第13話 ザルツブルグリンクにて

 8月半ば、夏バカンスあけの初戦は、私たちのホームコースであるザルツブルグリンクにて開催される。私たちの練習コースなので、皆やる気まんまんである。MotoGPとの併催なので土曜日の夕方、決勝である。

 木曜日、ルッシアカデミーとマルケルアカデミーのメンバーがバスでやってくる。寮のゲストルームに泊まることになった。

 翌朝の食事は多くの言葉がとびかって、にぎやかだ。その日はフリー走行が行われた。私たちハインツアカデミーのメンバーは実力をださずに流していたが、2つのアカデミー組はコースアウトせんばかりに攻めている。

 土曜日の予選、ハインツアカデミーのメンバーは調子がやたらいい。相当走り込みをしていたようだ。私は、E-GP3のマシンに乗ることが多く、久しぶりと言ってもいいほどだ。一番困ったのは、専属のメカがいないことだ。自分でマシンの調整をしなければならない。プラグの交換やオイルの交換も自分でやる。そんなこともあって予選タイムは伸びなかった。結果は予選12位。4列目のスタートで、初戦以来の10位落ちである。チーム内では5番手のタイムとなっていた。ちなみにエイミーは予選5位にいる。彼女もE-GP3に参戦していたのだから、そのことを理由にはできない。何と言っても整備が不調でエンジンがふけ上がりにくいのが気になった。

 夕方の決勝、例のごとくMotoGPのスプリントレース後の消化レースである。でも、いつもよりは観客が多い。ハインツアカデミーの関係者がたくさん来ている。どうやらオーナーも見ているらしい。それで皆ハッスルしているのかもしれない。

 決勝スタート。私は中団の集団にのまれてしまった。第1コーナーのニキラウダコーナーは接触しないように曲がる。そこからスピードの出るストレート。皆1周目だというのに全開だ。ストレートの後半にあるスピード抑制のためのシケインでトラブルが起きた。私の前で3台のマシンがからんでコースアウトしていった。第3コーナーは右のきついコーナーだが、ラインを守って、できるかぎりスピードダウンをさせないように曲がる。右膝が路面にこすれる。膝にバンクセンサーと言われるスポンジ状のものがついているのだが、それがこすれるのがよくわかる。調子は悪くない。

 そこからは高速コーナーが続く。何とか第1集団の後方についていけている。でも10台はいる。抜くとしたら、やはり第3コーナーのレムスコーナーだ。ストレート後のブレーキング競争をしかけられるところだ。残り3周で1台を抜く。トップ集団は3台にしぼられたようだ。カラーの違う3台が前方を走っている。各チーム1台ずつがデッドヒートをくり返している。私もそれに加わりたいと思ったところで信じられない衝撃を後ろから受けた。ブレーキミスをしたマシンに追突されたのだ。グラベルにごろごろと転がる。なるべく体を丸めて受け身をとるようにする。これもアカデミーで何度も練習したことだ。マシンは回転をしてグラベルに転がっている。動きそうにない。マシンを起こそうとしたが、オフィシャルにグラベルの奥にもっていかれた。そこで、マシンを見たが、エンジンは止まり、レバーが折れている。これでは走れない。レースをあきらめた。ホームのコースでリタイヤは残念だ。

 ガードレールを越えて、サービスロードに行くと、日本語で話しかけられた。

「おしかったですね。もう少しでトップ集団に追いつけたのに」

 と、メディアのベストをつけた女性だった。

「これもレースです」

 と応えると、

「事故の瞬間を見ますか?」

 と言ってくるので、彼女のカメラをのぞき込んだ。連写で事故の瞬間が写っていた。後ろのマシンはブレーキをかけていたが、間に合わなかったというのがわかった。これでは仕方ない。彼女にお礼を言って、通りかかったオフィシャルカーに乗り込んだ。

 ピットにもどると、レースは終わっていた。最後の接戦を制してエイミーが勝った。彼女にとっては初優勝だ。ホームコースで負けられないところでの初優勝。はじけんばかりに喜んでいる。表彰式が終わってからエイミーに祝福を言うと、エイミーは涙を流しながらハグをしてきた。

「 I wanted to compete with Momoka for the top spot . 」

(ももかとトップ争いをしたかったのに・・)

 と言ってきたが、泣きたいのはこっちだと言いたいぐらいだった。次回のE-GP3の参加の権利を失い、またタレントカップからやり直しだ。

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