第36話 真の力

 琴に手伝ってもらい、掛け湯で血や汚れを洗い流したすずは替えの着物に着替えていた。昼餉を済ませた後に社へと向かったのは、真の力を試す為である。一度死んだことにより、精霊の力はより強力になったと言うから、守り人と共に藤十郎も同席した。


「では、すず殿頼む」


 そう言って僅かに腰を落せば脚位置を調整し構えていた。以前の力でも一歩後退する程の強烈な漲りが弾けたのだから、当然の事と言えよう。


「んでは……」


 すずが静かに勾玉を握り、右手指を差し出せば、皆がその瞬間を待った。間もなく今までとは比べ物にならない程に指先が光れば、周囲の空気が振動した。


ブワァァァァ……アァァ……


「な、なんだ?」


シュイィィィ!


「だ?」


ズドン!


「っぐ!」

「だっ!」


 空気が割れるほどの衝撃と共に、周囲には白い靄が立ち込めた。二呼吸程で視界が晴れれば、千弦の手にあるへら状であったはずの剣が何とも神々しい光の剣へと変貌を遂げたのである。刀身には光の波が立ち小さな稲妻を放っていた。


ジジジ……ジッ……ジジ……


「ぐぅぅ……くっ!」

「これは……」


 眩い程の光に、皆は目を庇いつつもその様子を眺めていた。剣からは何か凄まじい力が出ている様で、千弦はその力に完全に圧倒されていた。


「っく! なんと、凄まじき力……、……」

「だ、大丈夫だか?」

「ぐっ……こ、これを振るえと言うのか!」

「父上……」

「ぐぬぬぬ!」


 千弦は一歩を慎重に進むと、渾身の力で剣を振り上げれば、気合と共に身体を横に一回転させ地面へと突き刺したのである。剣が空を切った箇所には光の帯が続き、地面には眩い光が放射状に走ったのである。


「だぁぁ! 精霊がたくさんやって来ただよ!」


 千弦は肩で息をしていたが、疲労の色は穏やかではない、今にでも卒倒しそうなほどである。


「……道忠、覚悟を以て剣を」

「は、はい!」


 大地に突き刺さった剣の柄を握っただけでも額には青筋が浮かんでいた。気合を入れ剣を持ち上げれば腕の血管も膨張し、踏ん張る脚は小刻みに震えていた。間もなく鼻血が一筋流れれば、負けじと力を振り絞り、千弦と同様に身体を回転させ剣の先を地面へと突き刺したのである。


「良くぞ耐えた」

「はぁ……はぁ……しかし……これでは……はぁ……はぁ……」

「うむ……体力を鍛え直さぬ事にはどうにもならぬな……果たして日が足りるのか……」


 二人とも、一振りしただけで卒倒しかけているが、大厄災では、それを幾度も繰り返し精霊を呼び続けなければならないのだ。ならば大沢の体術の基礎を教えてやる以外に方法は無い。


「千弦様、それならば我らが大沢体術の基礎をお教えいたしましょう、会得すれば剣を振るうに苦労は軽減されるはず」

「おぉ! それは有難い」

「是非ともお願いいたします」


 剣はその後、四半時ほど光を放っていたが、やがて光が消えれば元のへら状の剣へと戻っていた、聞けば千弦が四半時を振るい、再び精霊を宿せば今度は道忠が四半時を振るう様だ、それを幾度も繰り返す事によって死した大地に精霊を戻すと言う。


 重要事が済めば、小平太は一つ疑問に思っていた事を確かめようと、すずを呼び止めていた。


「なんだで?」


 すずの放ったつぶての威力は、顔が変形し血だらけであった賊を見れば明らかであったし、凛太朗の証言からもそれが普通ではない事は察しが付く。ならば如何様にしてそれ程の威力を発揮したのか知らなければならない。


「一つ、つぶてを投げて貰えぬか」

「おぉ! そうだ」


 忍びの皆に加えて藤十郎も同意見であった。この小さな身体でどうやったらそれ程のつぶてが投げられるのか不思議でしかないのだ。


「……、……どうするだか……」

「ん? どうした?」

「おとうに止められてるだよ、人前で石さ投げんでねえって言われてんだ」


 今朝は緊急事態ゆえ、仕方がなく投げたらしいが、普段石を投げるのは人目に付かない場所を選んでいたようだ。孫兵衛が言うに嫁の貰い手が無くなることを懸念したようだ。


「孫兵衛さん、今回だけ許して貰えないだろうか」

「……んだな……此処の皆も普通でねえし……良いだか」


 的として外壁用の杉板が用意されれば、そこに大人の顔と同様の丸を描き、賊と戦った時の距離と同様に離して置いた。


「結構離れていたな」

「投げんのさ石ならば、こん位なんて事ねえだよ」

「ほう」


手ごろな石を拾えば、特別何かある訳では無く普通に投げたのだが、その速度に全員が絶句していた。まさかとは思ったが、忍びの放つ飛礫と同等のものであったのだ。


「おいおい……一体なんだ……」

「これは驚いたな」


 雪合戦の時と同様に、投げ方は褒められたものではないが、驚くべきはその速度と正確さである。適当な投げ方にも関わらず、投げ方を極めた者と変わらぬ威力であったのだ。


「あの賊良く死ななかったな……」

「殺すの嫌だで、渾身の力で加減しただども、難しくて逃げられただよ」

「なるほどな」

「って事は、雪合戦の時も大分加減を?」


 雪合戦を見ていた東吉が尋ねたのは言うまでもない、正確さはあったもののこれ程の威力を秘めているようには見えなかったからである。


「石だねえとこんなに飛ばねえだよ、なんだでな」

「そうなのか……」

「もしや……」


 千弦は思い当たる節があるようで、不思議そうにすずを眺めていた。


「何時から身についたのだ?」

「気が付いたらこうだっただよ」

「おらが気付いたのさ、すずが五つぐれえの時だで……おらびっくりして腰さ抜かしただよ」

「千弦様、何か心当たりが?」

「うむ、詳しくは知らぬのだが、自然の力を増幅させる術があると聞いた事があってな、その中につぶてがあった事を思いだした」


 術である可能性が浮上すれば、すずは大層驚いていた。何せ守り人の皆は死と隣り合わせで数々の術を会得したと聞いていたからである。


「……だども……おら何の修行もしてねえだよ……全く身に覚えがねえだ」

「さて……生まれつき身につく術なのだろうかな……詳しく知る者が居るかもしれん、心当たりを当たってみよう」

「お願いいたします」

「お願いしますだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る