第11話 夏バカンス ザルツブルグにて

 7月後半、家族がやってきた。私はまだレンタカーを借りられる年齢になっていないので、父親がミュンヘン空港でレンタカーを借りてやってきた。ナビ付きのクルマというリクエストを出したらベンツCクラスになってしまったそうだ。緊張してやってきたとのこと。

 寮に一度入り、私の生活ぶりを確認し、ザルツブルグの街にでた。丘の中にある地下駐車場にクルマをいれる。街は古いので駐車スペースは限られている。

 まずは中央広場に行く。大きな教会があり、馬車がいくつも並んでいる。まるで絵葉書の世界だ。父親が口を開く。

「ここの大聖堂は、映画サウンドオブミュージックの結婚式の舞台になったところだよ」

 たしかに、子どものころに見た(見せられた)ビデオに出てきた教会だ。大聖堂というだけあって、圧倒される大きさだ。中に入るとまさに荘厳な雰囲気だ。思わず手を合わせたくなる。無駄話などできる雰囲気ではない。ステンドグラスが外の明るさで輝いて見える。すると、父親が

「明日のオルガン演奏のチケットを買ってきたよ」

 と笑みをうかべてやってきた。正午に30分間のパイプオルガンの演奏会があるという。立ち見ならば無料で聴くことができるのだが、父親は指定席をゲットしてきたのだ。父親にこんな趣味があるとは思ってもいなかった。母親に

「パパって、音楽の趣味あったっけ?」

 と聞くと、

「ないわよ。でも映画サウンドオブミュージックが好きなんだって、なんでも子どものころ、おじいちゃんに映画館に連れていってもらって、それ以来、一度はザルツブルグに行きたいと思っていたらしいの。今回の旅行はすべてパパが段取りしたのよ」

「へー、あの面倒くさがりのパパが段取りしたの。信じられない」

「パスポートの申請とか、うるさいくらいだったわよ」

「やればできるのね。ふだんはグータラパパなのにね」

「それ言うと、おこるわよ。まぁ、今回はパパの思う通りに付き合ってあげましょ」

 教会の後は、ゲトライデ通りというショッピングストリートに向かった。ヨーロッパブランドの店が並ぶ。そこで、父親は帽子屋さんに入っていった。そこでチロリアンハットを購入した。結構似合う。妹が

「パパがいつもと違う」

 と驚いている。父親も上機嫌だ。夕食は居酒屋風の店でグリル料理を食べた。ソーセージがやたらおいしかったが、付け合わせのフライドポテトがすごい量でそれだけでお腹がいっぱいになった。

 夜8時になったが、あたりはまだ真昼だ。家族は夜の遅さにびっくりしている。私も3月に来た時に驚いたことを家族も感じている。まだまだ歩いていられると思ったが、そろそろホテルにチェックインをする時間だ。

 クルマで30分もかからずに目的のホテルに着いた。新築のペンションだ。チロル風の切り妻の屋根が見事だ。ここに6部屋あるという。お客さんらしいクルマが3台止まっていた。若女将らしい人が出迎えてくれた。ドイツ語なまりの英語なので、よくわからなかったが、チェックインは無事終わった。2部屋を4泊。およそ12万円である。街の高級ホテルだと、この倍は取られる。リーズナブルな価格だが、TVもポットもない。ベッド2つとシャワールーム兼の狭いトイレがあるだけだ。でも、窓からザルツブルグの象徴の山であるウンタースベルグ山(Untersberg )が見える。父親は映画のワンシーンを思い出して興奮している。Wifiが使えたので、父親はタブレットでサウンドオブミュージックの映画を見直していたということだ。

 朝7時に、朝食。と言ってもコーヒーとパンだけ。ハムもチーズもない。でも、これがペンションのあたり前なのだ。コーヒーは淹れたてでおいしかった。さすがウィンナーコーヒーの国だ。

 今日の旅の始まりは、ミラベル庭園だ。ここも映画のロケ地だ。ドレミの歌を歌いながら、主人公のマリアと子どもたちが走り回ったところだ。樹木がきれいに植えられていて、見事な庭園だ。オープンカフェで飲んだコーヒーがまたおいしかった。母親が

「こんなゆったりした時間を過ごせるなんて、桃佳がザルツに来てくれたおかげだね」

 と言うと、父親が

「おいおい、お金をだしたのはオレだぞ。それも段取りもしたじゃないか」

 と口をはさんだ。母親があきれて

「はいはい、そうでした。パパのおかげです」

 と返した。こういう会話を何度もしているらしい。

 この後、大聖堂に行き、パイプオルガンの演奏を聴いた。初めて聴いたので、その迫力と荘厳さに圧倒された。

 そして、今日のハイライトであるホーエンザルツブルグ城に登る。巨大な城で坂道がきつい。お城のイメージとはちょっと違い、要塞という感じだった。帰路はノンベルク修道院に寄った。映画でマリアが修行した修道院で脱走の手引きをしてくれたところでもある。父親は映画のシーンの解説をしながら自分で興奮している。

 夕食は、ウィンナーシュニツェルを食べた。なんのことはないカツレツだ。またまたフライドポテトが大量に出てきた。温野菜は結構いける味だった。

 3日目、今日はドライブである。まずは、ホテルシュロスレオポルドスクロンへ行く。映画サウンドオブミュージックのトラップファミリーの屋敷である。父親は涙を流さんばかりに感激している。父親以外の3人は少々閉口気味だ。

 その後、インフォメーションですすめられたヘルブルン宮殿へ行った。広大な土地にたくさんの噴水がある。ガイドに案内されて、石のテーブルについた。するとお尻から噴水が出てきた。領主が客人を驚かすしかけとのこと。多量ではないので、すぐに乾いたが、おしっこをもらしたみたいで気持ち悪かった。その後、水で動く仕掛け時計や人形等、目を見張る物がたくさんあった。お城のイメージがまるで変わるテーマパークであった。

 夕食は、ホワイトアスパラガスのベーコン巻きを食べた。クリームソースがおいしい。肉ばかりが続いていたので、とてもおいしく感じた。

 4日目、最終日。父親がハルシュタットに行きたいということで、1時間ほどかけて湖までやってきた。船付き場から遊覧船に乗り換えて、ハルシュタットへ向かう。湖ぞいにカラフルな町並みが続く。そこで飲んだウィンナーコーヒーは絶品だった。景色がよかったからかもしれない。午後はケーブルカーでウンタースベルグに登る。標高1776m。展望台から見るとザルツブルグの街が箱庭みたいに見える。天気もよく最高の景色だった。連れてきてくれた父親に感謝である。

 夕食は街にもどってきて、イタリア料理店に入った。ピザやエスカルゴのグラタンを食べた。グラタンにパンをつけてひたして食べるとおいしかった。

 そこで、父親が変なことを言い出した。

「サウンドオブミュージックの最後の方のシーンで、音楽祭をやっていた野外音楽堂を探していたんだけど、見つからないんだよな。あそこでエーデルワイスを歌うのが夢だったんだけどな」

 と言うと、妹がスマホで調べて

「これじゃないの?」

 と画像を示した。すると、

「そう、これだよ。ドイツ兵がうしろで見張っていたんだよ。これ、どこにあるの?」

「うーん、丘の駐車場の近くだよ」

「えー、そんな近くなの?」

 駐車場への帰り道、注意して歩いていくと、駐車場の脇に鉄の扉があり、そこがたまたま開いていた。昨日までは閉まっていた扉だ。そこから覗いてみると、たしかにそこは音楽ホールだった。ただし、屋根がついていて野外音楽堂ではなくなっていた。なんか修理をしているみたいだったが、ステージの上には上がれそうだ。母親が

「せっかく来たんだから上がってみたら」

 と促すので、父親は調子に乗って、ステージの端っこに立った。だれもとがめはしない。作業に夢中のようだ。そこで、父親は

「 エーデルワイス、エーデルワイス、エブリィモーニング、ユーグリートゥミー」

 と歌い出した。私たちは恥ずかしくて扉の陰に隠れた。でも、父親は最後まで歌い切った。すると、作業をしていた一人が拍手をしてきた。そして、

「 Amazing ! You are good singer , but you have to get out. 」

(すばらしい。あなたはいい歌手だ、でも出ていかなければならない)

 と言ってきた。父親はペコンと頭を下げてもどってきた。

「オーストリアの人はおおらかだね。途中で気づいたようだけど、最後まで歌わせてくれたよ」

 と父親は感激していた。父親にとっては最高の思い出になったのかもしれない。

 5日目、私の寮によってから家族はミュンヘンに向かっていった。3人と別れるのはちょっとつらかったが、いい思い出ができた。冬になったらまた会えることを信じて、家族の力をパワーにしようと思い、涙は流さなかった。涙を流していたのは父親だけである。

 その日の夜、家族は成田へ飛び立っていった。私は寮のテラスからそれらしい飛行機を見送っていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る