第10話 アッセンにて

 6月末、アッセンでMotoGPが開催される。10万人近い観客がおしよせている。スペインほどではないが、ここもバイク好きがたくさんいる。オーストリアからオランダにくる途中、トレーラーにバイクを乗せて高速を走る車を何台も見た。レース車両ではない。ふつうの大型バイクである。天候がよかったら、キャンプ場に車を置いて、バイクで走るということだ。

 およそ12時間でオランダに入った。バスでは2人分の席が使えるので、比較的ゆったりだ。でも、やっぱり飛行機の方が楽だ。1時間で来ることができる。ヨーロッパは思ったより狭い。

 麻実は先週、日本に帰国した。2週間前のE-GP3での転倒によるケガが思わしくなく、精密検査をするということだった。大事にならなければいいが・・。

 アッセンでの予選は、2週間前にも走ったということで、思ったよりいいタイムを出すことができた。ジム・フランクの教えのとおりのラインで走ったら、ポールポジションを取ることができた。チームメイトやスタッフはやんやの大騒ぎだ。チームにとっての初ポールだった。

 決勝のグリッドに並ぶ。夕方とはいえ、夜が遅いので真昼の感覚だ。暑ささえ感じる。観客はほとんどが帰ったが、私は自分の走りをするだけだ。

 決勝スタート。出だしで出遅れた。予選2位のマシンにホールショットをとられた。でも、その方が走りやすい。逃げるよりは追いかける方が性に合っている。

 3周目、トップ集団は5台にしぼられた。マルケルアカデミーが2台、ルッシアカデミーが1台、そして私とエイミーだ。

 5周目、ルッシアカデミーのイエローのマシンが第4コーナーで私の前に出る。ここからきつい左の第5コーナーだ。2週間前に麻実がハイサイド転倒を起こしたところ。私は無理をせず、減速する。やはりイエローのマシンはハイサイド転倒を起こしてコースサイドに転がっていった。

 7周目、11コーナーの左90度でマルケルチームの2台目が私のインに並んだ。1・2をねらうつもりだ。だが、アウトインアウトのラインを守った私の勝ち。相手はアウトサイドにふくらんでいった。

 ファイナルラップ。トップのマルケルチームのマシンにせまる。コーナーごとにポジションを入れ替えて、立ち上がりで元にもどるを繰り返す。

 17コーナー後の短いストレートでトップに並ぶ。私は右。次のシケインではインをさすことができる。最初の右カーブで先にでられれば、次の左でラインをおさえることができる。無理をしてブレーキを遅らせた。タイヤ一つ分前に出ることができた。後は、コースアウトしなければ勝てると思った瞬間、リアタイヤがズルっと滑った。相手は私がこけると思ったのだろう。強めのブレーキをかけた。でも、私はカウンターをあてて、そこを乗り越えた。そして左・右と体重移動をしてシケインを抜け、チェッカーを受けた。ポールトゥウィン。日本でもやったことがない。初めてのことで、思わずマシンの上で立ち上がりガッツポーズをした。まばらな観客とオフィシャルが拍手や手を振ってくれた。

 実は、アカデミーでモタードの練習をしていたのが功を奏した。ショートコースを使ってオフロードマシンで走るのである。ブロックタイヤではなく、ドライタイヤを使う。うまいライダーはグリップ走法ではなく、ドリフト走法を使う。それを真似して練習をしていたのがよかった。今後はモトクロスの練習もある。トライアルの練習も計画に入っている。これもすべてマシンコントロールのためである。アカデミーに誘ってくれたジュン川口に感謝である。

 エイミーも3位に入ったので。次回のE-GP3には二人で参加できる。でも、7月はバカンスシーズン。寮にいることはできるが、食事はでない。しばらく自炊生活のはずだったが、妹から連絡があり

「7月後半、皆でオーストリアに行くからね」

 と言われた。家族3人で旅行に来るとのこと。ザルツブルグでホテルを探すことが私の役目になったが、この時期はザルツブルグ音楽祭で、知られたホテルはいっぱいだった。郊外のペンションにやっと部屋を見つけた。新築のペンションだったので、まだ知られていなかったからである。今から7月後半が楽しみになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る