格とはいかず、二度目で合格となった。

 12月26日、私の誕生日。毎年、クリスマスではケーキを食べずに、1日遅れでケーキを食べていた。小さい時はそれがあたり前だと思っていた。小学生のころ、他の子たちは24日の夜にケーキを食べ、25日朝にプレゼントをもらうというのを知り、わが家と違うことを知った。でも、2日続けてプレゼントを渡す余裕はわが家になかったのだと思う。父親はふつうのサラリーマン、母親はスーパーでパートで働いている。7月にオーストリアに来た時も相当無理をしたと思う。

 今年の誕生日にはスペシャルゲストが来た。おじいちゃんの佐藤眞二である。

「ハッピーバースディ、トゥ、ももか」

 の歌を歌っている時に、ピンポーンとドアフォンを鳴らしてやってきたのが祖父だった。初めてわが家にやってきた。今までは母が祖父が家にいれなかった。と聞いている。やっと母が許したのだろうか。母を見ると渋い顔をしながらも、

「ももかが世話になってるからね。家に入るの許したの」

 とボソッと言った。どうやら母は祖父に反抗していたらしい。祖父のプレゼントはヘルメットだった。佐藤眞二のレプリカヘルメットである。うれしいけれど複雑な気持ちだった。これをかぶれば佐藤眞二の孫と言っているようなもの。かぶらなければ祖父は悲しむだろう。困ってしまった。

「おじいちゃん、ありがとう。でも、向こうで大変だったんだよ。佐藤眞二の孫とばれてスペンサーJr.までピットにやってきたんだから」

「チャンピオンのスペンサーJr.に会ったのか、すごいな」

「ハインツ氏にメールを送ったでしょ。それでハインツ氏が私のこと、みんなにばらしたの。ジュンさんは黙っててくれたのに」

「それは鈴鹿8耐でいっしょに優勝した仲間だし、かわいい孫が世話になっているんだからメールぐらいするだろ」

「一言、ばらさないでと書いててくれればいいのに」 

 とちょっとふくれると、母が

「おじいちゃんはいつもこうなの。自分がいいと思ったら、さっさとやってしまう人なの」

「いいと思ったら、すぐにやる。それがレーサーだ。悩んでいたらチャンスを逃す。そうだろ、ももか?」

「レースではね。でも、それ以外では人に相談した方がいいと思うよ」

「そうか、まいったな。孫に1本とられた」

 その後、母と祖父のことをさんざん聞かされた。母が中学生のころから反抗期に入り、祖父といっしょに歩かないようになったそうだ。それまではサーキットとかに連れて歩いて、皆から天使扱いをされていたとのこと。そういうチヤホヤされることに母は嫌気がさしたということだ。大学を出ると、お見合いの話を祖父が何度ももってくる。それが皆レース関係者。母はうんざりして、大学時代の知り合いだった父と突然結婚したという。それ以来、祖父との縁がきれていたらしい。

「一人娘だから、かわいくてたまらなかったんだ。この気持ち、わかるよな。陽一くん」

 と祖父は父に同意を求めた。父は返事に困っている。父が祖父と面と向かって会うのは初めてなのだ。

「ところで、ももか。Moto3に参戦する時のマネージャーはいるのか?」

「チームにはケニーというマネージャーがいるわよ」

「それはチームマネージャーだろ」

「そうだけど」

「個人マネージャーを付けないか?」

「そんなお金ないし、チームがOKだすわけないと思うけど」

「費用はオレが負担する。チームの方は大丈夫だ。ジュンもMoto3参戦の時は日本人のマネージャーがいたんだ。世界を転戦するんだから日本人マネージャーがいた方がいいよ。全部自分でやるのは負担がある。レースに専念するためにはぜひ付けた方がいい」

「それはそうだけど・・」

 と言葉を濁していると、母が

「お父さん、なにを言っているの。ももかにお見合い話をもってきたの?」

 もう完全に親子の会話である。

「ちがうよ。個人マネージャーをつけたらどうだ? という話だよ」

「日本人のマネージャー?」

「そうだよ」

「それはいいね。チームの男性マネージャーだけでは不安だもね」

「そうだろ」

 と言って、祖父はスマホの写真を見せた。

「川江澄江という女性だ」

 その顔を見て、ピンときた。

「この人と会ったことがある! ザルツブルグリンクで会ったカメラマンだ」

「そうか、会ったことがあるか。MotoGPの追っかけカメラマンで、時々バイク雑誌に投稿していたらしい。でも、カメラマンでは食えなくてな。それでオレのところにMotoGPがらみの仕事を紹介してください。とバイク雑誌の編集長といっしょにやってきた。そこで、ももかのマネージャーはどうかな。と思った次第さ。4ケ国語しゃべれる才媛だし、旅行の手配はお手のものだ」

「4ケ国語って?」

「英語・フランス語・スペイン語それにドイツ語だ」

「それって、日本語も加えると5ケ国語堪能というんじゃないの?」

「たしかにそうだな。またまたももかに1本とられましたー」

 と祖父がおどけて言うので、皆が笑っていた。

 

 正月あけに、川江澄江と会った。スーツを着ていると、キャリアウーマンに見える。前に会った時はホームレスに近かったが・・。

「初めましてじゃないですね。川江澄江です。今後よろしくお願いします」

「伊藤桃佳です。お世話になります」

「念願のMotoGPの仕事ができるだけでもうれしいです。夢はあなたをチャンピオンにすることです。いっしょにがんばりましょう」

「ライバルがたくさんいますから、すぐにチャンピオンは無理ですけど、上位にはいたいですね」

「わかりました。マネージャーは本人の意向を大事にします」

 とにこやかに挨拶が終わった。その後、ヨーロッパ行きの打ち合わせをして、手配を彼女に任せた。昨年、自分で全てやったことを思い出すととても助かると思った。

そして1月末、二人でヨーロッパに旅立った。


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