第16話

「こんなんじゃ友達ができないのも当たり前です。わたし……」

「ごめん、ちょっと薬が効きすぎた」

 自分に悪態をつこうとすると、サオリ先輩は少し慌てた調子で遮ってきた。

「さっきも言ったけど己を省みることができるのは悪いことじゃない。要は自分のことをきちんと評価してあげて、他人のスペックなど考えずに親しくなろうとすれば良い。というか後者は既に実践できていたと思うのだけど」

「実践、ですか?」

「加藤メグミはアレな妖怪だけど機智と美貌に優れていたし、もう一人の子はスポーツ万能の明るい子だった。そんな二人と臆することなく、対等に付き合えているように見えたけど」

「それは……わたしが選んだのではなく、選んでくれたというか、選ばれたというか」

「次はあなたが選べばいい。あるいは選ばれるかもしれない。どちらにしても、これだけ肝に命じておけば良い。友情は見返りを求めないのだと」

 これまで友情に見返りを求めたことはない。いや、自分がそう思っていただけで無意識のうちに求めていたのだ。その悪い癖を改めなければいけない。

「わたしにできるでしょうか?」

「できる」

 サオリ先輩ほどの人にそう言い切られ、少しだけ自信が湧いてきた。だというのにサオリ先輩は僅かに目を伏せ、どこか後ろめたそうだった。

「わたしに言われても困ると思うし、それにこれまで賢しらに語ってきたけど、人のことを言えた義理ではない。わたしも友達がいないから」

「そうなんですか? 文芸部の部室の鍵を借りていましたし、キョウカ先輩とは友達同士なのかなと思ってました」

「あいつとはそういう関係じゃない」

 むっとした表情を浮かべたところを見ると、そこまで仲はよくないのだろうか。そんな相手に頼るしかないのだとしたら、友達がいないという話も嘘ではなさそうだ。

「子供の頃からいつも線を引かれてしまうし、わたしのほうでもそれで良いかと思ってつい諦めてしまう。一人でいることは苦ではないし、どんな施設でも一人で利用できるから問題ないと思っていたのだけど、今日みたいなことがあると困ってしまうことが分かった」

「わたしでよければまた付き合いますよ。でも、あまり頻繁に食べに来るところではないと思いますけど」

「それなら心配ない。わたしは一日に五千キロカロリーくらい摂らないといけないから」

「ご、ごせんきろかろりー?」

 思わず声が上擦り、自分の手で口を塞ぐ。サオリ先輩はけろりとした表情で、それがさも当然なのだと言わんばかりだ。

「成人女性二人半分じゃないですか! 本当にそんな食べるんですか?」

「わたしは頭も体も回転が早いし、妖怪や幽霊を退治する力をふるうことができる。その代償なんだと思う」

 そう言ってサオリ先輩は治りかけの傷を指でなぞる。燃費は悪いけど、人を超えた力を持ち、傷の治りも早いというだけで凄いし、妖怪や幽霊に対抗する力だなんて羨ましい限りだ。それこそわたしがどれだけ求めても手に入れられないものだから。

「二人半分のカロリーで力が手に入るならコスパは良いと言えるかも。それに食べる端から消費するなら太ることを気にしなくても良いですし」

 研ぎ澄まされたような無駄のない美貌の秘訣はもしかするとそれなのかもしれない。だが、サオリ先輩はあまり良い顔をしなかった。

「肉がつかなさすぎるのは保温性や耐久性の面で良くないし、小学校の頃はお昼が給食で量が決まってたから辛かった。六時間目になるとお腹がぐうぐう鳴りそうになるのを、ぐっと腹筋に力をこめて耐えてた」

 腹の虫を腹筋で抑えることはできないと思うけど、何もかも人から外れているサオリ先輩にそんなことをつっこむのは野暮というものだろう。

「ダッシュで帰宅して、朝のうちに用意してたおいた夕前飯ゆうまえめしを食べるとようやく一心地がつく。カロリーを使い過ぎないこつを掴んでからはだいぶ楽になったけど」

 わたしには想像がつかない境地だし、ここまで自分と違ってたら羨む気すら起きない。というか夕前飯なんて言葉は初めて聞いた。サオリ先輩の造語なんだろうか。

「わたしも二人半分食べることができれば、霊能力とか身に付くんですかね」

 冗談みたいな話にあてられてそんなことを口にすると、サオリ先輩は睨むように目を細める。

「無理、太るだけだからやめておいたほうが良い。それより、あんな目に遭ったのにまだ霊や妖怪と関わり合いになりたいの?」

 わたしは首を横に振ろうとして思い留まり、深く頷く。この人には咄嗟の嘘など通じないと思ったからだ。

「加藤さんは怖かったですけど、わたしの中にあるものが変わったという気はしなくて」

 そう前置きしてサオリ先輩に、耐え難い欲求があることを伝える。感覚的なものだから上手く伝えるのに苦労したけど、サオリ先輩のほうで勝手に理解してくれた。

「少し前にあなたは霊感がなさ過ぎる、と言ったことを覚えてる?」

「はい。ホラーやオカルト好きなのにって残念に思いましたから」

「人でなしとの接触で足りない霊性を補充しようとしているのかもしれない」

「補充って、そんな栄養素みたいに……」

「人は長い時間をかけて霊性に頼らない体質へと徐々に変化してきたけど、あなたは若干先祖返りなのかも」

 サオリ先輩に説明されても「はあ……」と気のない相槌を打つことしかできなかった。

「だとしたら、どうすれば良いんでしょうか?」

「心身の成熟によりある程度は安定すると考えられる。あと数年程度、上手く耐え凌げば……」

 そこでサオリ先輩は言葉を止め、人差し指で額をぐりぐりと押さえる。わたしの問題を真剣に考えてくれているのが分かり、なんだか申し訳ない気持ちだった。

 少しして考えがまとまったのか、サオリ先輩は額から指を離す。

「一つ提案があるのだけど」

「提案……どんなことでしょうか?」

「わたしは定期的に夜の見回りをしているのだけど、付き合ってみない?」

 夜の見回りという言葉に、期待で胸がどきりとはねる。

「わたしに幽霊や妖怪を見せてくれるってことですか? そういうの、危ないからやめろって言ってたような」

「危ないし、できればやるべきではないけど衝動に任せて一人で夜の街を歩かれたりしたら困る。暗闇に潜むのは人外ばかりではないから」

 サオリ先輩だって夜の街を一人で歩いているのに、とは思ったけど、加藤さんを退治したときの身体能力を目の当たりにして言えることではなかった。

「あなたの見たいものを見せてあげる。その代わりにやって欲しいことがあるのだけど」

「わたしでできることですか?」

「できる。いや、既にやっていること」

「既にやっている……もしかしてネット配信ですか?」

「そう。撮った霊を配信で紹介して欲しい」

「え、それって罰当たりじゃないですか?」

 そういうコンテンツを用意できたら良いなとは思っていたし、そのために時間を作っては曰く付きの場所に赴いたりしていたけど、他の人から勧められると躊躇いの気持ちが先に出た。

「罰当たりどころか、人助けになることがある。さっき、人は霊性に頼らない体質に変化してきたと言ったけど、不慮の事故による死亡などで霊が現世に留まってしまった際、それが問題になることがある」

「現世に留まる霊というのは浮遊霊や自縛霊と呼ばれるものですよね?」

「そう。ホラーやオカルトが好きだから知ってると思ってた」

「それで、どんな問題が発生するんですか?」

「そうした霊はわたしのような者が成仏の手助けをするのだけど、力が足りなくてできないことがある」

「成仏するにも力がいるんですか?」

「いるに決まってる。霊現象というのは現代の科学に組み込めないだけで、力自体は存在しているのだから」

「なるほど……そういう理屈があることは分かりました」

 憧れていた世界なのに、サオリ先輩の説明はトンデモ本に出てくる話みたいで、バカみたいな受け答えをするしかなかった。

「霊に力を与えるためには粘り強くカウンセリングを行い、存在を肯定する必要があるのだけど、最近になってもう少し簡単に力を与える方法があると分かってきた」

「もしかして、それがネット配信ですか?」

「その通り。多くの人に認識させ、存在を肯定することで現世のしがらみを断ち切るための力を与えられる。本当はわたし自身でやるべきことだけど、色々とやることがあって忙しく、信頼できるアウトソース先を探していた」

「わたしは信頼に足る、ということですか?」

「適度に誠実だし、今の話で霊に対する礼儀があることも分かった。それに人ならざるものの世界を体験済みだから改めて説明する手間も省ける」

 自分のことを誠実だとはあまり思っていない。必要だと思ったら嘘だって平気でつく。でも、過剰なバズ狙いをする気はないし、神社仏閣に参拝したら手を合わせて賽銭を投じるくらいの礼儀は理解しているつもりだ。

「そういうことでしたら、是非とも」

 サオリ先輩は軽く息をつく。わたしが断るとは思っていなかったはずだが、それでも安堵の反応が出るくらいには大事なことだったらしい。

「今日からわたしとあなた……これからも付き合いは続くのだからあなた呼びは余所余所しいか。草那さんと呼んでいい?」

「年上なんだから呼び捨てで良いですよ。でも、そうですね……もし良ければ、ネット配信で使ってるハンドルで呼んでくれませんか?」

「別に構わない。では、ハンドルを教えて」

「キララです。その、公共の場では呼び難いですか?」

「今時珍しくもない名前だと思う」

 サオリ先輩にそう言われ、思わずほっとする。どうして本名ではなくハンドルで呼んで欲しいのかと訊かれたら、面倒な家庭事情を話す羽目になるところだったから。

 話がまとまると、サオリ先輩は手を差し出してくる。わたしは躊躇うことなく握り返し、思わず顔に笑みが浮かぶ。

 友情とは少し違う、特別な関係。

 夜の街を共に行く、二人だけの活動がこれから始まるのだ。

 わたしは大事なものをいくつも失ったけど、そのうちの一つを今日、少しだけ取り戻せたような気がした。

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