第9話 E-GP3 アッセンにて

 6月中旬、ヨーロッパは昼が長い。オランダは北欧に近いので、夜11時ごろにならないと暗くならない。そして3時には明るくなってくるのである。ルマンでは24時間レースが開催されている。日本メーカーが強くて、日本人ドライバーも活躍しているのは、同じレースをしている人間としてはうれしい。

 アッセンは、干拓地に造られたサーキットなのでほぼ平らである。二輪専用サーキットということで、他のサーキットと比べるとグリップは少ない感じがする。それとコーナーにバンクがついていて、ふつうのコーナーよりも速く曲がれる。ただ、雨対策なのか、コースは若干かまぼこ型になっていてコース中央がふくらみ、左右は下がっている。ラインをはずすと、すぐにコースアウトしやすいということをジム・フランクが教えてくれた。

 金曜日のフリー走行で、それを確かめながら走ってみた。確かにマシンをコントロールするのが難しいコースだ。全長は4500mほど。でも直線は500mほどしかない。なんか気を抜く箇所がないのだ。特に気を使うのは第5コーナーのヘアピンだ。1~4コーナーまでは右コーナーが続き、5コーナーで左コーナーがやってくる。タイヤが温まっていないと、ここでハイサイド転倒をしかねない。コース全体でも右コーナーが11に対し、左コーナーは6しかない。MotoGPみたいに左右のコンパウンドが違うタイヤがあれば使いたいぐらいだ。

 土曜日の予選、ジムフランクが

「 Come on ! 」 (ついてこい!)

 と言ってくれたので、ジムの後ろを走った。直線が短いのでスリップストリームは使えないが、ジムのペースで走ることができた。コーナーでの切り替えが早い。変な話だが、お尻の動きが素晴らしい。でも、自分もそう見られているのかと思ったら、少し恥ずかしくなった。

 タイムはジムの0.2秒落ち。なんと予選3位に入った。初めてのフロントロウである。麻実は予選6位で私の後ろのポジションにいる。顔を合わせると、にらみつけてくる。負けん気まるだしである。最近は私もにらみ返すようにしている。気持ちで負けられない。

 日曜日、決勝。午後1時のスタートである。午前のウォームアップランは順調だった。天候もいい。昼食はサンドウィッチで済ませる。満腹状態だと調子が悪くなるので、空腹状態の方がいい。監督のジュン川口もレースの時にはほとんど食べなかったそうだ。奥さんと知り合ったころ、無理やり食べさせられそうになり、それを断ったら、泣かれたことがある。と話していたのを聞いたことがある。奥さんに会ったことはないが、どんな人か会ってみたい気持ちが強くなった。娘さんにプレゼントも渡さないといけないし・・。

 決勝スタート。すぐに右コーナーがやってくる。ジムの後ろについて走る。第5コーナーの左コーナーでマシンを切り替える。ジムはここがうまい。と思っていると、後ろに殺気を感じた。麻実のマシンが隣にきたのである。同じカラーリングのマシンが3台並んで走る。トップはA社のマシン。2~4位がKT社のマシンということだ。後で聞いたことだが、監督のジュン川口は

(ぞくぞくしたよ。震えもきたね。ぶつかるなよとだけ願っていたけどね)

 と感じていたらしい。

 麻実はコーナーのたびに私の横にならび、プレッシャーをかけてくる。まるでおもしろがっているようだ。おそらく私のミスを待っているのだろう。だが、私も負けない。前のジムの走りだけを見るようにした。

 A社のマシンは速い。ジムをもってしても抜くことが難しいくらい差をつけられた。2位集団をKT社3台で続ける。

 9周目、麻実がアタックしてきた。第5コーナーでアウトからインにかぶせてきたのである。私はインを守る。だが、麻実は強引に前にでようとする。とたんに麻実の体がはねた。マシンはゴロゴロッと転がっていく。ハイサイド転倒だ。スピードは落ちているところだから、大事には至らないと思ったが、麻実はコースサイドで起き上がることができなかったようだ。

 ファイナルラップ。第5コーナーに麻実の姿はなかった。すでにピットにもどったのか、と思いながらもジムの後ろを走る。すると、最終19コーナーのシケインのコースサイドにトップを走っていたA社のマシンが止まっている。何事か! と思ってピットにもどってから聞くと、周回遅れのマシンとからんでコースアウトしてしまったとのこと。無理をして抜くこともなかったのに・・と思ったが、最終シケインでかっこよく抜くところを観客に見せたかったのかもしれない。そして、ピットで麻実が救急車で運ばれたことを聞いた。大事に至らなければいいのだが・・・。

 表彰台にあがることはできたが、麻実のことを思うとはじけるわけにはいかなかった。ジムだけはトップのポジションで踊りまくっていた。これで来年のMoto3昇格をほぼ決めたようだ。

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