第12話 E-GP3 シルバーストーンにて
8月初め、エイミーとともにイギリスに渡る。ジム・フランクが空港まで迎えに来てくれた。彼の実家はシルバーストーンの近くだということだ。イギリスは左側通行なので、右側通行に慣れてきた私は日本にもどった感覚で彼のクルマの後席に座っていた。
シルバーストーンのパドックにあるモーターホームで着替えをする。今回はMotoGPの前座レースなので、メインチームも来ている。タレントカップは併催されていないので、アカデミーのメンバーは来ていない。メインチームとは今までも何度かいっしょだったが、モーターホームに入ったのは初めてだ。そこに監督のジュン川口とチームオーナーのハインツ氏がいた。ジュン川口が私を見かけ、
「 Ms. Momoka , come to here I'll introduce you to Mr. Haintz . 」
(ももか、ハインツ氏に紹介するからおいで)
と言われたので、緊張しながら二人の前に出た。
「 Brother , this is Ms. Momoka Ito , who has a promising future . 」
(兄貴、この子が将来有望な伊藤桃佳です)
「 I know . She is Mr. Shinji's granddaughter . I received an e-mail from Mr. Shinji . 」
(知ってるよ。眞二さんの孫だろ。眞二さんからメールが来ていたよ)
「 It's not supposed to be said . 」
(それは言わないことになっています)
「 Is that so ? I told the staff on my team . Mr. Shinji's granddaughter , who I won with him at the Suzuka 8 Hours in Japan , is coming . 」
(そうなの? オレ、チームのスタッフに教えちゃったよ。日本の鈴鹿8耐でいっしょに勝った眞二さんの孫が来ているって)
「 Acha! Ms . Momoka , the owner spoke . 」
(アチャー! ももかさん、オーナーがしゃべっちゃったってよ)
それを聞いて、ガクッとなった。きっと今ごろはエイミーもジム・フランクも聞いていることだろう。
「 Sorry , Ms. Momoka . Even if I don't know , I won't give you any special treatment , so please race confidently . 」
(ごめんね、ももか。知らなかったこととはいえ、特別扱いはしないから、堂々とレースをやってください)
とオーナーのハインツ氏から言われたが、そのことで周りから特別な視線で見られることがつらかった。祖父の七光と言われないように頑張るしかない。
モーターホームから出て、ピットに行くとスタッフが緊張して立っている。そこにH社のエースであるスペンサーJr. がいたのである。
「 Are you Ms. Momoka ? I heard that she is the granddaughter of Japanese legend Mr. Shinji Sato . I heard that my grandfather once competed in the World GP . Let's work together and do our best as grandchildren of legends . It's hard until everyone recognizes you though . 」
(あなたが桃佳さんですか。日本のレジェンド佐藤眞二さんの孫と聞きました。私の祖父もかつて世界GPで戦ったことがあると聞きました。お互いレジェンドの孫として仲良く頑張りましょう。みんなに認められるまで大変だけどね)
と握手をして、去っていった。早速、特別の視線を受けることになった。その光景を見ていたジム・フランクとエイミーが近寄ってきて、
「 Momoka! You know some amazing rider . 」
(ももか、すごい人と知り合いなんだね)
とジムが言うので、
「 No , it's the first time it's happened . It's just that our grandfathers knew each other . 」
(いいえ、会ったのは初めてよ。祖父どうしが知りあいというだけよ)
と応えると、エイミーが
「 Momoka's grandpa was a Japanese champion , right ? Momoka's riding skills are inheritrd from her grandfather . 」
(ももかのおじいちゃんは日本のチャンピオンだったのね。ももかの走りはおじいちゃんゆずりなのね)
と言われるのが一番つらかった。祖父から走りのことは何も教えられていない。ただの血筋というだけなのに・・。
金曜日に、フリー走行と予選。天気はいいが、明日の予報は微妙だ。ジムの後に続いて走る。ジムはホームコースだから知り尽くしている。走りにムダがない。10コーナーから続く高速S字では離されてしまう。ストレートで追いつき、というか追いつかせてもらい、90度コーナーを4つ抜ける。まさにチャレンジングなサーキットだ。今まで幾多の名レースがくりひろげられたところで、感動さえ感じた。ジムの教えのおかげで予選4位をゲットできた。ジムはポールポジションである。エイミーは予選7位とチーム3人が縦に並んだ。
土曜日、決勝。MotoGPのスプリントレースの後の消化レースだが、私たちにとっては真剣勝負だ。コースにレッドクロスの旗が振られている。雨が降り始めてきたのだ。まだコースは濡れていないが、いずれレイン状態になるのは目に見えている。3人ともレインタイヤで決勝にのぞむ。フロントロウの2台はドライタイヤを選択している。他のマシンもほとんどがドライタイヤだ。雨は強くならないとふんだのだろう。
レーススタート。案の定、私たち3台はおいていかれる。1周ごとに順位が落ちる。だが、残り2周で本格的な雨になってきた。ドライタイヤのマシンはパレードランみたいなスピードでしか走れない。そこを私たち3人がごぼう抜きしていく。コーナーごとに抜ける。ファイナルラップの裏ストレートでトップ集団に追いついた。そしてストレート後の右90度コーナーでジムがトップにでる。次の16コーナーの左90度コーナーで私が2位になる。そして17コーナーの右90度コーナーでエイミーが3位に上がる。最終18コーナーをGrokkenチームのブルーのマシンが3台並んで抜けてくる。監督のジュン川口とオーナーのハインツ氏は雨が降っているにも関わらず、ピットを飛び出し、コースサイドでガッツポーズをしていたそうだ。
表彰台には私たち3人が立つ。チームのタイヤ選択の結果だが、それを確実にやった成果だ。もっともレインタイヤ選択にはジムの考えが尊重されたという。ホームコースゆえに天候の変化にも詳しかったのだ。この優勝で、来シーズンのMoto3昇格が確定したらしい。
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