第5話 ル・マンにて
5月初め、私はフランスのル・マンに入った。あのル・マン24時間で有名なサーキットだ。ただ、24時間レースは公道を使っているが、2輪のレースはパーマネントのブガッティサーキットを使う。メインストレートを抜けて、ダンロップブリッジを抜けると、右に大きくターンするのが24時間レースと違うところである。
レース前日の金曜日、エイミーを誘って街にでる。中谷麻実も誘ったのだが、
「レースのことに集中する」
と言われて断られた。最近はフードコートで食事をしていても近くにやってこない。なんか避けられているというか、麻実は孤独を好んでいるようだ。
街は落ち着いている。ザルツブルグも落ち着いているということだが、まだじっくり歩いたことはない。ルマンの街は落ち着きの中にしゃれっ気もある。そこで、ちょっとしゃれたオープンカフェに入った。
「Bon jour 」(こんにちは)
と覚えたてのフランス語であいさつをする。すると、店の人は笑みをかえしてくれた。
「 Doux cafe au lait , sil vous plait . 」(カフェオレ2つください)
と、練習しておいたフランス語を話してみる。
しばらくして、カフェが2つきた。カフェオレかどうか不安だったが、大丈夫だった。そこで、ギャルソンがレシートというか請求書を置いた。2つで12ユーロ。1杯1000円を越す。
(高い!)
後で知ったことだが、店内とオープンカフェでは値段が違うとのこと。どうやらギャルソンの歩く距離に比例するらしい。というか、テーブルごとに担当のギャルソンが決まっていてそのギャルソンが値段を決めているらしい。そして、もうひとつトラブルが起きた。細かいユーロがなかったので15ユーロを渡したら、おつりがもどってこないのだ。
エイミーと二人で話を始めた。
「 Mami isn't very friendly . Are there a lot of Japanese people like that ? 」
(麻実って付き合い悪いね。日本人ってああいう人多いの?)
とエイミーが聞くので、
「 That's not true . Mami is just stoic . She looks like baseball player Ohtani . She only see her own path in life . 」
(そんなことないわよ。麻実はストイックなだけよ。野球の大谷さんみたい。自分の生きる道だけを見ているのよ)
「 Stoic ? Americans don't understand that . Life should be fun . 」
(ストイック? アメリカ人には理解できないわ。人生は楽しまなきゃ)
「Japanese people like people who are loyal . 」
(日本人は一途な人が好きだからね)
「Loyal ? 」
(一途?)
「 It means working hard on that path . 」
(その道に一生けん命ということよ)
「 Always ? 」
(いつも?)
「 Yes , even when I'm in the bath and sleeping . 」
(そう、お風呂の時も寝ている時も)
「 Unbelieval ! On and off are important in life . 」
(信じられない! 人生はオンとオフが大事なにのね)
「 By the way , Amy , I'm not getting any change . 」
(ところでエイミー、おつりがさっぱりこないんだけど)
「Wah ! Did Momoka want some change ? I'm sure the waiter thinks it's a tip . If you want change you have to say " change please " . I don't understand French . 」
(えっ! 桃佳はおつりがほしかったの? きっとギャルソンはチップだと思っているよ。おつりがほしい時はチェンジ プリーズと言わないと。フランス語ではわからないけど)
チップの世界ということを忘れていた。ふだんはフードコートやチームのレストランで食べているので、チップは必要ない。私のミスだった。
カフェオレを飲み終わった後、エイミーが聞いてきた。
「 By the way , is Momoka acquainted with the director , Jun Kawaguchi ? 」
(ところで、桃佳は監督のジュン川口と知り合いなの?)
「 It was only when I was scouted in Japan . 」
(日本でスカウトされた時に会っただけだけど)
「 Hmm , when you came to Salzburg , you went into the director's room . I've never been in the directour's office . 」
(ふーん、でもザルツブルグに来た時に、監督室に入っていったでしょ。私は一度も監督室に入ったことないわよ)
「 I was late so I just went to say hello . 」
(あれは、遅れてきたからあいさつに行っただけ)
「 Hmm , I see . Also , isn't that stuffed animal in your room a present for someone ? 」
(ふーん、そうなんだ。それと部屋にあるあのぬいぐるみ、だれかへのプレゼントじゃないの?)
と聞かれ、ハッとした。ジュン川口の娘さんのレイア姫に渡すものだが、渡す機会がなくてずっと部屋に飾っているのだ。包装されたままなので、エイミーが怪しんだのは無理もない。
「 That's cute , isn't it ? I'm thinking of giving it to any girl who wants it . 」
(あれね。かわいくない?だれかほしい女の子がいたらあげようと思っているの)
とごまかした。
土曜日、MotoGPの予選が終わってタレントカップの予選があった。今回は土曜日予選、日曜の夕方に決勝である。それとE-GP3も併催されている。デビッド・トムヤンはデビュー戦で興奮している。それでも予選は15位と後方だった。
ルマンのブガッティサーキットはStop & Goサーキットである。短いストレートの後にきついコーナーが待っている。まるでMOTEGIのインフィールドみたいなサーキットだ。私にとっては走りやすいレイアウトだ。そのおかげか、予選は5位に入った。中谷麻実も好調で予選3位とフロントロウに並んだ。エイミーは予選8位と私の後ろにおり、
「 I'll be chasing Momoka's ass tomorrow . 」
(明日は桃佳のお尻をおっかけるわよ)
と言って、ポンと私のお尻をたたいてきた。
翌日の決勝。MotoGPの前座で開催されたE-GP3でトラブルが起きた。スタート直後のダンロップブリッジの手前のコーナーで5台がからむ転倒事故が発生したのである。その中にデビッドがいた。自分では歩くことができず、救急車で運ばれていったのである。意識はあるらしいが、骨折をしたということだ。大事にいたらなければいいとチーム皆が心配していた。
コースサイドでMoto3、Moto2そしてMotoGPの決勝を間近に見ることができた。迫力はもちろんのこと、立ち上がりの素早さやコーナリングの妙はほれぼれするものだった。TVで見るのと実際に見るのでは大違いだ。特に、マルケルのコーナリングにはため息がでるほどだった。私は膝を路面につけるのがやっとだが、マルケルは腕まで路面にすりつけている。マシンやタイヤの性能も違うが、こんなライディングができるとはすごいとしか言いようがなかった。
そして夕刻、私たちの出番だ。観客は半分以上帰ってしまった。帰路の渋滞解消のための消化レースだが、自分たちにとっては大事なレース。観客の目は気にせず、自分のレースをするしかない。
1周目、スタートは無難に過ぎた。だが、ダンロップブリッジを過ぎての右コーナーでトラブルが起きた。中団での接触事故だ。3台がからみ、レッドフラッグが振られた。レース中断だ。
スタートはやり直し。ポジションはそのままだ。レースは6周に減らされた。8周分のガソリンしか積んでいないので、6周でなくなる計算だ。
再スタート。中谷麻実が好ダッシュ。トップに出た。3台でトップ争いをしている。第2集団の先頭に私がでる。エイミーもその第2集団にいる。
5周目、トップ集団で抜きつ抜かれつが起きている。裏ストレートでブレーキ勝負だ。後ろから見ていて
(危ない!)
と思ったら3台ともオーバーランしていた。そこで、インがあいたので私がトップにでた。第2集団がトップ集団になってしまった。オーバーランした3台もその集団に入った。8台でメインストレートを抜ける。ダンロップブリッジで後ろから接近するマシンがいる。だが、ラインをきっちり守り立ち上がり重視でアクセルをあける。裏ストレートで2台が横に並ぶ。3ワイドだ。そしてブレーキ勝負だ。でも、私は自分のブレーキングポイントを守る。2台はオーバーランしていた。
最終コーナー、エイミーが後ろについているのがわかった。エイミーがアウトから抜こうとしている。でも、私はライン重視、立ち上がり重視である。最終コーナーを抜けると、フィニッシュラインはすぐだ。マシン半分の差で勝つことができた。思わず右手を上げてガッツポーズをした。するとエイミーが近寄ってきてグータッチで祝福してくれた。
初の表彰台。観客はほとんどいなかったが、中央に立てるのは嬉しかった。それも隣にはエイミーがいる。シャンパンシャワーはないが、チーム関係者の拍手だけでも充分だった。なんと言っても次回のE-GP3に参加できるのは最高のご褒美だ。
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