第23話 神島は一緒に下校する

 一緒に下校する時、明日歌から話題を出すことはあまりない。私が何か話題を持ちよらない限りは、彼女は俯いて歩道のコンクリートの割れ目を目で追っていることがほとんどだ。


 今日もやはりそうで、一応二人で一緒にいるはずなのに、私が話し出すまでは明日歌は一人ぼっちで寂しく歩いているみたいな雰囲気を醸し出していた。


「明日歌さん。ちょっと確認したいんだけど」


 言うと、彼女はハッとしたようにこちらを見て応じる。


「あ、う、うん。なに?」


「ユイのことについて」


 明日歌は私の言葉に若干驚いたような顔をしつつ、返事をした。


「え、宮本さんのこと?」


 あいつ、宮本って名字だったのか。などと、新情報を手に入れたのはさておき、私は然るべき質問をしていく。


「うん。あなたにはこの前も少し伝えたと思うけど、ユイが彩乃を裏切っていじめの証明の手助けをしたいらしいって話」


「……あー、そういえば」


 私が言うと、明日歌はどことなく上の空な返事をする。


「それでね、私はどうにもあのユイって人間をよく知らない。本当に信用していいのか、判断がつかなくて、だから明日歌さんの意見を聞かせてほしいの」


 そこまで言い切って明日歌の反応を待つ。ところが彼女は、ぼうっと黙ったままで返事をしてこなかった。なんだ、体調でも悪いのか?


「ねえ、明日歌さん。聞いてる? ……確かに私もおかしな話だと思うよ。今までいじめてきてたやつから急に手を貸すなんて言われても嫌な話でしかない。だから、嫌だったら断ってくれてもいいんだけど」


 ムカついたのでちょっぴり大声で話すと、明日歌はまたハッとしたように私の顔を見る。


「ご、ごめん。私、他のこと考えちゃってた」


「他のことって?」


「っううん何でも……。えっと、宮本さんのことだよね。……私は、宮本さんのこと信用してもいいかなって思う」


 明日歌はあまり迷った様子もなくそう言う。


 私にはそのことが全然信じられなくて、すぐに理由を訊こうと思った。また意味がわからないくらいの優しさからそんなことを言っているのだろう、なんて思っていた。


 ただ、どうやらそうでもないらしかった。


「それはどうして? 今更ユイを許せるって言うの?」


 訊くと、明日歌はふるふると首を振って答える。


「許せるっていうか、その、まずなんだけど宮本さんってね、私をいじめてはないの。うんと、現場にはいつもいたんだけど手を出してきたことはないっていうか」


 いじめていない? その発言を聞いて少し驚いたが、考えてみれば元から明日歌をいじめていたと見受けられるユイの姿や言動を確認したこともない。


 でも、あまりに突然のことだったから信じ難かった。


「まあ、最近のあれはちょっとよく分かんないけど……私は信用してもいいかなって」


「でも、明日歌さんはユイを前にして怯えていたでしょう。最近は大丈夫みたいだけど、二週間前の時なんか特に酷かった。あれは結局なんだったの」


 そうだ。二週間前、彼女はユイの姿を見てぶるぶると怯えたように震えていた。あんなふうだったのに今はそんなことを言っているという状況では、理由を言ってくれないと納得がいかない。


 訊くと、明日歌は少し考えてから答えた。


「何もしてこないからこそ、この前までは宮本さんのことが凄く怖かった。でもね、最近仲良くしてくれるようになってから考えが変わって。そういえば、一年生の時からそれとなくいじめを中断するようなことを言ってくれたり、回避出来るような間を作ってくれたりとか、今思うと庇ってくれてたのかなってことが沢山あるの」


 淡々と言う明日歌に、私はふうんと相槌を打った。


 本当にそうであったのか、私にはまだ疑わしい。ただ、庇ってくれたようなことが沢山あったかもと明日歌が思うのならば、私もその意見に賛成しよう。


「まあ、そこまで言うなら私もあいつを信用することにするよ」


 そんな理由があるのなら納得は出来る。そんなふうに明日歌が信用したいと言うのなら、私だって信用することにすると前から決めていたのだし、彼女がなんの淀みも無く言うからにはそうするしかないなと思った。


 もちろん、まだユイについて他に色々と思うところはある。例えばじゃんけんで負けたあと明日歌の弁当の芽キャベツを本当に食べたのか等、いや、気になるうちでもそれはどうでもいい部類だが、とにかく気になることは多い。ただ、それでも今は明日歌の意見を信じようと思った。


 というわけで、これで悩み事が一つ減った。もしかすると、もう一つの悩み事の解決にも一歩近づいたかもしれない。


 ユイを信じた上での来週の学活での立ち回りがこれでようやく考えられるようになった。私はまたぼうっとし始めた明日歌に言う。


「それじゃあ、あとは来週だね」


 そのように言うと、明日歌はびくっと体を震わせて不安そうに私の方を見た。


「明日歌さんはとりあえず、山口に言われた通り正直にいじめの成り行きを説明してくれればそれで構わない。まあ、彩乃にはもちろん全否定されるだろうけどね。でもそうしたら、私が助けに入るから」


 言い切ると、明日歌は恐れていたことを口にされたみたいに瞳を不安と恐怖でいっぱいにする。いやいや、もちろん彩乃と対面するのが嫌なのは分かるが、今からそんなに不安に思っていても仕方がないだろう。


 なんてそんなふうに思っていた。ただ、明日歌は全く私の予想とは別の心配をしているようだった。


「そうだよね。私が正直に言ってもさ、結局嘘で塗り替えられちゃうよね。……はあ、どうしよう。ただでさえ迷惑かけちゃってるのに、私に出来ること何もないっていうか……。神島さんに頼りきっちゃってるっていうか……」


 明日歌は俯いて不安そうに、悲しそうにそう言う。


 なんだ、まだそんなことを言っているのか。と思うと、呆れてため息が出た。


「確かにあなたが非力なのは否定しないけど、いない方がマシなんてことは絶対にない。少し考えれば分かるでしょ。そもそも、あなたがいなければこんなことになってないんだから」


「うん。そうだよね……。私がいなければ……」


 励ますつもりで言ったのに、言い方が悪かったのか、明日歌はもっと落ち込んだようなトーンで言い出す。


 いやいや、別に文句を言ってるわけじゃないのに。やはり、もっとはっきり伝えないとダメか。


「あのね、明日歌さん。まず前提として、私はあなたに感謝してるの」


 言いながらその場に立ち止まる。そして、同じく立ち止まった明日歌の両肩を力強く掴んで私は続きを言った。


「前にも言ったでしょ。これは私が勝手に始めたこと。あなたにとっては余計なお世話であること。だって、もし失敗した時迷惑を被るのはあなただから。だから、それを容認してくれていることも、事故の件を許してくれたことも、むしろ感謝してるの。それなのに卑屈になられたらこっちが申し訳ないってどころか普通にムカついてくるの。だからやめて」


 言ってやると明日歌は困惑しているように私の顔を見つめ、それからより一層暗い顔をして呟く。


「それならさ、神島さんはどうして余計なお世話なんかをしようとしてくれたの。理由を教えてよ。私は何にも出来ないのに、でも、神島さんは助けようとしてくれてる……。もう私、最近何もかも不安で堪らないんだよ。なんで助けてくれるのかって考えたらさ、神島さんのこと信じたいんだけど、どうしても結局、神島さんは私のことを嫌いで罠にはめようとしてるんじゃないかって。し、信じたい、のに。そんなこと考えちゃって、ず、ずっと不安で」


 いつの間にか、明日歌は涙を浮かべて震え声で語っていた。肩を掴んでいる両手から震えが伝わってくる。


 私は急過ぎて面食らい、すぐに応対することが出来なかった。これはどうやら、彼女自身の中では相当大きな悩みのようで、私にとってもとても厄介なことのようだった。

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人ぎらいの毒舌少女、今日も正義を振りかざす 知脳りむ @kasawada-rizu

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