第28話 鏡の守り人
湯屋を後にして鏡の社へと行き警護の者に名乗れば程なくして、千弦と息子の道忠が門前まで迎えに来た。
「遠路ご苦労であったな」
「お久しく御座います」
小平太が挨拶を交わす中、すずは千弦と道忠を交互に観察し一人あたふたとしていた。
「どうした?」
「……、……千弦様も道忠さまも精霊さ二つずつあるだで……なんでだ?」
「おや、珍しいのかな?」
「おら、初めて見ただよ……なんだでな……」
「神々池を守る者、何かあるのかも知れぬな」
「んだか……」
社殿へと招かれれば、千弦の家族が挨拶に現れた。千弦の父親で隠居をした
「今度はどうした?」
「精霊さ二つあんのさ男の人だけだで」
「左様か、何か理由があるのだろうか」
「何だでな」
理由も何も解らないのだから考えていても仕方がない、小平太は手を挙げて話題を変えた。
「ところで千弦様、前もってこちらで世話になっている兄妹と我々大沢の忍びを含めても十七名、大厄災に必要とされる人数に一人欠けてございます」
「大事ない、心配せずとも揃う筈。では道忠よ剣を此処へ」
「はい」
道忠が剣を手に戻れば、千弦はそれを手にし剣先を下げた。
「すず殿、前と同じように此処に指先を」
「んだか」
左の掌に勾玉を握ると、右手の指先で剣先へ触れたのであった。その瞬間指先が光ると同時に剣が光を放ったのである。剣の模様が緑色に輝けば千弦の身体からは闘気に似た類の漲りが弾けたのであった。
千弦はその衝撃に足を一歩後退させて身体を支えれば、その表情は紛れも無く驚いていた。
「予想をはるかに上回る力……今の段階でこれ程とは驚いた……道忠、このまま剣を」
言われるままに剣を受け取れば、その衝撃に膝が少し崩れていた、見ていれば剣からは絶えず衝撃波のようなものが出ているようだ。
「凄いな……おすずちゃんに、そんな能力があったのか……」
「あぁ、これは驚いた」
誇らしげな表情は仕方も無い。日々、郷の武道場内では忍び達の凄まじい能力を目にしてきたのだ、しかし今はその忍び達が皆一様に驚いているのだから、嬉しいのだろう。
「おら、凄いだか?」
「驚いたよ」
「皆にそんなに褒められると嬉しいもんだな、んだか、おら凄いだか」
「良かったな」
満面の笑みであった。
社の警護は今まで通り岡本の兵が受け持つらしく、小平太達は鍛錬に集中して良いとの話であった。どの山でも自由に使って良いと言うのだから身体が錆びる心配もない。
「では、朝夕のご挨拶だけはさせて頂きます」
「うむ」
社を出ればそこには藤十郎と琴が来ており、皆を迎えた所であった。大集落の者から聞きつけ駆けつけたのだろう。
「おすずちゃん!」
「小平太殿に、おすずちゃん久しかったな、それに大沢の皆、遠路ご苦労であったな」
「だぁ、やっとお二人に会えただよ。藤十郎様の精霊も強そうだで、お琴様のはきらきらが凄いだよ」
「完全に治った様だな」
「大変だったんだで、薬湯さおっかねえ程苦いんだ……あれさ毎日飲むの苦労だったで……」
忍び達が一人ずつ名乗れば藤十郎は頷き、その名と顔を脳裏に刻んでいる様子である。全員が名乗り終えれば湯屋の礼を言った。
「台所もすぐに使えるようになっておるぞ」
「それは有難い」
「今日からおらが台所の長だで」
「え? おすずちゃんが?」
郷の女衆はもう居ない、ならばすずが長と成り忍び達が交代で手伝う事となったのである。すずはそれなりに知識を詰め込んできたし、経験もしてきたのだ。
「んだ、おら料理さいっぱい覚えただよ。山菜も採りに行けるし、下処理もできるだよ。それに縫物だって出来んだ」
「まぁ、凄い」
「ほう、それは凄いな」
満面の笑みである。
「では、湯屋の中を案内しよう」
「ん? まずは岡本様に挨拶を」
「その殿からの命令だ、先ずは案内せよと命ぜられた」
木の香りが漂い精神が落ち着く事は言うまでもない。造りは下野の湯屋より明らかに豪華だが間取りは同じであるから使い勝手は良い。武道場と大広間を見た後、台所へと進めばすずは目を輝かせていた。
「道具も何も全部揃ってるだで……うわぁ……新品の竈だ……」
「有難い事だ」
「次はこっちへ、この地には温泉が無いからな、蒸し風呂となる」
「虫風呂……なんだでそれ……気持ち悪くねえだか……」
「いや、想像しているそっちのむしでは無いぞ蒸すと言う意味だ」
「だ……」
台所の脇が風呂場となっていた、焚き場も室内だから厳冬の寒空に困る事も無い。蒸し風呂の入り方を教われば皆感心して聞いていた。
湯屋の説明が一通り終われば、小平太と藤十郎は何かを話しながら外へと出た事で、仙太の関心をきっかけに皆が其々に小声となった。
「それにしても驚いたよな」
「あぁ、まるで本人だったぞ」
「しかし小平太様の反応は何もなかったな」
「そうね……」
「何の話だでか?」
「あぁ、桔梗様だよ。死んだおきぬに瓜二つだったんだ」
「だ……それって小平太様が好いた、あのおきぬさんだでか?」
「なんだ、おすずちゃん知った居たのか」
「下野さ言ってすぐに徳蔵さんから聞いただ、んだか、おきぬさんさとんでもねえ美しい人だったんだな……したら小平太様の運命の人って……」
「ん?」
間もなく小平太が戻った事でその話は流れた。一同は荷車をそのままに屋敷へと向かったのである。藤十郎が案内の元で前庭まで行けば、小平太が一歩前へ出る形で皆が並び片膝をついた。
「参られる」
藤十郎の言葉に一同が頭を下げれば、程なくして縁台に岡本彦左衛門が姿を現したのであった。
「久しかったな、小平太、それにすずよ。して大沢の皆も良くぞ参った、遠路ご苦労」
「御厚意に与かり誠に有難き事、我ら一同心より感謝申し上げます」
「うむ」
「我ら、忍びが十五名、猟師方が三名、薬師が一名、すずを合わせて二十名、それに先より世話になりし忍びが二名なれば、二十二名、全力で大厄災を治める決意にございます」
「皆、よろしく頼む。これは日の本だけならず、この世の大事。して、一つ提案があるのだが良いか?」
「ははっ」
彦左衛門はその場に胡坐を掻いて座り笑顔を見せた。
「千弦様とも話したが、お主たちは誠優れし忍びと聞く。しかし精鋭の忍びが、岡本の領内に居ると噂が立てば内外共に、不信を抱かれよう。よって忍びではなく、鏡の守り人として迎え入れる事とした、良いかの?」
小平太達大沢の忍びは鏡の守り人と名付けられた。確かに神社の関係者が忍びであっては穏やかな話も穏やかではなくなるから仕方も無い。
「承知いたしました、只今を以て我らは鏡の守り人と改めさせて頂きます」
「本来であれば大沢の忍びと名乗りたかろうが、此処は一つ頼む」
「その名は心の中に刻んでございますのでご心配には及びません」
「そうか」
彦左衛門はにっこりと笑って見せた。
「で、すずよ。儂の精霊は如何なものかの」
すずも少しは慣れたのか、以前のように慌てる事無く彦左衛門の問いに答えた。
「強そうだども、皆とは違うだで……まん丸お月様みてえに優しくて、でかいんだ……でございます」
「左様か、聞けば中々嬉しいものだな」
「いかにも」
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