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赤城ハル

第1話

 かつて暗いところで本を読むと目が悪くなると言われた。

 また漫画ばかり読むと目が悪くなると言われた。

 そして遠くの緑を見ると視力が回復すると言われた。

「……で、太陽光を浴びないから視力が下がると?」

 文科省の天狗メガネこと岸口大臣が政策案担当の男に聞く。担当に向けられる目は胡散臭げだと物語っている。

「はい。すでに台湾では……」

「台湾だろ? 科学的な根拠をね」

「科学的根拠はそちらの資料に」

「文字ばっかで分かりにくいよ」

 左手に持っている資料のプリントを岸口は右手の甲で叩く。

「でしたら、こちらの資料を」

 次に用意したプリントはイラストで太陽光と眼球の因果関係を記したものだった。

 岸口はそのプリントを受け取り、人中を鼻に擦りつけるような仕草をする。

「……太陽光ねえ」

「はい」

「それで2時間は外での運動を推奨。毎日体育の授業をしろと?」

「体育だけでなく、美術とか社会、生活の授業とかで外出を増やすとか」

「生活?」

 なんだそれはという顔をする。

「ありませんでした? 人やボランティア、文化、生活の役に立つことを学ぶ授業ですよ」

「あった……か?」

 岸口は眉根を寄せて上を見る。

「朝顔とかサツマイモ、原爆被災、地域文化の勉強をしませんでした?」

「ああ! あれか! セッ◯スとかエ◯ズを学ぶやつか」

「……ええ、そうです。大臣、その単語は国会では使わないでください」

「当たり前だろ」

 岸口は担当を小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 担当は心の中で「とか言いながら、やらかすんだよな。このクソメガネ」と毒付いていた。

「それでどうでしょうか?」

 まるで店員が客にオススメを紹介したように聞く。

「どうもこうもこれではねえ。これで視力が絶対的な回復とは言わないんだろ?」

「はい。しかし、今の所は近視の抑止となっております」

「近視のためだけに外に出ろってねえ」

「それに昨今はスマホ依存やネット通販で外出が減り、筋力不足に悩まされてます」

「まあ……そうだがな」

 岸口は顎を撫でる。


  ◯


「失礼しました」

 そう言って、担当は下がった。

 担当は部屋を出て、一息つく。

 廊下を歩きつつ、「疲れた」とぼやく。

 教育政策室前で後輩がいた。

「どうでしたか?」

「なんとか通したよ。あとは国会だな」

 内閣の方は問題ないだろう。無能共は今頃、贈収賄で頭がいっぱいだから、特に何もないはず。

「野党が重箱の隅を突っつきませんか?」

「野党なんて席のことしか考えてないし、今は贈収賄のことで、これチャンスと言わんばかりに叩くことで必死だから問題はない」

「そうですか? 蓮見議員とか噛んできそうですけど」

「大丈夫だろ。あの人、元は台湾の人だから。台湾でも2時間の屋外活動をやってると言っとけばケチはつけんだろ」

 そこへ新たな女性の部下が現れた。

「大変です。贈収賄の新情報が!」

「とうとう尻尾を掴まれたのか?」

「そ、それが岸口大臣に贈収賄疑惑が!」

「岸口に!」

「しかも今まで以上のことで。しかも決定的とか。最悪、辞任かもしれません」

 辞任になると次は総理に任命責任。

 そして総辞職。

 総選挙になれば、今は与党が贈収賄でイメージが悪いため政権交代の可能性が高い。

 そうなれば──。

「先輩、どうなるんですか?」

 後輩が聞く。

「わからん」

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