第16話 心配事

 すずを琴に預け、藤十郎と共に屋敷へ行くと、当主である岡本彦左衛門が待つ間に通されたところである。深々と頭を下げ挨拶を終えれば、静かに彦左衛門の言葉を待った。


「此度の大取の一件、誠感謝致す。して今度は鏡に関わる件、これは縁と言うべきかな」

「偶然と言うには誠に不思議な事に思います、ましてや他国の忍び如きが岡本様の御目を汚す事になろうとは」


 彦左衛門の表情は好奇心に満ち溢れたものとなっていた。


「何を申すか、逆に目に輝きが増したわ。お主の事は藤十郎に聞き及んでいたが、正直会いたいと思っておったところだ。それに最近、社では御神池の水が引き大厄災の前触れであると報告があったばかりか、勾玉の光が連れの娘を指し示していると言うではないか。やはりお主とは縁があるという事よ」

「大厄災?」

「二年の後、日の本は重大事となるようだ、詳しくは千弦様が教えてくれよう」


 信仰上のお告げ的な事であろうが、二年後と確信して告げる事はいささか不思議でもある。考えるに、外れればそれは、信仰の力が勝ったとでも言うのだろう。


 彦左衛門は漆の文入れより、用意しておいた書状を手にすると、それを藤十郎へと手渡したのである。


「これで鏡へと入る事は可能となる、千弦様なら光が差す理由も知っていよう」

「有難く頂戴いたします」


 鏡の社は大集落より少し離れた場所にあった。派手な装飾は一切なく、至って地味な社である。警護の一人が二頭の馬を預かれば、もう一人が藤十郎に対して丁寧に頭を下げている。


「佐々木様、何用にございましょうか」

「この御二人は千弦様の御客人である、無論、殿の御墨があるゆえ、通らせてもらう」

「拝見させて頂きます」

「うむ」


 物々しいとまでは言わないが、その様子は他の寺院では見られないものである。


「何に警戒しているのだ?」

「社殿の裏手にある森は神の領域と言われていてな、人の立ち入りを禁じておる、故に部外者が入らぬ様に警護しておるのだ」

「ほう」


 警護の者は書状を確認すると三人を案内し、社の敷地へと進んだが、すずは緊張に顔は少し引き攣り、竹筒の水ばかり飲んで足が中々先へ出ないでいた。


「どうした?」

「……なんか、ちっと不安になって来ただ、嫌な予感がすんだ」

「問題ない、心配事を断ち切り、深呼吸すると良い」

「だ……簡単そうに言うけど、そんな事無理だで」

「ほれ、饅頭の事を考えてみろ」

「……、……」


 何とか進めば、 社殿の広場で神職の者二人が、不思議な型で刀を振っていた。


「千弦様、御客人にございます」

「ん? 儂に客人とな?」


 年の頃で四十位だろうか、この男が宮司の千弦のようで、もう一人の若い男はその倅であろう、顔が瓜二つであった。宮司が何故剣術を磨いているのか知る由も無いが、その型は舞のようにも見えた。恐らくは神事において必要な事なのだろう。


「おぉ、藤十郎殿ではないか」

「お久しく御座います、御客人を連れて参りました」


 藤十郎の紹介を待って小平太が頭を下げれば、すずも慌ててそれに習った。


「さて、どちら様にございましょうかな」

「我々は旅の道中、美濃国の森中にて弥平なる忍びの男と出会い、死の際に大事な物を預かりました故、御届けに参りました次第にございます」


「死の際……弥平が死んだと……」


 事の仔細を説明し、籠より畳んだ布を取り出せば、それを千弦へと渡した。


「しくじった事、深く詫びていたと伝えて欲しいと最後に」

「左様でしたか、それでお越し頂いたとは有難き事に」

「大事な物だと二度も申しておりました故、それと一点気に掛かる事が」


 いよいよかと、すずが緊張に包まれている最中で、千弦は包みを開いて勾玉の存在を確かめていた。


「こ、これは……」


 相変わらず光はすずを指したままである。千弦は光りの先に居るすずを眺め驚いた表情であったが、その反応を見たすずは更に上を行く驚き様である。


「だっ! やっぱりなんかあるだ!」

「すまぬ、驚かせてしまった」

「預かった時よりこの娘を光指してございますが、どういう事にございましょう」

「そうか、弥平は導かれたのだな」


 千弦は美濃国へ向き、深々と頭を下げていた。


「光が指し示すのは、そちらの娘様が特別な存在ゆえ、日の本の大事を救える唯一の存在にある。弥平は光りを頼りに娘様を探して居た所であった」

「……おらが、特別な存在? あれ? ……なんか聞いた事が……」


 すずは何かを思い出そうと難しい表情で空を見ていた


「……そ! それってひとみごくうってやつでねえか! 北国の坊様が前に言ってただ! と、とんでもねえ!」

「まさか……おすずちゃん御供に選ばれてしまったのか……」

「ほう、それは穏やかでは無いな」

「そうでは無い、落ち着いて話を最後まで聞きなさい」


 すずは自分が人身御供、つまり何かを鎮める為の儀式に供えられる生贄にされると我を見失っていた。


「んだ、おら残毒さ治しに下野さ行く途中だで、忙しいだよ。さて、用も済んだでそろそろ行くだ。小平太様急ぐだよ、日が暮れちまう」


 身を引き返し、そそくさと立ち去ろうとするすずであった。


「お待ちなさい、そのような物騒な事はする訳もない、人身御供なるは邪信が生んだ愚行、神々を崇める者はそのような事はせぬ」

「……ほ、ほんとうだでか?」


 足を止めて振り返れば、笑えるほどに疑わしい表情で千弦を見ていた。


「そなたの精霊は特別なもの、その力で以て精霊のつるぎに力を授ける事が使命なれば、死してこの世を救うものではない」

「おらにそんな力なんてねえもの……とんでもねえで、おらの事さ騙して柱さ縛り付けるつもりだな……」

「今は未だ気付いていないだけ、勾玉を首に下げれば解る」


 すずは一層疑わしい表情となった。


「……おら騙されねえだ、それ首さ下げたらたら身体さ動かなくなんでねえのか?」

「その様な事ある訳もない」

「……ほ、ほんとうだでか?」

「偽りなど申さぬ」

「だども、ちっとはおっかねえ事すんでねえのか?」

「おすずよ、恐れている様な事が起きる前に、俺が助けるとは考えぬのか?」

「だ……小平太様居んだっけ」


 今も尚、半信半疑のようで、何気なく立ち去ろうとするすずの帯を小平太が掴んでいた、余程に恐怖を感じたのだろうが、その行動は滑稽でしかなかった。


「この一見大事と見た、話を聞かせて頂きましょう」

「……やっぱり聞くだか……」

「当然だ」

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